05*
落ちる青い雫




 あれから―― 一週間。療養と修行に、少しだけ時間を使った。
 今の儘じゃ、どう足掻いたってあの人には勝てない。作戦でカバー出来る範囲を超えていた。だからせめて、作戦でカバー出来るくらいにしなければならなかった。
 元々シロガネ山に棲息する野生ポケモンが強かったから、案外修行には困らなかった。寧ろ、こんな所でへこたれてちゃいけないんだ。
 そして再び俺は――俺達は、シロガネ山山頂へ、やってきていた。
 寒い。一週間前と変わらず、山頂は吹雪いている。視界も悪く、一寸先が見えない。オーダイルとはぐれないよう、オーダイルの体に手を当て、そこにいる事を確認する。
 一歩、一歩。吹雪で中々思うように前に進めない。こんな状況じゃ、足を踏み外して――なんて事があったって奇怪しくない。慎重に、足場がある事を確かめながら進む。
 幾らか進んだ時、突然オーダイルが遠くに向かって吼えた。吃驚して、オーダイルを見る。オーダイルは唸りながら、前を睨みつけていた。
 視界が、少しだけ――晴れていく。
 そこにいたのは―― 一度だけ見た、後ろ姿。今回はピカチュウも背を向けていて、その人の肩に乗って同じ方向を見ていた。
 やがて、ピカチュウがオーダイルの唸り声に気付き、振り返る。
 あの咆哮は聞こえていなかったと言うような様子だ。吹雪が壁にでもなっていたか。
 ピカチュウは肩から下りずに、一週間前と同じようにトレーナーへ俺が来た事を教える。そしてその人は、振り返る。
 目が、合った。ぞくりと悪寒が走る。モンスターボールを握る手が、震えている。怖いのか。
 ――ああ、怖いな。
 でも、俺は再びやって来た。怖いのを、承知で。そんな感情に振り回されるより、意地の方が強かったから。


「また会いに来ましたよ、レッドさん」


 揶揄を込めて、言葉を投げてみる。しかし判っていた事だが、相手は何も言わないどころか、反応らしい反応すら見せない。
 俺の視界の中で動いているのは、ピカチュウの耳だけだ。


「バトルをする前に――幾つかアンタに、聞きたい事がある」


 ぐっと、モンスターボールを握る手に力が篭る。緊張する。相手は、ただ俺を見ているだけなのに。
 いや逆に――それの、せいか。反応なんて、期待するだけ無駄だと判っているのに。
 俺はこの人について殆ど何も知らないが、きっとこの人は――こう言う、人なんだ。幽霊だろうと生きた人間だろうと、関係ない。見えても喋れない幽霊なんて、変な話だし。この人は、昔から喋らない人なんだ。


「アンタ……本当に、マサラタウンのレッド、だよな」


 頷きすらしない。ピカチュウすら、じっと俺をその小さい黒目で見ているだけだ。
 イエスかノーくらい、反応してもいいだろうに。徹底してやがる。こんな人と、グリーンさんはどうやって付き合ってきたんだ。寧ろ、何を考えているのか判らなくなる気持ちの方が、俺には理解出来る。
 はっきり言ってこの人は、人との意志疎通を放棄している。まさかこんな辺鄙な所に引き篭もっている理由は、それか?


「俺はワカバタウンのだ。アンタと同じ、ポケモンリーグチャンピオンだよ」


 同じと言っても、違うけれど。歴然とした差が、あるけれど。
 でも――強さに若干の差があれど、チャンピオンになって思った事は、恐らく同じだろうと思う。この人と俺は、似ている。どちらかと言うと、俺がこの人のあとを追っているようなもんだが。
 ――それでもこの人が最強と言う立場に立って感じた事が、俺には判った。
 ジョウト、そしてカントーを巡り、此処まで来た俺。カントーを巡り、此処まで来たこの人。
 同じなんだ。同じ道を、歩いてきた。そして辿り着いた所には――誰も、いなかった。目指すものがない事に、なくなっていた事に、気付いた。そして虚無感に、襲われる。
 上り詰めた先には何もなかった。最強になって、初めて知る。あとはもう――衰えていく、だけなのだと。 
 だからこの人は――進むのを、やめた。此処でただ一人、自分を超える可能性のある者を待った。俺みたいな人間が――同じ道を歩み、此処に辿り着くであろう事を考えて。


