15*
あの時の今を、もう一度




 懐かしい、夢を見ているようだった。
 どう言う訳か、今目の前に見える光景は過去の夢なのだと言う自覚があった。余り、思い出したくない事だったからかも知れない。にも拘らず夢に見てしまったのは――思い出すような要因が、あったからか。
 大体の原因は判っている。けれどそれが判っても、この夢が終わる理由にはなってくれないらしい。面倒くせぇ。
 夢の光景は、ポケモンバトルに負ける場面から始まっていた。
 夢の中の俺の目の前には、子供が一人とポケモンが一匹立っている。そして今、俺のポケモンが相手の攻撃を喰らって倒れた。


「強いな、嬢ちゃん」

「いいえ、それ程でも」


 言葉で謙遜しながらも、その表情はまるで謙遜なんて映していなかった。俺みたいなザコには勝って当然。そんな表情が、悪びれる事もなく貼りつけられていた。
 ガキにそんな顔をされて、悔しくない訳はなかった。しかし負けた事実は紛れもなく、しかも此方は相手に傷らしい傷もつけられない儘負けたっつー悲惨で無様な結果だった。たとえ悔しくても、噛み付く威勢は流石に殺がれていた。


「五人連続で戦ったあとだろうに……」


 まさか負けるとは、思っていなかった。自信満々でバトルを吹っかけた数十分前の自分が恨めしい。
 相手は涼しい顔をしていて、パートナーらしきフシギダネにも疲れは見られない。
 その時俺がいたのは、ハナダの岬に通じるゴールデンボールブリッジの傍だった。三年前はまだ下っ端だった俺は、一人でその橋の向こうでトレーナーを待ち伏せていた。
 ゴールデンボールブリッジには五人のポケモントレーナーが、道ゆく同士を待ち構えている。つまりポケモントレーナーがそこの橋を渡る際には、半ば強制的にその五人に勝ち抜きバトルを吹っかけられるのである。
 そのトレーナー五人は、別にロケット団員って訳じゃない。単なる、バトルの相手を探しているポケモントレーナー、五人。
 俺はその五人のいる橋の向こうで、五人とバトルをし、勝ち進んでくるトレーナーを待っていた。
 目的は、強いトレーナーの勧誘。五人を連続で倒してやってくるのだから、強くない訳がない。
 だからこうして、待ち構えていたんだが――いざ現れると、このザマである。
 考えれば、判るような問題だった。下っ端である俺に抜きん出た実力なんてある筈もなく。五人も倒してやってくるトレーナーを勧誘し、断るようなら実力行使とか考えていた自分が馬鹿だった。愚かだった。愚か過ぎた。
 俺には、勝てる道理がこれっぽっちも微塵も些かもなかった。進んできた奴は連続のバトルで疲れている筈だなんてのは、甘い考えだった。


「バトルで全力を出すのは主義じゃないの。余裕を持って勝つのが私の主義であり美学よ。ほら、美しいでしょう?」


 さらりと言う。ガキの癖にませてやがる。
 しかしこうも上目線で話されると、逆にもうどうでもよくなってくる。大体、負けた身の俺に弁解の余地はない。
 やれやれと溜息を零す。
 見たところ、十歳かそれを少し過ぎたくらいの年に見えるが―― 一体いつ、ポケモントレーナーとして故郷を旅立ったのか。
 俺はいつだったっけか。思い出そうとしても、思い出せるもんでもなかった。
 しかしこの若さでこの強さ――と言うか、バトル内における駆け引きとか度胸とか、ただもんじゃなかった。


「大体こんなところで挫けてちゃ、先が思いやられるもの」


 単なる通過点――か。
 口を開けば生意気な科白。俺じゃなきゃ、一発くらい殴られてても奇怪しくねぇ。まあ足下に控えてるフシギダネが、それを許さねぇだろうけど。
 それを考えると、本当色々、抜け目がない。


