フスベシティにある、竜の穴。
 そこで繰り広げられた戦いが今、終わりを迎えたところだった。
01*
紺色の闇の中




 来た時のように、風の如く去っていく二人のドラゴン使いの背を見送ったあと、俺はその場へへたり込んだ。緊張が解け、一気に力が抜けたからだ。
 こんな緊張、もう二度としたくないって思ってたのに。


「あー、何とか勝てた。死ぬかと思った」


 隣にいるに言っているつもりで呟いて、溜息を吐く。
 は俺みたいにへたり込んだりしないものの、多分立っているのもやっとなんだろうなと、ちらりと見て思う。それでも立っているのは、俺に弱い姿を見せたくないって言うプライドと言うか――意地だろう。
 全く……俺はただ、が竜の穴で修行するって言ってたから、そのひやかしに来ただけだったのに。何でいきなりワタルさんとイブキさんが現れて、俺とでタッグを組んでその二人相手にバトルする展開になるんだよ。
 何も準備してなかったから、危うくチャンピオンの座を奪い返されるところだった。
 まあ――と一緒に戦えたのは、個人的に凄い嬉しかったんだが。


「けどまさかお前が、俺と組もう、なんて言ってくれるとは思わなかったぜ、

「……あれは成り行きだ。でなければ何でお前なんかと……」

「またそんな事を言う。嬉しかったのになあ、俺は」


 にししと笑ってみれば、軽く睨まれた。
 素直じゃないなあ。もう少しだけ素直になれないものだろうか。まああんまり、俺も人の事を言えた義理じゃないんだけど。
 何だかんだ言って、俺とは似た者同士だよな、と思う。
 それをに言えば変な顔をされるだろうし、じゃあ何処がって言われても、はっきり答えらんないんだけど。


「……悪かったな、巻き込んで」

「ん? いやいや、どうって事ないって。イブキさんは兎も角、ワタルさんは――どちらかと言うと、あんまり好きじゃなくてな」


 あの人怖いんだぜ、と付け足す。
 あの人の人間的な恐ろしさを挙げると、枚挙に暇がないんじゃないかと個人的に思っている。
 そんなに長く一緒に行動した訳ではないから、よく知っているとは言えないものの――チョウジでの一件だけで、あの人の恐ろしさを一体幾つ目の当たりにしただろうか。あの時見た光景や思った事を思い出すだけで、やっぱりあの人は怖いよな、と痛感する。その恐ろしさが身に降りかかった訳でもないのにだ。
 ポケモンが人に危害を加える――それはよくあるって言うのも悪いけど、ある事だ。ポケモンはロボットじゃなくて、生き物だからな。生きる為に身を護って攻撃するのは本能だ。
 バトル中にだって、うっかり攻撃が当たってしまう場合もある。だからポケモンが人間を攻撃出来ないなんて事は全くなく――けれどそのポケモンがトレーナーのものだった場合、トレーナーには危害を加えさせないように気をつける責任がある。
 にも拘らず、だ。あのワタルさんは――幾ら相手がロケット団で悪い奴らなんだとしても、やっちゃいけない、道徳も倫理もない事をやってのけた。
 ワタルさんが人間に向かって、破壊光線、とカイリューに指示を出すのを――俺は見てしまった。
 正直あの瞬間、逃げたくなったんだよな。でも逃げたら何処かで会った時、俺も――と考えると、逃げるに逃げられなかった。
 今回のタッグバトルでも、バトル中にいつこっちに破壊光線を飛ばしてくるのかと内心怯えていたのは秘密である。


「それで――お前はまだ暫く、此処で修行するんだよな」

「……ああ」


 どうやってこの竜の穴へ入る許可を貰ったのか知らないが、別に不法侵入している訳でもないようだし――自身、長老の奴は勿体ぶって何も教えてくれないって言ってたからな――修行するならするでいいのだろう。
 コイツも、俺に一度も勝てずにいるけど――別に弱い訳じゃない。強者揃いのカントートレーナーを打ち倒した上で、今此処にいる。しかしそれくらいの強さになると、修行する場所も限られてしまう。


「お前は――どうするんだ?」

「それ。それが問題なんだよ」


 出会ったばかりのコイツなら、そんな疑問は言葉にする以前に、気にすらかけなかっただろうなと思いながら、自分自身のこれからを考える。
 しかしぼんやりと雲がかっていて、形すら見えない。


