09*
臆病者の祈り




 お月見山の入り口にいたのは何も、偶々ではなかった。
 実を言うと、毎日が葛藤の応酬だった。だから当然、ラムダさんに嫌いと言った事に、後悔をしない訳もなかった。ラムダさんの所へ行かなくなってからと言うもの、ひたすらその後悔に苛まれた。
 訊かなければ――こんな事にはならなかったのに。
 だから本当は、謝りに行こうかと思っていた。ラムダさんに会えなくて辛いのは、ロケット団が解散した時に味わって、十分寂しい思いをしたから――会えるのに会えないなんて歯痒い状況に耐えられる訳がなかった。
 でも――その反面、ラムダさんの気持ちが気になって行くに行けなかった。
 ラムダさんはきっと、私にはもう来て欲しくないのだろうと思った。深く入ろうとした私にああ言ったのだから――鬱陶しいと思われたに違いなかった。
 また行って、はっきりと来るなと言われたらもう――立ち直れない気がした。言われるのが怖くて、行けなかった。
 ロケット団が占拠したラジオ塔へ一人で入れるくらいの度胸を持っていながら、こんな時に怖気づく。情けないなと――見慣れた空を、仰いだ時だった。


「え、ドガース?」


 ふよふよと、視界の隅からドガースが現れた。
 此処はハナダシティ近くの四番道路で、近く草むらもあるから野生ポケモンはそこら辺にいるものの、ドガースは棲息していない。どうやらドガースはお月見山から来たみたいだったけれど、お月見山にも生息していなかった筈だ。
 そう当惑していると、私を見つけたドガースは嬉しそうに笑いながら、私に寄り添ってきた。


「貴方もしかして……ラムダ、さんの……」


 私の言葉に、ドガースはどがぁと鳴いた。そして、私の足元にいたワニノコにも声をかける。
 ワニノコは久しぶりに見るドガースにはしゃぎ、自分自身よりも少し上を漂うドガースを掴もうと、空を引っ掻いている。


「心配して来てくれたの?」


 まさかドガースが来てくれるとは思っていなかった。あれから二週間が経って、更に行く踏ん切りがつけられなくなっていた。
 電話で謝る事も、考えた。けれどディスプレイに映るラムダさんの名前を見ただけで涙が出て、とても電話出来る状態じゃなかった。ポケギアが鳴る度にどきりとして、ラムダさんかと期待して、ラムダさんじゃないと知って落ち込んで、それを繰り返してばかりいた。
 だから此処暫く、ポケギアは鞄の奥に押し込んでいた。誰かから電話があっただろうと思うけれど、見るのも辛くて――駄目だったから。どちらにせよ、電話に出られるものじゃなかった。


「情けないよね、私……こんな所にいても、どうもならないのに」


 行くのなら行けばいいし、行けないならさっさと何処か遠くへ行ってしまった方が楽だっただろうに。未練がましく、こんな所にいる。お月見山から離れられずにいる。
 ニビシティ側にならお月見山の出入り口にポケモンセンターがあるけれど、私は敢えてそちらを選ばず、ハナダシティ方面に出た。
 それは、ポケモンセンターにいると人と出会う可能性が高いと思ったからだ。
 特にジョーイさんは何処の人も優しいから、落ち込んでいる私を見て心配してくれるのだろうと思った。
 でも――心配されても、私は落ち込んでいる理由を言えない。だってラムダさんは、追われる身。私が忘れているみたいに思えたのか、何度もラムダさんに言われてきたけれど――私だって言われなくても、判っていた。
 誰にもラムダさんの話は、出来ないのだと。
 だからずっと、どうしようもなくお月見山の出入り口で二週間を過ごした。食糧とかは、流石にハナダシティへ行って買ってきたけど。
 そんな手間をしてまで、お月見山の出入り口で立ち往生していた私は、物凄く滑稽に映るのだろう。でも、少しでも近くにいたかった。反面、入る勇気がなかった。その表れだ。
 あるいは心の何処かで――ラムダさんが現れるのを、望んでいた。


