周りの空気を大きく乱しながら、巨大なピラミッドが降りてくる。いつかカントーで見た、ジンダイのバトルピラミッドだ。 フロンティアブレーンであり、各地の遺跡を巡る探険家でもあるジンダイが、キッサキシティへやって来る――と言う報せは、昨日耳にした情報だった。その時のシンジの反応を、サトシは忘れられずにいた。 キッサキジムのジムリーダーであるスズナにジム戦を挑んでおきながら、その話を聞くなり断った――シンジ。その自分勝手な行動に怒ったのはノゾミだった。だがシンジはノゾミの言葉も意に介さず、素っ気ない態度だった。 ――それから一日経って、レイジが来た。 昨日シンジはレイジに連絡を入れ、預けていたポケモンを持ってくるように言っておいたのである。シンジとしては、ただモンスターボールを送って貰って済む話だった。だがレイジは何を思ったのか、自らが持っていくと言い出したのだ。 兄だろうと関係ないと思うものの、矢張り時々頭が上がらなくなる瞬間がある。じゃあ送らないぞと言われるのは、面倒だった。だから仕方なく、了承した。 そして今――ジンダイが、到着した。 「あれ、レイジ君がいる!」 頓狂な声が聞こえた。ジンダイの登場を待っていた者達にとってその場違いな声は、予想外以上のものだった。張っていた緊張がぶち壊された気分である。 しかもその声が、一部の人間にとっては聞いた事のあるものだった為、余計に混乱が溢れた。 「こんな所で会うなんて、奇遇だね」 「君こそ、何でジンダイさんと……」 バトルピラミッドの出入り口からジンダイよりも先に出てきたのは、いつかトバリシティで会った女性だった。サトシとはトバリシティで会ったものの、レイジの昔からの知り合いのようで、その為シンジとも昔から面識がある。 ジムリーダーであるスズナも、彼女とは戦った事がある。彼女のパートナーのリザードンは、かなり強かった。 「ジンダイさんに呼ばれたの。今あたしがレジ三体持ってるから」 レジロック、レジアイス、レジスチル。ホウエン地方の遺跡に眠っていた伝説ポケモンの三体。 ジンダイとの、バトルシンボルの一つであるブレイブシンボルを懸けたバトルの中で、その一体一体にサトシも苦しめられた。 その三体を、何故彼女が持っているのか。それは――トバリシティへ来た時に、言っていた。元々その三体を探してホウエンを旅していたところ、ジンダイが持っているとリラから聞き、ジンダイと戦って勝ち、借りたのだと。 しかしそれはいいとしても、何故今此処に、その三体が関係してくるのか。 「私もね――キッサキ神殿に入る為にレジ三体借りたんだし、君とトバリで別れたあと、直ぐ此処に来る予定だったのよ」 「今迄寄り道してたのかい」 「寄り道しようと何処へ行こうとあたしの勝手でしょ」 むくれる彼女を見ていると、年に似合わずまだまだ子供だなと思う。共に旅をしていた頃から変わらない。ポケモン達の、彼女に対する心配も相変わらずなのだろう。 やれやれと思うレイジを視界の隅に置いて、彼女はサトシ達へ視線を移した。 「やあサトシ君、元気そうだね。ピカチュウも」 「はい、さん」 「ピッカチュウ!」 今更になるが――彼女の名前は、と言う。けれど本人はいつも名乗るのを忘れる為、彼女を知っているが名を知らないと言う奇妙な事がよく起こる。 ただサトシは、彼女と出会った時に彼女が去ったあと、レイジから聞いて知っていた。 「それでシンジ君は……えらく殺気立ってるね」 「生きてたのか、アンタ」 「あ、失礼だね。あたしはちょっとやそっとじゃ死なないよ。ちょっと危なかったけど」 シンジが最近彼女と会ったのは、214番道路だ。 見つけられるなり連行されて、おくりの湖の発見に付き合わされた。あの時隠れ泉と言われた湖は、現在おくりの湖と名付けられた。 ただその時付き合わされたのは発見までで、湖にあった洞窟へは、彼女一人で向かってしまった。 結局、振り回されて終わり――その後シンジは彼女のあとを追いもせず、その洞窟の探索をするつもりだった予定をやめ、踵を返して真っ直ぐノモセシティを目指した。 その彼女が一人で向かった洞窟には、屈強なポケモンばかりが棲息していると、知った上で彼女を置いてきた。 しかし彼女も、知らずに向かった訳ではなかった。強いポケモンが棲息しているのだとは、そこにいた調査チームの一人の少年に教えて貰って、知っていた。 それでも彼女は向かい――その後をシンジは知らなかった。知る理由もなかったが故に。 とは言え、まさかこんな所で会うとは思いもしなかったが。 「もしかしてシンジ君は今から、ジンダイさんに挑むつもりなのかな」 「アンタには関係ない」 「どうせレイジ君にポケモン持って来て貰ったんでしょ? 素直じゃないねえ」 人の話をまるで聞かない癖して、何かと鋭い事を言う。