「俺がアンタを超えてやるよ。アンタの、望み通り……!」


 ピカチュウがレッドさんの肩から下り、その前に立つ。そして四つ足で身構え、此方を睨む。電気袋から電気が漏れている辺り、一週間前と変わらずコンディションはばっちりと言ったところか。
 一週間前のバトルでは、結局一撃も攻撃出来なかったから、あのバトルによる疲労はないだろうし――精々俺を助ける為にシロガネ山を二往復し、その間ジョーイさんを護りながら、野生のポケモンと戦った事――くらいだろう。
 野生のポケモンだって、攻撃される前に倒していっただろうから、体力面で言えば疲労らしい疲労はない。
 いや――そう言えば。俺とのバトルで、俺のポケモンは直接攻撃出来なかったものの、ピカチュウ自身は自分の攻撃による反動で、幾らかダメージを喰らっていた筈だ。
 とは言え、一週間前の話だから――結局そんなダメージは、既に回復済みだろう。
 さて兎に角、前回同様相手の一番手はピカチュウのようだ。相変わらず、レッドさんに動く気配は見られない。黙って何も言わず何もしない儘、ただ俺を待っている。


「あと、俺が勝ったら教えて貰うぜ。アンタの正体!」


 幽霊なのか――どうか。いや、生きているのか、どうかだ。
 俺は心の何処かで、この人が生きている事を願っている。
 だって幽霊だなんて――死んでいたなんて、認めたくない。そしてそう願っているのは、何も俺だけじゃない。グリーンさんだって、オーキド博士だって――この人を知っている人は皆、きっと。
 こんな所で立ち止まっていて、いい人じゃないんだ。たとえその先に誰もいないんだとしても――アンタの後ろには、アンタを目指す奴がいる。それを、知って欲しくて。
 いつまでも立ち止まってちゃ、追い越されるんだ。それはつまり、いつまでも目標がない儘じゃない、と言う事で。
 だから俺が――この人を、超えるんだ。


「同じ轍は二度と踏まない! バンギラス、出番だっ」


 オーダイルには下がっているように指示を出し、モンスターボールからバンギラスを出す。そして辺りは吹雪に代わり、砂嵐が吹き荒れる。
 砂嵐は、バンギラスの砂おこしと言う特性が原因だ。岩か地面か鋼タイプを持つポケモンなら、砂嵐によるダメージを受けないんだが、生憎俺の手持ちにバンギラス以外に砂嵐のダメージを受けないポケモンはいない。
 だから極力バンギラスを一番手にするのは避けたかったんだが――あのピカチュウ相手には、そうも言ってられない。効果抜群の地震攻撃で倒さなければならないからだ。


「バンギラス、地震だッ」


 ピカチュウが尻尾を振り被り、バンギラスにアイアンテールを食らわせるより早く――バンギラスの地震がピカチュウに当たる。ピカチュウは面食らった様子だったが――耐えられず、倒れた。
 物理的に言って、巨体のバンギラスでは小さいピカチュウの素早さには勝てない。それをどうにかする為に――バンギラスには、拘りスカーフを持たせた。
 拘りスカーフとは、一度技を繰り出すとモンスターボールに戻すまで、ずっと同じ技しか使えなくなる特性があるが――その代わり、素早さが普段より上がる。
 これならバンギラスでも――ピカチュウより早く動ける。
 しかし地震を使ってしまった為、飛行タイプか浮遊の特性を持ったポケモンに出てこられると、戻さざるを得なくなる。
 もしリザードンを出されたら。一応相性ではバンギラスが有利だから――大丈夫だと、思うが。それに戻す事になっても、オーダイルが控えている。相性で言えば、まだ余裕がある。
 相手は倒れたピカチュウを暫く見つめていたが――徐にモンスターボールを取り出し、ピカチュウを戻した。そして次のポケモンを、出す。


「やっぱり……そう来るよな」


 バンギラスの前に立ち塞がったのは、リザードンだった。軽く火を吹いて、挑発している。挑発されなくたって――バンギラスには手も足も出ない。
 伊達に、頂点に立っていないって事か。此処は頂点って言うか、頂上だけど。ま、一緒だよな。上手い事言ったつもりだったが、んな冗談考えてる場合じゃない。
 あのバンギラスが、ピカチュウより早く動けた理由を考えれば、自ずと答は出てくるだろう。レベルが上回っていれば理論とか関係なく勝てるものの、レベル的に劣っているのは、前回のバトルの結果で知れてしまっている。
 あれから、一週間しか経ってないんだ。半分は療養に費やしたし、もし一週間ずっと修行していたって、あの人のポケモンの強さに辿り着いていたかどうか。
 だから――読むのは、然程難しくなかっただろうと思う。知ってさえ、いれば。そしてこの人は、知っていたからこそ――此処にいる。判らない可能性を考慮出来るような、甘い相手じゃない。
 仕方なくバンギラスを戻し、後ろに控えていたオーダイルに出て貰う。