「どがぁ」

「元気づけてくれるの? ありがとう」


 落ち込む私の顔を、ドガースが覗きこんできた。その表情は普段のにやけ顔を消し去って、心配一色で染まっていた。
 ドガースのそんな表情を見ていると、少しだけ元気が出た。
 しかし、ドガースが来たからと言って、躊躇いや葛藤が吹っ切れるものではなかった。
 結局ドガースが現れてからも一週間行動出来ず、私はそこに居続けた。
 ドガースは私の裾を引っ張って、行こう、と主張したけれど、ドガースがそう主張すればする程、私は動けなかった。
 でも流石に三週間も経って変化がないと、私の心も挫けかけた。ドガースが来ても、ラムダさんは来ない。その事実が、私の心に深く突き刺さった。
 もうこれ以上此処にいても駄目だ。とうとう諦めて――立ち上がった、時だった。


「え? え?」


 お月見山の出入り口から、またドガースがやって来た。そしてそれは一匹じゃなかった。
 現れたドガース達に、ずっと私の傍にいたドガースは喜んで合流した。考えるまでもなく、ドガース達はラムダさんのドガースだった。
 私は事態が呑み込めず、戸惑った。唖然として、ドガース達を見やる。
 ――そしてその視界の中に、その人は現れた。


「ら、ラムダさん……」


 ラムダさんは、まさか私がこんな所にいるなんて思わず、驚いたようだった。私も、ラムダさんが現れるなんて――望んではいても諦めていたから、驚いた。
 少しの間のあと、ラムダさんは私から視線を逸らしながら久しぶりだな、と言った。そして元気だったかと、訊く。私は静かに返事をするしか出来なかった。何かを言えば、感情と涙が溢れてしまいそうだったから。
 でもその反面、ラムダさんが私を捜しに来たのではないと判っていた。ラムダさんは――ドガース達を、追いかけてきただけだ。
 そう判っていても――会えたのは、やっぱり嬉しかった。ずっとずっと会いたくて、でも会いにいけなくて――寂しかった。
 そのあと、ラムダさんに色んな事を訊かれた。それは、確認みたいだった。私の考え次第では、今後どう付き合っていくかを決めるつもりのようだった。
 そう知りながら、私は私の思った事を、思っていた事を言った。
 ラムダさんにどんな過去があろうとも、私はラムダさんが好きだったから。多分ラムダさんが本当の悪人だったら、私はラムダさんを好きになっていない。誰が悪人か、それが判らない程子供じゃないつもり――だった。
 それにワニノコだって皆だって、ラムダさんを警戒しなかった。皆はロケット団に対して、怒りを露とする時もちゃんとあったのに――ラムダさんにだけは、そんな態度を取らなかった。
 ラムダさんが好きで、そして信じている私を皆は好きでいてくれて、信じてくれたから。
 私はこの想いを、無駄にしたくないと思った。
 ――ラムダさんが悪い事をしてきたと言う事が、判らない訳じゃなかったけれど。どんなに今いい人をしたって、過去にした事が消えてなくなる訳じゃない。私はこの目で、見てきた。あの赤いギャラドスを、マルマイン達を、ドガース達を。
 ――それでも、私は。


「それでも私は、憎めなかったんです」


 どうしてか、自分でも判らない。嫌いなものは嫌いとはっきり言えるつもりだけど――本当に心から嫌いだと思う人は、何処にもいなかった。
 ウツギ博士の研究所に忍び込みチコリータを盗んだも、私は憎めず嫌えず、寧ろ今は好意すら抱いていた。
 その人を知れば知る程、憎めなくなる。特に、その人に懐いているポケモンの姿を見ると――この世界に悪い人なんていないんだとすら、思ってしまう。
 きっとには甘い考えだって、言われるのだろう。でも私はその考えを改めるつもりはなかった。


「仕方ねぇな。もう少し、付き合ってやるよ」


 そう言ったラムダさんの耳が、赤くなっているように見えた。それを見ただけで、嬉しくて笑いが零れた。ありがとうございます、と言っておく。ラムダさんは奇妙そうにしたけれど、私はただ笑い返した。
 子供の我が儘を聞いてくれてありがとう、ラムダさん。










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( 後書き )

やっとこさ仲直りです。
でもやっぱり、意外と早かったかなと言う印象。
喧嘩自体早かった気もしますし。
しかしちょっと、主人公があんな所にいた理由が強引かな(笑)