02*
白に染まる頂




 シロガネ山は、想像以上に険しかった。山自体もそうだったし、話に聞いていた以上に野生のポケモン達は強かった。
 それでも俺は――頂上にやって来た。


「頂上ともなると寒いな、オーダイル」


 吹雪いていて、半袖では物凄く寒い。凍えてしまいそうだ。
 酸素が少ないのには、何日も山の高い所を歩き回っていたお陰でなんとか順応しているみたいだし――寒いのを除けば、問題なんてないんだが。
 しかし――結局今のところ、人とは遭遇していない。茂みから現れるのはどれも野生のポケモンだ。
 はっきり言って、凄い――怖い。
 此処には俺以外の人間がいないんじゃないかと思うと、孤独で押し潰されそうになる。
 そんな俺の気持ちを察したように、オーダイルが擦り寄ってきた。


「ああ、一人じゃないよな」


 さて問題は――此処まで来て、人がいるような痕跡一つ見つけられてないんだが、本当にレッドは――いるのか。
 もしかして本当に死んだのか? あるいは帰ってきていないって言うのがデマで、シロガネ山は既に下りたあと、だとか。
 でもシロガネ山に入る手前にポケモンセンターがあったけど、そこのジョーイさんは見てないって言ってたからな。シロガネ山に入って行くのは、見たらしいけど。


「ピっ」

「うわっ――ぴ、ピカチュウ?」


 寒さも忘れて考えに耽っていると、足元を何かが通った。声に反応して足元を見た時には既にそこにおらず、俺が行こうとした先に、黄色い後ろ姿はあった。
 シロガネ山に、ピカチュウなんて棲息しているのか。まだ調査されていない場所だから判らないとは言え、此処まで来る道中では一度も見かけなかった。
 もしかして――と考えが、脳裏を過ぎる。


「行くぞ、オーダイル!」


 ピカチュウは吹雪の中に消えた。しかしもう此処は頂上だから、少しあとを追えば見つかる筈だ。
 そして俺の勘が当たっていれば――そこには。


「ピッカ、ピカチュウ!」


 ――赤い服、赤い帽子。
 ピカチュウはその男の足から軽やかに登って肩に乗る。そして主であるトレーナーに、伝える。
 ――挑戦者が、現れた事を。
 男はゆっくりと振り向いた。吹雪が起きるくらい寒いって言うのに、男は半袖だ。俺も人の事を言えた義理じゃないが――寒さは、感じている。でもその男は、寒くもないという様子でそこに立っていた。
 無表情で、俺を見る。


「アンタ……」


 小さくか細く漏れた俺の声は、雪と共に風にかき消された。しかし俺はそれ以上、何も言えない。
 生唾を飲みこむ事すら、緊張で出来なかった。小さな声がかき消されるような場所なのに、唾を呑み込む音が聞こえるんじゃないかと思った。
 男の視線からも、逃れられなかった。まるで金縛りにあったみたいだ。
 もし――もしも本当に男が幽霊だったとして、金縛りに合わされるなんて笑ってしまう。
 そう思うと、少しだけ普段の自分を思い出せた。オーダイルが隣で心配そうにしていた事にも、漸く気付く。


「アンタ――マサラタウンの、レッドだろ!」


 今度は風に呑まれないくらいの大声で、相手に言葉を投げる。
 男の肩に乗るピカチュウは、耳を立てて反応を示したが、当の男は――何も言わなかった。変わらず、じっと俺を見ている。
 その口は堅く閉ざされているかのように、開かれる気配がない。頷く事も、首を振る事も、視線を逸らす事さえも――しない。聞こえている筈なのに。
 ぎり、と歯を食いしばる。何故だか判らないが――反応がなかったからなのか、俺の中に反抗心が芽生えた。


「反応なしかよ……まあいいや。アンタがレッドだってんなら、それでいいんだ。俺は――アンタを超える為に此処まで来た。ポケモンバトル、して貰うぜ」


 俺の言葉と共に、オーダイルが俺の前へ出る。振り向いて俺を見るオーダイルに、俺は無言でこくりと頷いた。覚悟は、出来ている。
 そこで初めて男は俺から視線を外し、肩に乗るピカチュウに向けた。ピカチュウは視線の持つ意味を理解したのか、男の肩から飛び降りた。そして、オーダイルと対峙する。
 電気袋から、電気が漏れている。かかって来いと――言う事か。


「オーダイル、滝登り!」
 

 ピカチュウの特性は静電気。触れた相手を何割かの確率で麻痺にさせる。だから出来れば接近戦にはしたくないんだが――オーダイルには、遠距離技を覚えさせていない。
 しかし――そんな注意も含めて、俺の作戦は崩された。
 ピカチュウの、最初の一撃によって。


「な――っ」


 電気を纏った、すてみタックルのような技。だがその技が何なのか、俺には判らなかった。知らない、見た事もない技だった。
 攻撃をオーダイルに与えたピカチュウの様子を見ると、オーダイルはまだ攻撃を繰り出していないのに、ダメージを受けたように見える。どうやら俺の考察は正しかったのか、すてみタックルと言うのは強ち間違っていなかったらしい。
 オーダイルに大ダメージを負わせると共に、ピカチュウも分相応の反動を受けている。
 でも――反動を受けているからと、状況を楽観的には見れなかった。
 何故ならそのたった一撃で――オーダイルが、倒れてしまったからだ。