「オーダイル、滝登りだっ」


 だが矢張り――先にリザードンのエアスラッシュが決まる。更にオーダイルはその攻撃で、怯んでしまった。どうやら勝利の女神は、俺よりもあの人の方が好みらしい。
 だが一撃くらいなら、耐える。効果抜群じゃないんだ。まあ――瀕死一歩手前だから、強がりもそう言ってられないんだが。
 しかし――この人に勝つには、素早さをどうにかしないと話が始まらないってのは、前のバトルで痛いくらいに実感した事だ。対策は、練ってきた。


「もう一回滝登りだ!」


 リザードンよりも早く――オーダイルが動く。
 相変わらず反応らしい反応なんて見せなかったが、普通なら驚いてもいいところだ。さっきはリザードンよりも遅かったオーダイルが、リザードンよりも早く動いたのだから。
 先制技でもないし、技で能力を上げる暇もなかった。
 ポケモンリーグ協会が定めているルールに則って、同じ道具は持たせていないし――拘りスカーフなら、最初の一撃で既に先手を取れている。
 では、何が起こったのか。
 それは――オーダイルが、持っていたカムラの実を食べたからだ。カムラの実の特性は、ピンチの時に食べると素早さがぐーんと上がる、と言うもの。
 幸い、リザードンとオーダイルの素早さはリザードンが僅かに勝っていたくらいで、ピカチュウに比べれば問題ではなかった。
 それに、リザードンの攻撃技ではオーダイルを一撃で仕留めるのは難しい。幾らレベル差があるって言ったって、俺達も伊達に旅をしてポケモンリーグチャンピオンになった訳じゃないんだ。
 効果今一つとか、普通の威力の技でやられる程弱くない。どんなにこの人が、強くたって――俺達は、この人を超える為にまた此処に来たんだ。


「よし、怯んだ! もっかい滝登りっ」


 同じ技なんて芸がないが、確実に倒す為だ。
 しかしオーダイルの激流が発動して水タイプの技の威力が上がっているって言うのに――効果抜群でも、倒れないとは。やっぱり強いな。勝てるのかよ、本当に。
 勝つつもりでいるけれど――つもりでいたって、必ず勝てる訳じゃァない。
 だが運良く、相手は怯んで攻撃出来なかった。どうやら女神様は揺れ動いているらしい。浮気性って事か。そうだとしたらやってられねぇな、全く。
 でもそれはつまり、女神様もまだ俺を見放してないって事だ。


「さて、次は……」


 相手の三番手は――ラプラスだった。
 水タイプのオーダイルに出してきたのには若干疑問を感じたが、寧ろオーダイルが水タイプだからこそ出してきたのだと気付く。
 得意の滝登りは、封じられた。相手のラプラスの特性は、恐らく貯水。水タイプの技は無効化され、逆に回復されるって言う質の悪い特性だ。
 それに加え――ラプラスは、様々な技を覚える。自力では覚えないものの、十万ボルトやサイコキネシスなんかを技マシンで覚えるからな。
 あのラプラスが何を覚えているのか知らないが、水と氷以外の技を覚えている可能性は高い。その中で、十万ボルトを覚えているかどうか。
 ――まあいい。別に、手立てがない訳じゃないんだ。寧ろラプラスなら、相手に出来る。素早さも問題ない。ラプラスは遅いからな。リザードンの素早さに勝ったんだから、先手は取れる。
 しかし問題は――ラプラスの場合、そこにないんだよな。


「オーダイル、馬鹿力だっ」


 オーダイルの技が決まる。効果は抜群で、その上威力も高い。ただリスクとして、攻撃と防御が下がる。
 ――だがそんなリスクを気にしている場合じゃなかった。ラプラスは、その一撃で倒れなかったのだ。予想、していた事ではあったけれど。
 オーダイルの攻撃を耐えたラプラスは、サイコキネシスを繰り出した。リザードンのエアスラッシュで既にかなりのダメージを喰らっていた為、オーダイルはその一撃で倒れてしまう。


「無理させてごめんな、オーダイル。休んでてくれ。バンギラス、もっかい頼む!」


 岩タイプを持つバンギラスは、水タイプの技に弱いが――もう一つあくタイプを持っている為、サイコキネシスは効かない。
 それに効果抜群の水タイプの技を出されたとしても、バンギラスなら耐えるだろうと思った。砂嵐の効果で岩タイプは、特防が少しだけ上がる。
 拘りスカーフのお陰で先手は取れるし――相性の良し悪しで悪いのは、何も此方だけではない。
 水と氷を併せ持つラプラスは――岩タイプに強くもあるが、弱くもある。氷タイプに岩タイプの技は効果抜群だからな。
 だが氷タイプに効果抜群の格闘技を喰らっても尚平然としているところに、ラプラスの厄介さはあった。ピカチュウのような素早さがない代わりに、ラプラスはHPが高く、防御も特防もそこそこある為、耐久力が並じゃない。
 HPが高い事で知られるカビゴンやハピナス辺りは、HPは高いものの防御が低いから、物理技で攻めれば何とかなるんだが。
 さて――果たしてそのラプラスの堅さを、突破出来るかどうか。
 バンギラスの攻撃力はパーティ内随一だ。技が当たって、急所に当たってくれれば――。