「俺はお前と違って真面目じゃないから、修行なんてする柄じゃないし――かと言ってカントーもジョウトも、ある程度巡ったつもりだし。正直、行く当てがないんだよなあ」


 尤も――行っていない場所が何処にもない、と言う訳ではないんだが。一応候補は二つ、あるにはある。しかしそれを考えると――さてどうするかな、とスタートラインから動けなくなる。
 ジョウトの片田舎であるワカバタウンを旅立ち、各地のジムを巡り、気付けばポケモンリーグチャンピオンになっていた、俺。
 何だかんだと周りの進めとか成り行きに流され、カントーのジムも巡る事になり――つい一週間前に、カントー最後のジムリーダーを倒したところだった。
 最後のジムはトキワジムで、俺とそう年も変わらないような、三歳程年上なだけの男がジムリーダーだったが――何処のジムリーダーよりも、強かった。以外で久しぶりに苦戦した相手だった。
 何でも―― 一度、カントーのチャンピオンになったんだとか言ってたっけか。それが疑いない事実だと判るに十分な強さだった。
 それでもまあ、俺が勝ったんだけど。
 ジムを巡ると同時にカントーも一通り歩いた為、今ジョウトに戻ってきて、もう一度カントーへ戻るのは野暮にしか思えなかった。


「すっかり腑抜けたな」

「いやまあ……今の戦いですっかり疲れたって言うのもあるんだけどよ」


 もう何もしたくない、と言う気分だった。
 こんな所でなければ、大の字になって寝転がっている。しかし此処はドラゴン使いの人達にとって神聖な場所だって事で、そう言う行動は自重しておいた。
 は普段の調子を取り戻してきたようで、座り込んでいる俺を見下ろして、少し嘲笑った。


「腑抜けたって言っても、お前に負けないようには修行するつもりだぜ。ただいい場所がないんだよなあって話だよ。同じ場所で仲良く修行する訳にもいかないし」


 こうして話すくらい――俺自身はを親友だと思うくらいに仲のいい相手だと思っているんだが、親友以上にライバルと言う位置づけが強い為、共闘なんてありえないと思っていた。
 つい今さっき、ワタルさんとイブキさん相手にとタッグを組んだものの、やっぱりコイツと馴れ合うのは違うなと思った。


「シロガネ山に――行ってみるかなあ……」

「シロガネ山だと?」


 ぽつり、と考えを零す。
 シロガネ山は地図上ジョウトに位置するでっかい山だ。しかし何でも、そこに棲息する野生のポケモン達は馬鹿みたいに強いらしく、危険区域とされている。
 そこに入れるのは、極限られた――人間だけ。
 まあ強いんだっつー証明さえ出来れば、それでいいらしいけど。カントーとジョウトのジムを制覇し、十六個のバッジを持っている俺は、入るのを認められている。


「何かあるって訳でもねぇんだろうけどさ、何もないか判らない場所だし、もしかしたらレアなポケモンもいるかも知れないからな」


 暇潰し以上にはなるだろう。下手したら――死ぬかもしれないような、場所だけど。
 それでもまあ大丈夫だろうと、適当に考える。適当だからまともな根拠はない。俺を心から心配してくれる人からすれば、危ない所にそんな軽い気持ちで行くなと――怒るんだろうな。
 幼馴染の、あの子とか。母さんは――どうだろう。旅に出るって言った時も、それらしい反応もなくいつものように、いってらっしゃいと言っただけだった。
 だから俺がこれから何をしようが何処に行こうが、何も言わないんだろうな――何か、思いはしても。


「……あそこには……幽霊がいるらしい」

「幽霊? そんなもん気にしてんのかお前。何だかんだで子供だなー」

「そう言う意味じゃない!」


 必死に否定されると、本当に違うようには思えないんだけど。強がっていても怖がりだったら笑いの種だけどな、確かに。
 何が何でも否定したくなる気持ちが、判らない訳ではない。
 取り敢えず揶揄うのは早々にやめて、それで幽霊がどうしたんだよ、と話を促してみる。
 俺は別に怖がりじゃない。大体幽霊なんてナンセンスな話だ。この世には、ゴーストタイプのポケモンだっているのに。しかもは、その中でも屈指の強さを持つゲンガーを手持ちに持っている。
 何か合わない間にゴーストからゲンガーに進化してたんだよな。ゲンガーに進化させるには、誰かと通信しなきゃいけないんだが―― 一体誰と通信したのやら。
 まあそれはいいとして。
 ゴーストタイプのポケモンではなく幽霊と言う辺り、ポケモンの話じゃァないんだろう。