何も言っていないのに、話が勝手に進んで困る。間違った方向に進んだ時、訂正する気もないのに。 全く、面倒臭い女だ。何故兄貴も、こんな奴と付き合っているのか――呆れずにはいられない。 「何やら話をしていると思えば……懐かしい顔が揃っているな」 「ジンダイさん! お久しぶりです」 彼女の後ろの出入り口から、漸くジンダイが降りてくる。先ずサトシとタケシを見、それからレイジを見た。ジンダイとの視線が合った時――レイジの目が一瞬だけ細められたのを、は見逃さなかった。 レイジがポケモントレーナーをやめ、育て屋へ転身する理由になったジンダイとの勝負。その場には勿論、彼女も居合わせていた。 だからあの時の彼の気持ち、そして今の彼の心に過ぎった想いが、判った。 「ジンダイさん、チャレンジャーだって。シンジ君が」 「む?」 シンジが申し出るより先にが告げた言葉に、ジンダイの眉根が顰められる。 その申し出は、ジンダイにとってキッサキ神殿へ行く為に此処へ来た勢いを挫くものだった。しかしフロンティアブレーンの一人なのだから、何処にいようとチャレンジャーがいれば、その勝負を受けなければならない。 「まあ……いいだろう。来なさい」 仕方なく、再びバトルピラミッド内へ入る。そのジンダイのあとに、皆が続く。 バトルフィールドに立つのは、ジンダイとシンジだ。あとはステージの外の観覧席でそのバトルを見る。サトシ達が丁度中心くらいに座ったのに対し、レイジとの二人は四人から離れた場所に座っていた。 「シンジ君は何で行くつもりなのかな?」 「ブーバーとエレブーと、ハリテヤマ、リングマ、ニドキングだよ」 「ニドキング! 判ってるねえ」 嬉しそうに笑う彼女を見てレイジが思い出したのは、彼女と旅をしていた頃の一場面だった。 トキワジムで少しの間修行していた頃に出会った一人の少女。その少女もニドキングを持っており、当時ニドクインを持っていたレイジと意気投合した。その少女と会っている時に頃合よく修行から帰ってきたは、その少女のニドキングを見つけるなり抱きついたのである。 それは彼女らしい行動であったものの、下手をすれば毒の棘を喰らっていた恐れもあり、危なかった。 しかしそんな危険を気にする彼女ではない。今でもニドキングへの愛は変わらぬものらしく、思わずその場に立ち上がったくらいだった。 今にもフィールドへ降りて行きそうな彼女を、腕を掴んで止めておいた。 「行っちゃ駄目だよ」 「判ってるよ。人のバトルに水を差すなんてしないもん」 しそうだから、止める訳で。 一々考えて行動するタイプではない為、もし割って入ってしまった時――彼女は勝手に躯が動いて、と言って苦笑するのだろう。 「シンジ君、勝つと思う?」 「さあ、どうだろう。俺には越えられなかった壁だ。越え方を、俺は今も知らずにいるから」 苦笑と共に零される彼の科白に、彼女はむっとした。そんな話をしようとして、問いかけたのではないのに。 ――諦めた癖に、今もあの頃を思い出して後悔しているその姿が、気に食わない。そんな想いに駆られるのなら、諦めなければよかった。今だって――間に合う。そう、言いたくなる。 「あたしには判らないよ。どうしてレイジ君が、ジンダイさんを越えられずにいるのか。あたしは越えたよ。なのにどうして君は、諦めたの?」 珍しくそんな事を言う彼女に、レイジは目を見張った。いつもの彼女なら――どんな事があろうとも、 今はジンダイに勝ち、ブレイブシンボルを持つ彼女でも――レイジやサトシのように、負けた数は多かった。何度挑んでも勝てなかった。そうして挫折したトレーナーは多く、いつもの強気の彼女が初めて弱気な姿を見せたのも、その時だった。 しかし彼女は、諦めなかった。 真っ直ぐいつものように、突き進んだ。自分を信じ、自分を信じてくれるポケモン達を信じ。そして彼女は、ジンダイに勝った。レイジが越えるのを諦めた壁を、越えて見せた。 「シンジ君が許せないのは、諦めた君の姿だよ」 その言葉に、レイジは何も言えずにいた。昔の姿を知っている彼女だからこその、言葉。 ――君は本当に、それでいいの? 昔彼女に言われた言葉が蘇る。あの時も、何も言えずに背を向けた。彼女はあの時、どんな気持ちでその背を見つめていたのか。 「でも……今の君が立ち止まってるんだとは、思ってないよ。今の君も君だって、あたしは思ってる。バトンタッチしただけだって事も判ってる」 矢張り彼女は強い声音で言葉を紡ぎながら、それを他者に強要する事はしない。ただ自分の中で生まれた疑問の答を知る為に、今言葉を紡いでいる。 そして長く共に旅をした仲だからこそ、彼女は判ってくれている。 返す言葉も見付からない自分が可笑しかった。