「バンギラス、ストーンエッジだ!」


 幸い、地震と違って岩タイプの技である為、ストーンエッジを無効化するタイプはない。
 ただ技的に問題なのは、命中率の低さにある。その分威力もあって、急所に当たり易いと言うメリットもあるんだが――どうだ?


「っ、倒れないか……!」


 効果抜群にも拘らずオーダイルの馬鹿力を余裕で耐え、バンギラスのストーンエッジを喰らっても尚、ラプラスは倒れなかった。
 様子から見て、かなりギリギリのところで耐えている――みたいだが。
 そして繰り出された相手の攻撃は、吹雪だった。命中率が低いが、威力が高い。しかもラプラス自身と同タイプの技である為、威力は更に上がる。
 この天候でも吹雪を当ててくるなんて――流石だな。天候が霰状態だったら吹雪は必中になるが、バンギラスの特性のお陰で砂嵐になっていて、霰の恩恵はないって言うのに。
 一方で、バンギラスは砂嵐の恩恵を受け、特防が普段より少しだけ上昇している。吹雪も、思ったよりダメージは喰らっていない。とは言え、そう何回も耐えられる訳でもない。


「まだ耐えるか……」


 砂嵐のダメージを更に喰らっても尚、ラプラスは此方を睨み対峙している。その視線には、殺気さえ――込められているようだった。
 気迫が、違う。


「バンギラス、ストーンエッジ……っ」


 本当は堅実に、命中率の安定している地震で行きたかった。しかし此処で、拘りスカーフのリスクが降りかかった。
 ――同じ技しか、出せない。


「外れた!」


 ぎり、と歯を食いしばる。此処で――外れるか。もう少し、なのに。
 しかもラプラスは、攻撃をせずに眠り始めた。ありえない! 容赦のない現実に悔しさしか感じられなかった。
 そしてラプラスは体力を全回復し、持っていたんだろうラムの実かカゴの実で眠りから覚める。
 完璧な、作戦だ。とてもポケモンだけの判断で出来るもんじゃない。
 相変わらずあの人に反応は見られないし、動作はポケモンの交代だけだ。でも――あの人がポケモン達に指示を出しているのは間違いない。
 強いな、本当に。怖いくらいだ。まだ、体の震えは止まらない。それどころか、ぞくぞくしっぱなしだ。


「まだまだこれからって事か……!」


 相棒のオーダイルは、倒れてしまったけれど。まだやれる。可能性は残っている。
 相手にも易々とやられる気がないように、俺にだって――俺達にだって、一度負けたからって、またやられるつもりはない。
 やってやろうじゃねぇか。










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( 後書き )

バトルシーンは金銀水晶でやったのでさくっと、と思ってたのに、
そんな事出来ずにバトルスタンバイ!
もしかしたらご都合主義的に進むかも知れませんが、お付き合いして頂ければ幸い。
でも案外、此処ぞとばかりに相手が怯んだり麻痺になったりしますよね。
SSはそれがよくあった……デンリュウさんありがとう。
一応レベル差があると言う事で。
ただ、実際かなりのレベル差があって戦った訳じゃないので(私は堅実にlv75以上で行った)
想定の範囲内を出ません。特に素早さでどっちが勝つとか。
ほぼフルアタのバトルは、素早さが本当物を言いますからね……痛感したよ。うん。
早々にオーダイルを沈ませてしまったのが残念です。でも後々を考えると、ね……。
バンギラスの活躍が半端ないです。バンギラス大好きです(えへへ)
因みに同レベ(lv50)で耐久型のラプラスでストーンエッジはかなり喰らいます。
ただまあどれくらいのレベル差があるかは特に決めてないのですが、
最高25のレベル差がラプラスとバンギラスにはありえるので、
それくらいの差があると……多分バンギラスでもラプラスは沈められないんじゃないかなあ。
まあラプラスよりも……カビゴンの方が問題なんですが。
あ、調べたところ、レッドさんのラプラスは眠るを覚えてないらしいです(苦笑)
……気にしない! なるべく薬系は使いたくないので、ね。