旅に出ようと思った事に、理由はなかった。原因も何もなくて、ただ不意に、ふと魔が差したみたいに――旅に出ようと、思った。 ぼうっと何も考えずにテレビを見ていたら、そう、思った。 だからその瞬間の事にきっかけを見出すのは、不可能な気もしたし野暮な気もして、深く考えるのをやめた。随分前に。 突然何の前触れもなく旅立つと言った時――母さんは少し驚いた顔をしてから、そのあとぎこちなく、笑った。 男の子はいつか旅に出るものよと言って、付け足すようにテレビの話だと言った。 ぎこちない笑みが目に焼きついて、その言葉も頭から離れなくなって、やっぱりやめようか、なんて思った。でもその反対側の自分が既に、旅に出る気持ちを揺るぎないものにしてしまっていて、一瞬の迷いは一瞬で消えた。 最初は普通にマサラタウンを出て行こうとしたのだけれど、何故かオーキド博士に呼び止められて連れて行かれて、何だかよく判らない内にポケモンを貰った。 それから改めてマサラタウンを旅立った。 何度も何度も、やっぱり帰ろうかと言う気持ちが足を止めた。ぎこちなく笑う母さんが、瞼の裏にこびりついて忘れられなくて、どうしてるかな、大丈夫だろうかと不安になった。 そんな想いとは対照的に、体はまるで他人の物のように、一歩一歩確実に前へ進んだ。立ち止まっても、次の一歩は必ず前進で、退く事はなかった。 そうして旅をしている内に、旅に慣れてポケモン達も増えて寂しくなくなって。 いつしか、瞼の裏にこびりついていた筈の母さんのあのぎこちない笑顔を思い出す事も、なくなっていた。 まるで忘れてしまったかのように歩き続けていた事に、今初めて気がついた。 「カゲ?」 砂浜を共に歩くヒトカゲが、ふと立ち止まった僕に違和感でも覚えたのか、ヒトカゲも立ち止まり、心配そうな目で見上げてきた。 その足元の傍で、ざざあんと音を立てて波が押し寄せている。 「大丈夫」 しゃがんで、なるべくヒトカゲの目線が近くなるようにしてから、そっと頭を撫でてやる。するとヒトカゲは、もっととせがむように掌へ頭を押しつけてきた。 視界の隅でヒトカゲのしっぽの炎が揺れているのを見つけた。 「水、危ないな」 「カゲ?」 ざざあん、と打ち寄せる波。 離れてはいるけれど、もし何かあって勢いづいた波が来たら危ない。 ヒトカゲの両脇にそれぞれ手を入れて抱えて立ち上がり、最終的に自分の胸の高さくらいまで持ってきたところで、右腕でヒトカゲのお腹を抱える形に持ち方を変える。 ヒトカゲはいきなり僕の顔が近づいた事に対し、嬉しそうに無邪気に笑った。そしてヒトカゲは、右手の人差し指をぎゅっと握ってきた。 うん大丈夫と頷けば、ヒトカゲはまた笑う。 ヒトカゲを抱えながら、水平線の向こうに視線を投じた。 どうして今、旅立った時の気持ちとか母さんの笑顔とか思い出したのだろうと考えて、答は直ぐに出てきた。 海は母なるものと言われるから、きっとそれが理由だろう。 ふと立ち止まって、ふと目的地を見失っていた事に気付いたのは多分――何処に行くのかと、風に聞かれたせい。 帰ろうかとふと思うものの、やっぱり体は他人のように一歩を踏み出した。砂浜にまた一つ足跡が増える。 そこで漸く、まだ旅は終わってないんだっけ、と先程見失った目的を思い出した。 次は、何処へ行こうか。ヒトカゲと話しながら、人知れず僕らは道をゆく。 大地を踏みしめて、何処までも。目指した、あの夢を掴むまで。 .( top ) ( 後書き ) 祝・ポケモン十五周年! 十五年とはいやはや……もうそんなに経つんですね。この間アニメ十周年してなかった? と言う訳で、初代レッドさんです。これを機に。 短いですが愛は込めました。必要な科白はないと思うんだ……! FLと言うより赤緑の、それこそ初代主って感じですね。 ヒトカゲが好きなのでヒトカゲです。まあ初代はどの子も可愛いんですが! あとやっぱり、劇場版初代の曲はレッドさんを想像しますね私は。 なので最後の一文を加えさえて貰いました。 2011/02/27 |