いつもなら、言い包められないのに。 「シンジ君は気付いてないだろうけど、君はシンジ君に、夢を託したんだよね。シンジ君が君の、弟だから」 フィールドに視線を向ける。いつの間にか試合は始まっていた。 シンジのブーバーが、レジスチルに火炎放射を放っている。けれどレジスチルは、弱点を突かれていると言うのにそれを跳ね返した。 こうしていざシンジのバトルを見ていると、旅に出る頃からジンダイを越える事を目標にしていたからか、中々いい勝負をしている。でも矢張り、ジンダイの方が余裕を持っているように見える。 「言葉にして言わないと誤解は解けないよ。その気持ちも伝わらない。と言っても――君が楽な道を選ばないのも、敢えて憎まれ役を買って出たのも、判ってるんだけどね」 そう言って彼女は、似合わない苦笑を浮かべる。いつもの明るい彼女を消している自分が、酷く恨めしかった。彼女をこんな気持ちにさせるのなら、選ばない方がよかったか。 ――そんな迷いが、過ぎる。 でもそれは、彼女の望む自分ではない。それこそ、彼女は間違ってるよと怒って言うのだろう。 「俺は……越えられない壁になっちゃいけないんだって、気付いたんだ。俺にはシンジがいる。俺が旅に出る前のシンジは、ただ純粋に俺に憧れていた……だから俺は、戦うのをやめた」 兄としての役割に――気付いた。長い旅に、そろそろ終わりを迎えるべきなのかも知れないと、ジンダイに負けた時思った。 己の力に、限界を感じ始めていたのも理由だった。これ以上先に行って、どうするのか。この戦いに勝ったあと、どうするのか。それを考えると、先が見えなくなった。彼女のように、また世界を巡る自分は見えなかった。 戦って得られるものは何なのか、気付けば見失っていた。 「じゃあシンジ君が君を越えたら、君も休んでいられないね」 そう言えばそうかと、気付く。戦いをやめた理由が今、なくなろうとしているのだ。もしかしたら今この瞬間ではないかも知れないけれど、いつかシンジは越えて行くのだろう。 越えて欲しくて、立ち止まったのだ。 彼女は昔の、共に旅をし戦っていた頃のレイジを思い出したのか、楽しそうに笑った。 「お兄さんだからって君が言うんなら、その先もお兄さんらしく、前を歩いてあげなきゃ」 年上の者として、先を歩く者として、その役目に気付いたのなら。 ね? と笑う彼女に、苦笑を返すしかなかった。彼女は、判り過ぎている。普段の滅茶苦茶な言動や話の運びから考えて、不意を突かれてしまった。 ――こんな彼女だから、ポケモン達は彼女について行くのだ。どんな無茶にも、応えるのだ。 彼女の無茶には、理由があるから。 「あたしはあたしらしく君のライバルらしく、君の先を歩いて、先人を切ってあげるよ」 嬉しそうに笑う彼女は、伝えたい気持ちを伝えられて満足したらしい。 レイジの隣へ座り直すと、何も言わずにフィールドで繰り広げられるバトルへ集中した。その横顔は、その中に加わりたいと言う色で染まっていた。 ( 後書き ) レイジさんが再登場と聞いて(笑) 全て妄想で作り上げました。本編見る前です。大体の話は予告見て妄想。 シンジ、レイジさんとジンダイさんの関係も判明してない状態で書きました。 父親とか言われても困る。予想はしてるけど敢えてそれには触れずに書きました。 レイジさんは何を思って、たった一回?の敗北でトレーナーとやめたのかなあと思うと、 珍しく夢主が関わろうとしてきました。きっとレイジさんだったからに違いない。 無意識でレイジさんを意識してればいいよヨダレ 但し基本図は夢主←レイジさんです。夢主は鈍感子(笑) あとこの話書いてて、グレラガの科白を持ってこようとする私はグレラガ厨すぎる。 夢主の「あたしはあたしらしく」で我慢した。 シモンの科白を思って書いた事を此処に宣言しておきます(帰れ) カミナの「お前が信じるお前を信じろ」みたいな科白も言わせようとしたと言うのは、秘密。 いい加減声優ネタやめようぜ自分! でも、だって……!(笑) レイジさん大好きです。声を含めて大好きですヨダレ それにしても、まさか続編を書けるとは思ってもいませんでした。 レイジさんを本当に再登場させてくれたスタッフに感謝! そして一年経っても衰えないレイジさん愛を持つ自分にかっこ笑い。 多分再熱してるのはシモンのせいと言うのも大いにあると思いますがね。 あと、まさか一年前に適当に書いたネタがこうして繋がるとは思いませんでしたね。 他の地方からやって来るとしたら〜と考えたレジ系だったんですが。 ジンダイさんが地方を越えてやってくるなんて私考えてませんでした。ミクリの時点で気づけ。 最後に、第五話にして夢主の名前が今更判明と言うか、決定。 ゲームで使った名前を流用。そのネタを六話と七話に使いました。 |