「俺も詳しく知らないが……一人のポケモントレーナーがシロガネ山へ行ったきり、連絡もなく……帰ってきていないらしい」

「いつの話だよ」

「……三年前、だそうだ。つまり三年間、シロガネ山に篭っていると言う事になる。だが……死んだ可能性も否定出来ない」


 調査しようにも、入山を認められている人間なんて極少数だ。もしそのトレーナーが死んでいたら、調査に向かう者も、それなりの危険性を想定して行かなければならず、そうなると余計に入山出来る者が限定されてしまう。
 しかし――三年前、か。何か気になるところだな。そんなに前って訳でもない。
 三年前って言うと、ロケット団が解散した年だ。今じゃァ見る影もないけど、解散する前はかなり大きな組織だったんだよな。あのシルフカンパニーを占拠したのだから、その実力は想像以上のものだったんだと思う。
 けど――そんな巨大な組織が、たった一人の子供によって解散に追いやられた。
 確かその子供の名は――レッド、だったか。ヤドンの井戸事件で出会ったガンテツさんが言っていた。
 まあ最終的に、俺もそのレッドって男と同じ事をするんだが。しかし俺が相手したロケット団は、飽く迄復活しようとしていた状態。最盛期程の脅威はなかったと言っていい。
 それに――奴らのボスは、結局現れなかった。


「そのトレーナーの名前、判るか?」

「……いや」


 否定したものの、心当たりはあるようだった。言いたくない理由が――あるのか。幾ら親友と俺が自負しても、立ち入れない場所はまだまだあるもんだ。
 仕方ないか、と肩を竦めて諦める。
 は俺が何を考えていたのか判らなかったらしく、不可解そうに見下ろしていた。


「まあ、幽霊がいようといなかろうと関係ないな。もしその噂の幽霊がいたとして、正体は気になるけど」


 そう言いながら、本当は大体の予想がついていた。勘――と言うのもあったが、色々な所で耳にした情報が繋がって――気付いた。
 が判らないと言った名前も、判った。あの人だとすれば、辻褄が合う。
 ――マサラタウンの、レッド。
 死んだのかどうかは知らないが、幽霊と囁かれている人物がこの人であるのは間違いない。確証はないが、確信はあった。
 第一、シロガネ山への入山が認められているのは極少数のトレーナーだけだ。ポケモンリーグチャンピオンであるワタルさんに勝ったのは――この三年間で、三人のみ。
 一人は俺だ。もう一人は、元チャンピオンで現トキワジムジムリーダーの、グリーン。
 グリーンさんとグレン島で初めて会った時、あの人は言っていた。
 ――チャンピオンになったのはほんの少しの間で、レッドの奴に邪魔されちまったけどな――。
 つまりワタルさんを倒し、実力を認められた数少ないトレーナーは、俺とグリーンさんと――レッドと言う男。あのロケット団のボスを倒し、解散に追い込んだのだから――実力は紛れもない。
 寧ろ、ワタルさんを倒してチャンピオンになったグリーンさんをも倒したのだから、その実力の程は容易に知れる。
 ぞくり、と寒気がした。
 武者震いってヤツだな、きっと。
 幽霊かどうかはさておいて、シロガネ山にいるのがレッドと言う男であるのは間違いない。グリーンさんはトキワジムにいる。
 シロガネ山に行くのは、俺みたいに行く宛ても見失った暇人か――あるいは、更なる強さを求める奴だけだ。当然レッドと言う人は、後者だったんだろう。修行に行って帰ってきてないのだとしたら、死亡説を立てるのはまだ早い。
 幽霊だろうとなかろうと、そこにいるんなら――楽しみと言わざるをえない。
 もしかしたら相手は、俺よりも強いかも知れないのだから。きっとレッドだって、自分より強い相手が目の前に現れるのを――そこで待っている。
 シロガネ山への入山は言わば、レッドへの挑戦権と言うところか。
 ――行ってやろうじゃねぇか。


「……死ぬなよ」

「判ってるって」


 立ち上がって、気を引き締める。そんな俺の心中を察したかのように、はぽつりと言った。心配してくれたその言葉が嬉しくて、少し頬が緩みそうになった。
 でも、笑ってる場合じゃない。楽しみで思わず口がにやけそうになるものの、まず第一に、レッドがいるであろう場所まで――行かなければならない。そこから既に、難関なんだが。


「帰ってきたら、またバトルしような」


 俺は、お前が目の前に立ち塞がるのを楽しみにしてるぜ、
 だからその時まで――俺も俺より強い相手に挑んで、更に強くなるんだ。










.Back   ( top )   Next

( 後書き )

金銀時代にあったレッドさん死亡説。
HGSSじゃ一回戦ったあと殿堂入りすれば、またいるそうで。
なのでHGSSで死亡説はないと公式認定された訳ですが。
男主は初めて書くので、口調をどれくらい崩していいのか判りません。
取り敢えず、ヒビキ君ではなくゴールドのイメージで書いてるので、若干口調が悪いです。
女主と違って礼儀も微妙なので、さん付けも更に迷う……。
あと、自分自身は未だレッドさんに挑みもせずこれを書いています。
ネタバレだけ……読んだので……(苦笑)