気がつくと、心配そうに見下ろしているオーダイルが目の前にいた。 起き上がり、周りを見る。オーダイルと俺以外、この部屋には誰もいない。鞄は――ベッドの傍に置かれていた。しかしその中にも、オーダイル以外の俺のポケモンはいなかった。 「此処は……ポケモンセンター?」 部屋の窓から外を見る。舗装されていない、荒れた道。どうやらシロガネ山の麓にあったポケモンセンターに、俺は運ばれたらしい。 でも――誰が? まさか、あの人が? 「お前が此処まで運んできてくれたのか?」 オーダイルに尋ねてみるものの、オーダイルはきょとんとした様子で首を傾げた。どうやら違うらしい。オーダイルが知らないとしたら、俺の手持ちの他の奴でもないだろう。 オーダイルは俺のパーティの中のリーダーだ。だからパーティの中であった事とか他の奴がやった事とかを、オーダイルが知らない訳がない。 第一――皆バトルで倒れていたから――動けなかった、筈なんだ。ましてや、険しいこのシロガネ山を下りる体力はなかった。 「ん? 大丈夫だって、オーダイル。心配かけちまったな」 まだ心配そうに俺を見ているオーダイルを、不思議に思いながら宥める。気がついたのだから、もう心配しなくていいだろうに。 今迄トレーナーである俺が倒れる事なんてなかったから、ポケモンに心配される事もなかった。まさかオーダイルがこんな心配性だとは、思ってもいなかったな――。 「おい? 何唸って……いたっ」 大丈夫だって言ってるのに、全く言葉を信用しないオーダイルを不審に思っていると、オーダイルは唸り始め、その反応に更に戸惑っていると――いきなり右手を噛まれた。 大顎ポケモンのオーダイルに噛まれて、痛くない訳がない。 噛まれた右手を半ば叩くように引っ込め、オーダイルを睨む。オーダイルは噛んだ時の低い姿勢の儘、じっと俺を見上げていた。 「何で噛むんだよ! 痛くて涙が――あれ……?」 ぽたり、と涙が頬を伝いベッドシーツに落ちて染み込んだ。それから堰を切ったように涙が溢れ出して、シーツをぬらした。止めようと涙を慌てて拭うものの、追いつかない。 そこでふと噛まれた右手を見てみると、オーダイルに噛まれたと言うのに、弱い歯型がついているだけで血は出ていなかった。 もう一度、オーダイルを見る。オーダイルは変わらず心配そうに俺を見ていた。けれど、唸ってはいない。寧ろ擦り寄ってきた。 ああ――そっか。 「泣いてもいいんだって言いたかったんだな、お前は」 教えてくれてありがとよと頭を撫でると、べろりと顔を思い切り舐められた。そしてもう一度見た時、オーダイルは満足そうな顔をしていた。漸く、安心してくれたらしい。 俺も、思う存分泣いたら気分がすっきりした。 ベッドから下り、部屋を出る。オーダイル以外の皆の様子も気になったし、何よりどうして俺が此処にいるのか――その謎を明らかにしたかった。 「あら、もう大丈夫?」 「はい、お陰様で」 部屋を出て、ポケモンセンターの受付ホールへ行く。 受付にはいつものようにジョーイさんがいて、俺のポケモン達も待合所で大人しくしていた。 普段なら目の届かない場所でポケモンを離してはいけないのだが、偏狭の地に立つ此処では俺以外のトレーナーがいない為、大人しくしていれば迷惑にはならない。 ポケモン達は俺がやって来たのを見つけると、こぞって俺の周りに集まってはしゃいだ。 オーダイルが心配してくれたように、皆も心配してくれていたようだ。大丈夫だから、と言って宥める。 ポケモンに心配されるなんて、ポケモントレーナーとして恥ずかしい。俺もまだまだだなと、痛感させられる。 「ところでジョーイさん。俺、どうやって此処まで来たんですか?」 他の誰かに助けて貰ったと言う事は――あの人を除き――ありえない。