「ポケモンリーグとか、目指してんのか」


 ロケット団に入らねぇかと言う勧誘は一蹴され、普段の俺ならもうお関わりたくねぇと早々に退散しているところなのだが、何故かその時は気紛れに、そんな事を訊いていた。
 相手も俺の問いかけが意外だったらしく、返答が一拍遅れた。
 ――こんな事を訊いたって知ったって、どうにかなる訳でもねぇのに。この先、また会う訳でも――ねぇのに。


「さあ、それはどうかしら。面倒臭い事はしない主義なの」


 この間に交わした話の中で、三つ目の主義だった。
 子供の癖に、凝り固まってる。かと言って、そう思う程何かに縛られていると言う印象は受けず、寧ろ自由奔放な印象が強かった。自由奔放だからこそ、子供だとか気にしないんだろうしな。


「貴方こそ、こんな所で何をしているの?」

「何って……強いトレーナーを探して、そいつにロケット団に入らねぇかって――」


 セールスマンみたいに、勧誘してんだよ。
 まあ現実は冷たい氷みたいに出来てるから、俺の甘い作戦は崩れ落ちた訳で。波に攫われた砂の城の如く。
 寧ろ考えなければならないのは、これからどうするかである。
 正直、本部に戻るのも面倒臭い。元々、はっきりした命令を出されて此処にいた訳じゃないからな。戻って何かあるとは思えない。
 しかしこの儘ロケット団を抜けるっつーのも、何か違う気がした。目的のあるふりをして、此処でだらだら過ごすのに慣れきってしまったらしい。真面目に働くのは柄じゃねぇし、だからロケット団に入ったんだし。


「勿体ないわね。磨けばそこそこ光る実力を持ってるのに」

「誰が? まさか俺がか? 冗談はよしてくれ。俺は単なる下っ端だよ」


 自分に実力があるなんて、思った事は一度もなかった。それは過去も今も、そしてこれから先も変わらない認識だろう。
 元々そう何かに熱くなる性格もしていないから、バトルにも今一つ熱くなれなくて、実力があるって言われてもピンとこなかった。磨こうと言う気も起きない。
 大体実力に多少の自信があったら、疲れきってやってくるであろうトレーナーをこんな所で待ち伏せていない。


「大人の癖にだらしないわね。いえ……大人だからだらしないのかしら」


 そんな事を言って、一人ふふふと笑った。
 駄目だ。こう言うタイプはどうも苦手だ。まるで腹の底が見えない。何処までが本気なのかも、どの言葉が本当で嘘かも見破れない。
 これから先――もしコイツがロケット団に楯突いた時、無事で済むだろうか。
 そんな予感は、既にその頃からしていた。そしてその予感は、ある意味で的中してしまう事になる。当たらずも遠からず、当たっているようで外れているような感じで。
 まさかロケット団が――あのボスが、子供一人に負けるなんて。


「じゃあ、そろそろ行こうかしら。立ち止まってる場合じゃなかったわ」


 行くわよフシギダネ、と言ってそいつは俺への別れもなく歩き始めた。
 俺の視界を横切るその姿を見て、はっとする。そして気付けば、呼び止めていた。そいつはまだ何かあるの? とでも言いたげな目で俺を見上げていた。
 にやりと笑って、挑発的に。


「俺はラムダだ。お前は?」

「……そうね。レッド、と名乗っておこうかしら」


 バイバイ、と手を振って今度こそそいつは俺の前から消えた。俺はただ呆然と、そこに暫く突っ立っていた。
 そしてその後、そいつと再び出会う事はなかった。










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( 後書き )

捏造も甚だしい具合で。
いや、FL女主とラムダさんが昔出会ってたら美味しいんじゃないかな、と思いまして!
ただこの子はFLシリーズの主人公とは別の子です。連れてる御三家も違いますし。
性格も若干違います。この子の方がきついと言うか、酷い。
卑怯な手段も迷わず取りそうな雰囲気。