04*
常盤に揺れる声




 俺は一先ず、寝かせて貰っていた病室に戻った。電話をするからと、オーダイル達には外で待って貰う。
 鞄からポケギアを取り出して、登録ナンバーから目当ての人の名前を探し出し、コールをかける。電子音が暫く鳴り続ける。やがて、ぷつ、と音が切れた。


「もしもし、グリーンさん?」

『……ああ、か。何だ? 再戦なら……』

「グリーンさん」


 電話の相手は、トキワジムジムリーダーのグリーンさん。俺はこの人に――訊きたい事があった。この人なら、きっと何かを知っている。
 ――あの人について。


「俺……今、シロガネ山にいるんです」


 電話の向こうで、グリーンさんの驚く様子が感じられた。
 やっぱりこの人は――知っている。レッドさんがシロガネ山にいる事を。シロガネ山にいると噂される幽霊が本当に幽霊かどうかの真実は兎も角、噂の幽霊が、恐らくレッドさんである――事も。


『まさか、お前……レッドに……会ったのか』

「はい。会って、戦って……負けました」


 ぎり、と歯噛む。手も足も出なかった。歯が立たなかった。無様なバトルをした。させてしまった。
 傷つけるしか出来なかった。せめて途中で、やめて――いれば。たとえ逃げる道だったとしても、それを選択するのもトレーナーの大切な役目だ。皆は俺に応えようと、頑張っているんだから。
 どんなに思い出しても、悔しい以外の感情が浮かばない。己の未熟さを思い知った。


「グリーンさんはレッドさんの事、知ってるんですよね。あそこにいるのも――知ってたんですね」


 ぽつりと零すように、尋ねる。グリーンさんは俺の言葉の続きを待っているようだった。一瞬――躊躇う。
 でも、この人しかいないんだ。


「教えて下さい、グリーンさん! あの人は……一体、何者なんですかっ」


 何者なのかなんて――知れているのに、そんな言葉でしか問えなかった。言い表せない、あの人の謎。ぞっとさせる、威圧感。
 本当に、人間なのか。先ずそこから、確かめたい。そしてあの人は本当に――存在しているのか。生死とかの意味じゃなく、あの人は俺の妄想なんじゃないかと言う、疑い。それくらい、怖かった。


『アイツは――俺のライバルで、お前と同じポケモンリーグチャンピオンだよ。まあ同じっつっても、カントーとジョウトっつー違いはあるがな』


 それは違いと言うより――差と言うに等しいんじゃないかと、思った。
 が言っていたように、カントーのトレーナーには強い奴らが多い。だからカントーチャンピオンであるあの人と、ジョウトチャンピオンである俺には、三年のブランク以上の差があるんじゃないか。
 言う程の差はないけれど、環境の違いは実際、ある訳で。
 でも――違う。俺が、訊きたいのは。


「そんな事を訊いてるんじゃありませんっ」


 それが本当に、事実として現実として、あったのかどうか。
 グリーンさんのライバルなのは本当だろうし現実の話だろうし、カントーチャンピオンである事だってグリーンさん以外にワタルさんに訊いて確かめても、いい事で。
 疑う理由なんてないんだとは、判っている。でも疑う原因を、あの人は俺に植え付けた。
 まるで人の見る夢のような、不確かさをあの人は見せた。現実とも夢とも判らない、不安定さを。


「シロガネ山の噂を……知ってるんですよね」

『ああ』


 レッドさんがシロガネ山にいるのを、知っていたのなら。囁かれている噂だって、知っていても奇怪しくない。
 大体グリーンさんにも、シロガネ山への入山は認められてるんだ。今は――トキワジムジムリーダーだけれど。寧ろ立場的に、そう言った噂を小耳に挟み易いんじゃないか。
 ライバルであるレッドさんの話だと言うのなら、尚更。