あそこにいたのは俺とあの人だけで、頂上ともなると野生のポケモンすらいなかった。 もしかしたら、あの人の威圧感か何かを恐れて逃げていたのかも知れない。あらゆる屈強を共に乗り越えてきた俺のポケモン達でさえ、緊張で体を強張らせ、冷や汗を垂らしていたのだから。 「ピカチュウが―― 一匹のピカチュウが、教えてくれたのよ」 「ピカチュウが?」 「ええ。此処へ入ってきたと思ったら、何かを訴えてるみたいで……ついて行ってみたら、シロガネ山の頂上で倒れている貴方を見つけたのよ」 あの人とのバトルで負けたあと――意識を失って、しまったから。 つまり倒れた俺を此処まで運んでくれたのはジョーイさん、と言う事か。あの人じゃ――ないんだな。 でもピカチュウを此処まで寄越し、ジョーイさんを呼んでくるように言ったのはあの人だろう。ポケモンの勝手な判断である可能性も少なからずあるにはあるが、トレーナーがいる以上、トレーナーの指示を仰いでいる筈だ。 でも、何で態々面倒な事をしたんだ。 「よく……無事でしたね」 「ええ。ピカチュウが野生のポケモンから護ってくれたのよ」 まああの強さなら、此処ら辺に棲息する野生のポケモンは取るに足らぬ相手だろう。電気技が効かないゴローンやイワークも、アイアンテールで問題ない。 俺のバンギラスを――倒したのだから。 「でもあのピカチュウ……大丈夫かしら。シロガネ山を二往復もして、疲れてる筈なのに……」 「どうしたんですか?」 「貴方を山頂から此処まで運んだら――もう、いなかったのよ」 いつの間にか、いなくなっていた。まるで――幽霊みたいに。最初から、そこにいなかったかのように。 でもピカチュウは確かに存在していた筈だ。生きて、あそこにいた。だから戦えたのであり負けたのであり――幽霊だなんて、ありえない。ピカチュウは単純に、いなくなっただけだろう。 きっとあの人の所へ帰ったんだ。小さな体で、シロガネ山を登っていった――。 「ジョーイさん。あそこに、他に誰かいませんでしたか?」 「え? いえ……貴方しかいなかったわ」 どうしてそんな事を訊くのか、ジョーイさんは不思議そうに俺を見た。でも俺の心境は、それどころじゃなかった。 あの人は――あそこに、頂上にいなかった? そんなまさか。そんな馬鹿な。ジョーイさんが来た時だけ隠れたとでも言うのか? 何でそんな事をする必要があるのか判らない。 そう言う考えよりも――矢張り――幽霊だと考えた、方が。 「ただ……」 「ただ?」 「私が来た時にはいなかったけれど、貴方の傍には足跡があったわ。あれは――リザードンのものね。もしかしたら、気絶した貴方を暖めていたのかも知れないわ。あんな寒い所で半袖なんて、凍え死んでも奇怪しくなかったのよ」 それでも俺が此処にいて、生きているのは――リザードンが、いてくれたから。ジョーイさんが来るまでに、俺が寒さで死んでしまわないように。 でも――そうだよ。半袖であんな所にいたら、死んでしまう。一日であろうと。 でもあの人は――半袖、だった。幾ら三年間あそこにいるんだとしても、あの寒さに慣れるものではない。人間は、そんな順応方法で生きてきていない。 死んで――いても奇怪しくない、寒さだった。 「貴方、あんな所で何をしていたの? ポケモンも皆傷ついて――」 「シロガネ山に……ピカチュウとかリザードンって、棲息、してるんですか」 怒ろうとしたジョーイさんの言葉を遮って、問う。 じっと見つめて返答を待つ俺に、ジョーイさんは少し面食らいながらも溜息を吐いた。言っても無駄だと思ったんだろう。その判断は、間違っていないと思う。 「さあ……三年前に開通したばかりで、調査もまだ進んでいないのよ。