「嘘だろ……相手はピカチュウだぞ?」


 はっきり言って、種族的にピカチュウは強い部類に入らない。ただ素早さだけは、確かにオーダイルを上回っているだろうが――ピカチュウの攻撃よりオーダイルの防御が、勝っている筈だ。幾ら効果抜群と言ったって――。
 強すぎる。
 一番のパートナーであるオーダイルが始めの一撃で倒れるなんて、考えてもなかった。確かに過去に、ワタルさんのカイリューの雷に一撃で倒された事があったとは言え、何なんだ、この強さ。
 ――相手がピカチュウだからって、出し惜しみしてる場合じゃなさそうだ。
 出来れば早い段階で出すのは避けたかったんだが――こうなったら仕方ない。最初の一匹目であるピカチュウに、倒されている場合じゃないんだ。


「行け、バンギラス! 地震だっ」


 サナギラスから進化すると同時に地面タイプはなくなり、電気タイプの技が効くようになってしまったが、流石にピカチュウ相手で倒れる事はないだろう。
 タイプ一致で威力が上がるストーンエッジも考えたが、あのピカチュウの速さでは、避けられてしまうのは一目瞭然。なら、電気タイプに効果抜群の、地震で倒す。
 オーダイルより遅いバンギラスでは、矢張りピカチュウの素早さには勝てないが――。


「ッ……! おいおい……何だよこれ……」


 何で――どう言う理屈があって、バンギラスがピカチュウに負けるんだよ。どうしてピカチュウが、バンギラスに勝つんだ。
 ピカチュウが、バンギラスの地震より先に繰り出した技はアイアンテールだった。鋼タイプの技で、岩タイプを持つバンギラスには確かに効果抜群だが――。
 圧倒的過ぎる。これが――最強の、トレーナー。


「頼んだぜ……」


 次のポケモンを出す。しかしとても、あのピカチュウを倒せる気がしなかった。
 相手が何を持っているのかも、手持ちの数すら判らないが――まさかピカチュウ一匹だけじゃないだろう。たとえ後続に控えているのが冗談でピカチュウだったとしても、勝てる気はしなかった。
 また、倒された。指示を下しても、此方が攻撃を繰り出すより早く、ピカチュウの一撃で倒されてしまう。
 まだ―― 一匹目だと、言うのに。
 ピカチュウは攻撃の反動を受けながらも、着実に俺にポケモンを倒して行く。その速さは止まるところを知らない。
 元々早さ重視ではなく耐久で勝負してきたつもりだったんだが――その耐久も形無しだなんて、笑うしかない。冷や汗が頬を伝う。
 ――怖い。
 目の前に突きつけられる勝敗。まだバトルは終わっていないとは言え、最早恐怖で何も出来なかった。
 あのピカチュウの強さも恐ろしいが――それよりも怖いと思ったのは、相手の不可解さだった。
 相手がどんな戦略を考えているのかと表情を窺ってみるが――帽子を深く被り、つばで顔を隠しているとは言え――相手に動きや反応らしいものは見られなかった。
 ただそこに、立っている。


「夢じゃねぇのかよ……」


 本当にこれは、現実なのか。俺は悪夢を見せられてるんじゃないのか? でなければ、たった一匹のピカチュウに――こんなの。
 第一、冷静になってみれば、相手は指示らしい指示を出していない。一言も、喋っていない。それでもピカチュウは、俺の出すポケモンのタイプに応じて技を変えている。
 喋らずにポケモンと意思疎通し、指示を出し――相手に作戦がバレないようにする。
 そんな事が出来れば、確かにバトルは有利になるだろう。でもそんな事は、エスパー能力でもないと無理だ。
 ヤマブキジムのナツメさんは、テレパシーを使ってその作戦を取っていたが――それはあの人が、本物のエスパーだったからで。
 じゃあこの人も、そうなのか? いや――そんな話、聞いた事がない。もしエスパーだったとしたら、噂に付け足されていてもおかしくない。
 カントーのチャンピオンは、エスパーなのだと。だから、強いんだと。
 でもそんな話は知らない。
 最強の強さを持つには、エスパーでなくても喋らずにポケモンと意思疎通出来るくらいじゃないといけない、とでも言うのか?
 それも――違う気がする。
 ワタルさんやグリーンさんは、普通に指示を出していた。幾ら目の前にいる人が、その二人をも超えた人物としても、此処まで圧倒的な違いがあるものなのか。
 そもそもこれは本当に――トレーナー同士の、ポケモンバトルなのか。トレーナー同士のポケモンバトルだと、言えるのか。


「ありえねぇ……」


 気付けばもう俺の手元には、戦えるポケモンがいなかった。
 そこで俺の意識は、闇に落ちた。










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( 後書き )

vsレッドさんですが、バトルの詳しい描写は金銀水晶小説で既にやったので、
こっちはさくっとやられて貰いました。
レッドさんとの戦いはやられてなんぼだと思います(笑)
正直なところ、ピカチュウに6タテされるのかなあと思いましたが、
実際にやってみるとlv50のガブリアスがアイアンテールの急所で一撃で倒されたので、
強ちありえないんじゃないかと思います。
ましてやバンギラスにアイアンテールは効果抜群ですし。
電気玉の効果で攻撃と特攻が上がっているとは言え、ピカチュウの強さには恐れ入りました。
素早さで勝てないと本当に勝てない(笑)