02*
通りゆく雲の向こうに




「あっ、!」

「……君」


 静かになると思った途端、聞き慣れた声が飛び込んできた。
 声のした方を向いてみれば、そこには君と――シロナさんがいた。ちょっと意外な組み合わせだ。
 確かに君は、私が別荘を持った事を自慢してきてやるって言って、何処かに向かって飛び出して行っちゃったけど。でもそれで、どうしてシロナさんなのかしら。


「あら、ダイゴ君」

「……シロナ、さん……」

「……貴方、シロナさんと知り合いだったんですか」

「うん……まあ」


 シロナさんと知り合いだなんて、そんな大物にはとても見えないんだけど。正直、別荘を持っていた金持ちにすら見えない。
 氷の微笑を浮かべているシロナさんに対し、私の隣に立つ人はぎくしゃくとした顔でいる。
 どうやら――仲がいいと言う間柄では、生憎ないようで。シロナさんは笑顔でいるものの、色は冷たさを残す。関わり合いになりたくない空気だ。
 一歩、距離を開ける。気付けばガバイトも私の後ろに隠れて、冷たくなる空気から逃げたいと言う目をしている。やんちゃな癖して臆病な。まあバトルだったら、そんな様子も見せず頼りになるいい子なんだけど。


「……君。どうしてくれるの、この空気」

「どうしてくれるんだって言われても……こうなるって知らなかったんだから仕方ないだろ! なんだってんだよー!」


 叫ばれても、私だって困る。
 敵視されて――蛇に睨まれた蛙宜しく固まっているこの人は、全く役立ちそうにないし――頼るのも馬鹿らしい。
 これを窮地って言うと笑ってしまうけれど、いつもどんな時でもくぐり抜けてきたように、自分で何とかしなければ、世界も何も変わらない。


「シロナさん。この人とは――どう言ったご関係で?」


 空気を読まなくても判るのは、恋人とか友人ではないだろうと言う事。もしダイゴさんがシロナさんにゾッコンだったとしても、軽くあしらわれるような関係だろう。
 まあゾッコンかどうかなんてのは、訊かなくても判る事だけど。


「チャンピオン同士だったわ。今となっては、私は元、だけれどね」

「えっ、君、チャンピオンじゃなくなったのかい?」

「貴方の隣にいる彼女に負けたのよ」


 私がシロナさんに勝ってシンオウリーグチャンピオンになったのは、まだ記憶に新しい。
 今傍にいるガバイトはミズキさんに預けていたから出番はなかったものの、他の手持ちメンバーはポケモンリーグを経験している。


「へぇ……君、そんなに強かったのか……彼女に勝つなんてよっぽどだよ。ジョウトのチャンピオン、ワタル君より強いんだから。勿論……って言うとちょっと泣けちゃうけど、僕よりも強いし、ね」


 その言葉を聞いて思わず、隣に立つその人を見上げて凝視した。その人は私の視線に気付くも視線の意図は測りかねたようで、きょとんと目を丸めて首を傾げた。
 ――こんな人がチャンピオンだなんて、世も末だ。


「私はただ貴方達と違って、ポケモンのタイプに拘りがないだけよ」


 確かにシロナさんにはタイプの偏りがない。
 特に先発のミカルゲには弱点がない上に防御も特防も高く、相当苦労させられた。
 その上シロナさんのパートナーのガブリアスは強い上に素早く、弱点の氷技で攻めようにも下手な育成をしていたら、攻撃する前にやられる危険性があったくらいだった。
 因みに私もタイプが偏らないようにパーティを組んでいる。