頂上まで行ったのは、今回が初めてだったし……」 ピカチュウの野生ならトキワの森で見た事があるが、リザードンもといヒトカゲを野生で見た事は俺にもない。 けれどこのシロガネ山になら――棲息している可能性があるんじゃないかとも、思う。だがその可能性よりも――矢張りあの人の手持ちである事を考えた方が、しっくりくる。 ただバトルでピカチュウ一匹に手持ち六匹やられてしまったから、あの人のピカチュウ以外の手持ちが判らない儘なんだよな。 マサラタウンを旅立ったカントートレーナーなのだから、最初に貰える三匹の内一匹を持っていても不思議では――ないし。恐らくあの人はリザードンを、持っている。 しかしピカチュウであの強さなのだから、リザードンも相当な強さだろう事は容易に知れる。 全く……どう育てたら、ピカチュウがあんな化物みたいに強くなるって言うんだ。ピカチュウはジョウトに棲息してないから、育てた事がない俺には判らない。 「今迄に、トレーナーが此処に来た事って、あるん……ですよね」 「それは勿論。でも限られたトレーナーしか来れないから、来たと言っても数える程度よ。その中でシロガネ山の奥に入って行ったのは、貴方を除けば……三年前に来た、男の子一人だけよ」 行ったきり――帰ってきていないらしい。の言葉が蘇る。 あの人は確かに、あそこにいた。そして俺は、戦ったんだ。あの人の――ポケモンと。そして負けて、今度は助けられた。俺を助けたと言うのが、あの人の指示かどうかは――判らないけど。 「まさか……頂上には、その子が?」 「……はい。俺が行った――時には」 なのに、ジョーイさんが行った時には――いなかった。まるで俺にしか――俺と俺のポケモンにしか、見えなかったみたいに。 ジョーイさんも思案顔になった。ジョーイさんにしてみれば、いるのかいないのかと言う幽霊疑惑よりも、まだいたのかと言う驚きからくる心配の方が、大きいのではないかと思う。 ジョーイさんはシロガネ山への出入りを管理している訳じゃないから、あの人がシロガネ山へ入っていくのを見たと言うのも、偶々見つけたと言うものかも知れない。 「貴方は……また……行くつもりなの?」 「はい。じゃないと、悔しい儘ですから」 いつかが俺に、お前が強いのは認める。でも、戦わずにはいられないんだと――言っていた。 その気持ち、判らない訳じゃないんだ。寧ろ判ったからこそ、俺はと戦った。 そして今、俺はと同じ気持ちでいた。 負けると判っていても――戦わずには、いられない。一人のポケモントレーナーの意地として、負けてばかりも――いられない。 あの人の実態を、明らかにする為にも。 負けた儘じゃいられない。にも顔向け出来ない。そして何よりも――まだまだ未熟だった自分の力量を思い知って、やる気が出た。 ぐだぐだやってる場合じゃ、ない。 .Back ( top ) Next ( 後書き ) やる気を出してくれた君。 正直なところ、未だにレッドを本当に「幽霊」にすべきか迷っています。 あくまで幽霊説は都市伝説として囁かれたものですからね。 なのでまだ「あの人は幽霊なんだ」と決め付けてはいません。 あとリザードンが暖めてくれた〜と言う話を思いついたところで、 きっとレッドさんも半袖でいるのは寒いけど、 リザードンの炎で暖を取ってたんじゃないかと思います(笑) お茶目なレッドさんも好きですねー。 もう一つ、正直主人公のデフォ名はヒビキ君じゃなくて「」だし、 話的にHGSSである必要性はあるのかなあと思い始めましたが、 しかしHGSSの醍醐味として、擦り寄ってきたりする、ポケモンの反応! それを出来る限り随所に入れたいと画策しています。 抱き締められたとか、こっちが抱き締めたいですよねデレデレ |