「じゃあグリーンさんは……あの人は生きてると、思いますか」


 静かに、言葉を選びながら、話す事自体躊躇いながらも、尋ねる。
 グリーンさんは暫く何も言わなかった。考えているのかも知れない。俺も黙って、グリーンさんの言葉を待った。
 やがてグリーンさんは、それは俺にも判らねぇよ、と小さく呟いた。


「俺は……」


 言い淀む。あった事を、話すべきかどうか。
 正直、自信がなかった。あれは夢だったんじゃないかとさえ、思い始めていた。
 ああ、皆がいる所で話せばよかった。皆と一緒だったら、こんな不安な気持ちにならなかっただろうに。
 でも――たとえ本当に夢だったとしても、此処まで話したんだから、言わなければならない。それにグリーンさんなら、この話が夢でも、深い意味を持ってくれるだろう。グリーンさん、だからこそ。あの人のライバル、だからこそ。


「あの人は……バトルでも、ただそこにいるだけでポケモンに指示を出しませんでした。俺を助けに来たジョーイさんは、誰もいなかったって――あの人を見てないって、言ってるんです。もしかしたら、あの人はもう……!」

『――でもお前は、見たんだろ』


 まるで射抜くかのように、鋭かった。俺はそれ以上言葉を続けられず、ぐっと言葉を呑み込んだ。
 確かに俺は見た。そして戦って、負けた。もしかしたら夢だったんじゃないかと言う考えは、俺の心が逃げたくて見せた幻。
 負けた事、皆を傷つけるだけの結果に終わってしまった事を、認めたくなくて。
 でもやっぱり、負けたのは現実で――皆は傷ついた。
 それでも皆は、傷つけた俺の安否を心配してくれた。その現実まで否定しちゃ、駄目だ。皆頑張ってくれたんだから。俺の我儘に付き合ってくれてるんだから。


『アイツと、アイツのポケモンと、戦ったんだろ』


 あの人のポケモンと戦ったと言っても、ピカチュウ相手に負けてしまったから、はっきりと頷くには若干の抵抗があった。けれど戦っただけじゃなくて、助けられてもいるんだから、いた事実ははっきりしている。
 ジョーイさんだって、あの人を見なかったけれど、ピカチュウを見た。リザードンのいた形跡も見つけた。
 確かに――いるんだ。
 でなければ俺は、此処にいないんだから。


『だったらお前にとってアイツは、いない存在じゃない筈だ。違うか?』


 生きてあそこにいたと言うのなら問題はないし、たとえあの人が、本当に死んでいたとしても。
 俺は、あの人を見た。その現実が重要なんだ。ジョーイさんは見ず、俺と俺のポケモン達だけが見た。それにだって、何か意味があるのかも知れない。
 もしかしたらあの人は、俺を――俺みたいな人間を、待っているのかも知れない。


『シロガネ山の噂を聞いた時……間違いなくレッドだって確信した』


 でも、とグリーンさんは言葉を続けようとして黙った。グリーンさんだってきっと、心配なんだ。寧ろライバルとして幼馴染として、何やってんだアイツはって言う怒りがある。
 ――それは俺にも判らねぇんだよ。
 レッドさんの生死について、グリーンさんはそう言った。それはつまり、本当はレッドさんの生存確認を一番知りたいんじゃないだろうか。けれど何かしらの躊躇いが、ある。
 ――でも躊躇いって、何だ?


「……待って下さい、グリーンさん……アンタはそこまで知ってるのに……何で、此処に来てないんですか?」


 ふらりと首を擡げた疑問。
 グリーンさんはそこまで知っていて、心配だってしている筈なのに――どうして今、此処にいないのか。
 資格はある。トキワジムは、カントーで最強のジム。そんなジムに、若くして新しいジムリーダーとして就任したのだし――元だとは言え、カントーリーグチャンピオンだ。俺が一番、苦戦させられた人。
 でも――この人は、シロガネ山に足を踏み入れていない。ジョーイさんは、グリーンさんの話をしていなかった。シロガネ山へ入っていったのは、三年前の男の子――つまり、レッドさんだけ。
 じゃあ――どうして。
 心配するような間柄じゃないから? 互いに、心配するのは相手に対する侮辱だと、考えていたから? 心配せずに信じてやるのが、ライバルと言うものだから?
 でも――シロガネ山に篭ったあの人に対して、何も思わなかったとは思えない。
 まるで挑戦者がやって来るのを待つかのような、あの人の行動に。相手にされなくなったと言う意味にも、取れかねないのに。