「……貴方は、どんなタイプに拘りが?」

「ん? ああ、僕は鋼タイプだね。このメタグロスも、鋼タイプなんだよ」

「……なるほど、トウガンさんと同じなんですね」

「石マニアだもの」


 と言う事は、ヒョウタさんやトウガンさんと知り合いだったりするのだろうか。寧ろ意気投合していそうだ。
 私には判らない領域だけど。


「じゃあ、ドータクンとかも好きなんですね。私、あのポケモンの相手嫌いですけど」

「特性が厄介なんだよなー。浮遊か耐熱か……ぱっと見ただけじゃどっちの特性持ってるか判んねぇし。鋼だから、エスパーに効くあくタイプの技も普通の効果だしなー」


 ドータクンが持つ特性は、耐熱か浮遊。
 耐熱ならば炎タイプの技のダメージが半減され、浮遊ならば地面タイプの攻撃が当たらない。それに加え、種族的に防御も特防も高い能力を持っているから、生半可な攻撃では中々落ちない。
 ドータクンの持つエスパータイプはもう一つの鋼タイプのお陰で、虫タイプもあくタイプも効果抜群が狙えないようになっている。
 苦戦する程の相手ではないものの、鋼タイプの弱点で攻めるのも難しいから――相手をするのが面倒臭い。


「それはそうと、君。何しに来たの?」


 今更ながらに用件を問う。
 取り敢えず冷たい空気をこれ以上冷たくさせないようにする作戦は上手くいったみたい。シロナさんの視線もダイゴと言う人の視線も、私の言葉にショックを受けて暴れる君に向けられた。


「冷たい科白だなもー! そんなだから皆に怖がられんだぞっ」


 そんな事を言われたって、これが性分なのだから仕方ない。
 誰かの機嫌を窺うなんてしたくないし、知らない人に無理に合わせて話すのも嫌だ。だって結局そんな事をしても、心を開いていない事には変わりないもの。そんなの、面倒臭い。


「お前の別荘見に来たんだよ」

「中入っても何にもないよ」

「散らかってんのか」

「そんな訳ないじゃない」

「そうだよな……だもんな……」

「散らかってるのは君の部屋でしょ」

「よく判ってんじゃねーか!」


 かっかっかっ、とでも言うみたいに君は楽しそうに笑った。私には何が楽しいのか全く判らない。まあ君はいつもこんな感じだから、気に留めないでおく。
 ただ少し、ああ親子だなあって思った。
 バトルフロンティアにある五つの施設の内一つの、バトルタワーのタワータイクーンである、クロツグさんと。豪快に笑う表情とか雰囲気が、本当に同じだ。


「シロナさんも……よく君の言う事信じて来ましたね」

「好奇心が勝っちゃって」


 物思いに耽るのはやめて、シロナさんを見やる。
 シロナさんは私の言葉に、うふふと笑った。何で皆、そんなに私に対して笑いかけてくるんだろう。生憎、私は笑い返す事なんて出来ないのに。
 それにしても、シロナさんってこう言うところが凄い子供っぽい。好奇心で突き動かされるとか、私には判らない行動理由だ。
 私は君が言うように人より冷めた性格をしているから、何かに興味がそそられる事は滅多にない。こうして旅をしても――未だ、ポケモン以外で興味を持つものはない。
 それはさておき、シロナさんも君も、私の別荘を見に来たって言うけど――今君に言ったように、中には何もない。
 このダイゴと言う人に別荘を押しつけられ、私に別荘を押しつけていった人が、お金が余ってるなら家具とか買うといいよ、とカタログを置いていったくらい。そしてそれもつい数時間前の話だから、当然何も頼んでいない。
 と言うか私も、私に別荘を押しつけていった人と同じで、別荘なんていらないんだけど。お金があり余っていようと、家具を頼むつもりはない。


「じゃあ――僕はそろそろ、ホウエンに戻ろうかな」


 会話の間を見たように、唐突にその人は言った。
 表情は平静を装っているけれど、その実頬には一滴の冷や汗が流れたのを私は見逃さなかった。まあ見逃さなかったと言っても見逃さなかったと言うだけで、だからと言うものでもないなんだけど。
 見たからと言って、周りにそれを教える理由もない。言ったって、どうにかなる訳でもない。ただこの人は、シロナさんが現れてからずと――暇を告げる頃合を待っていたのだろうなと、考えるくらい。
 止める理由もないから、私は口を閉じた儘その人を見つめた。


「あら、置き土産もなく帰るつもりなの?」

「え、いや、だって」


 しかし私が見逃しても、シロナさんが見逃す訳はなかったらしい。苛める標的を見る目でその人を見て、口元はにやりと歪められる。
 多分シロナさんはこの人の心境が判った上で、そんな事を言い出している。