『……俺じゃ、レッドには敵わない』


 そう、思っただけだ。
 電話の向こうのグリーンさんの声はやけに淡々と聞こえた。少なからず、尊敬してたのに。俺の中にあったグリーンさんの印象が、一気に崩れた。
 何故か、グリーンさんのそんな態度が俺には悔しかった。


『一度だって、勝った事がなかった。ライバルだ何だ言っても、勝った試しなんてないんだ』


 それくらい、アイツは昔から強かった。チャンピオンとして、立ち塞がっても。
 ぽつりぽつりと、グリーンさんは話す。どんな気持ちでいるのだろう。どんな顔をして、電話をしているのだろう。俺は、何も言えなかった。


『シロガネ山へ行くって話を聞いた時、そうかよ、の一言しか言ってやれなかった。俺には止める資格なんてなかったんだよ』


 勝てずにいた――グリーンさんに。止めたって意味がないと、判っていたから。思っていたから。
 いつからかもう、相手にされなくなっていた。そしてグリーンさんもレッドさんの相手になれなくなっていた。
 だから余計、シロガネ山には行けなかった。挑戦者を待つレッドさんには――会いに、行けなかった。行っても負けるだけだと言うような、安い諦めでもなかったから。合わせる顔がなかった。
 止められなかった――自分には。グリーンさんは、そう思っているんだろう。


『強くなって、いつか見返してやる――そう思ってはいたけどよ……レッド以外の、お前に負けるような様だ』


 だからってお前を責めてる訳じゃねぇよと、グリーンさんは付け足した。
 それ以上をグリーンさんは言わなかったが、恐らくその言葉のあとには、力不足な俺が悪いんだと言う自責が続いただろう。
 でも俺がグリーンさんに勝負を挑むまでの間も一度としてシロガネ山へ来ていない事から、単に俺に負けた事だけが原因と言う訳ではなさそうだった。


『こんなんで――アイツに顔向け、出来る訳ねぇだろ』


 高いプライドが、そうさせる。
 心配よりも先に、ライバルと言う心が先行してしまうから。もし心配する気持ちの方が強ければ、プライドなんてかなぐり捨てて、こんな所に引き篭もっているあの人を迎えに来ている筈だ。


『アイツにはもう……俺なんて、映っちゃいねぇんだ』


 三年前の――あの日から。
 グリーンさんも諦めたふりをしているだけ、なんだろうな。本当は悔しくて悔しくて、仕方ない。今直ぐ殴りに行ってやりたい。
 けれどそれでは矢張り、意味がない。そんな強制連行をしても、あの人は帰って来ない。


。お前ならアイツを倒せる。俺に勝った、お前なら』


 一度――レッドさんに、負けてしまったけれど。それでもあの人に、勝てるだろうか。
 いや――勝たなきゃ、いけないんだ。もう無様なバトルは出来ない。ポケモン達を、傷つけない為にも。負けた儘じゃいけない。


『アイツに、教えてやってくれ。時代は――変わったんだ』

「……はい」


 挑戦者を、待ち続けると言うのなら。
 今もまだシロガネ山の頂上で、俺が再びやって来るのを待っているんだろう。空でも、見上げて。時に流れて変わりゆく世界から、目を逸らして。










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( 後書き )

グリーンさんの葛藤。
レッドさんを迎えに行くグリーンさんもいいですけどね。
でも何かしらの劣等感はあると思うんですよね。いっつも負けてばっかな訳ですし。
グリーンさんはレッドさんに振り回されていればいいと思います。
そして「くそッ」とか一人怒って、何も出来ない自分に腹立ってれば……!
もだもだしますね! それだけで妄想が広がりますねっ。