「新しいチャンピオン誕生のお祝いとかもないのかしら? せめて」

「えと……じゃあ、ちょっと待ってねちゃん」

「別にお祝いなんていいですけど」


 がさごそと自分の服のポケットを漁り始めたその人にそう言ってみたけど、まあまあ遠慮しないでと言って探すのをやめなかった。
 変な物を貰ったって――逆に困るんだけど。
 隣にいる君は何故か、目を輝かせて待ってるし。


ちゃん、どれがいい?」

「どれがって……」


 そう、言われても。
 差し出されたその人の両手にあったのは、赤い石と青い石と緑の石だった。石には余り詳しくないけど、多分――ルビーとサファイアとエメラルド。


「本当、石なら何でも持ってるのね貴方」


 シロナさんが呆れた様子で言う。
 多分三つの内一つは、態々此処に戻ってまで取りに来た――ルビーだ。折角取りに来たのに、私にくれる候補に入れていいのだろうか。


「それともメタルコートがいいかい?」

「……そうですね。ハッサムを育てるのも悪くありません」

「炎に無茶苦茶弱いけどな」


 煩い、とばかりに無言で君の足に蹴りを入れておく。
 炎に弱くたってハッサムは強いのよ。判ってないわね、君は。
 ハガネールだって防御力の高さは随一。ただ鋼鉄島に野生が棲息しているから、ハッサム程珍しさがない。
 とは言え、メタルコートは別にいらない。鋼鉄島へ行った際にトウガンさんから貰ったメタルコートもまた使ってないから。


「……じゃあ……これに、しておきます」


 私が選んだのは、この人が探しに来た石だった。これを選んだら何か反応が見られるのだろうかと思ったけど、別にそんな事はなかった。
 はい、と言って差し出され、私の方が逆に戸惑いながらそれを受け取る。そして傍にいたガバイトが、物欲しげに私の手元を覗き込む。あげないわよ、と言うと残念そうに項垂れた。
 こう言う時ははっきり言っておかなければならない。甘やかしちゃいけない。


「何でそれ選んだんだ? 。俺はあっちの青いのがいいなっ」


 君もいるのかい? とその人は結局君にも石を渡した。君は無駄に飛び上がって喜んだ。
 そしてそんな君を、ガバイトがじっと見つめている。
 まあ君が相手ならいいか、と思い敢えてガバイトには何も言わないでおいた。これが君以外の人だったらちゃんと叱るんだけど、君だし。
 ガバイトも、そこら辺を弁えている。君に石が渡ったところで目標にするんだから。自分のポケモンながら、目敏い。


「またね、ちゃん」

「……はい。さようなら」


 私の別れの言葉に、その人は苦笑した。けれどそれ以上何も言わず、モンスターボールからエアームドを出すとその背中に飛び乗り、去って行った。
 大人って、色々卑怯だとつくづく思う。私達子供なんかより、沢山余裕を持ってる。私の言葉にも表情にも戸惑わなくて、笑いかけていく。
 私はこんな冷めた性格をしていながら、あんな余裕を持ってない。まだまだ子供だと、よく痛感する。大人って、本当に卑怯だ。
 そう思いながら、ぎゅっと掌を握り締めた。冷たい石の感触がじんわりと掌に広がる。
 またこの石が、会わせてくれるかしら。










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( 後書き )

これにてDPtは終わりの予定です。
もしネタが降ったらこの主人公で続き?を書くかも知れません。
個人的にクロツグさんとかも書きたいと思いつつ、
しかしこの話の二番煎じになりそうで駄目です。ゲンさんとかも……。
あと想像ではシロナさんとダイゴさんの実力はシロナさん>ダイゴさんなんですけど、
実際はどうなんでしょうね? 強化版シロナさん本当強いんですけど……。
でも私はエメラルドで殿堂入りした事がないので(ルビーならある)
ダイゴさんの強化版を知らないんですよね。結構強いって聞きますけど。
最後に、ガバイト可愛いよガバイト。ガバイトで進化止めていたい。