01*
私にはまだ、




 昔は、ポケモンの声が聞こえた。
 それは物心がついた頃の話で、振り返るとたった数年前の話なのに、そのたった数年で私はポケモンの声が聞こえなくなった。
 詳しい理由は判らない。少しずつ、判らなくなって聞こえなくなって、同時に私はポケモンから離れていった。
 とは言え、その変化は余りに緩やかで、気付けるようなものでもなく、ポケモンの声が聞こえた事すら私はもう覚えていなかった。


「貴方にはもう、この子達の声は聞こえないのね」


 ふと呟いた母さんの言葉で、私は薄く遠い記憶を思い出した。
 たった数年前の事の筈なのに、失くしたジグソーパズルのピースのように、思い出は私の記憶から抜け落ちていた。
 ポケモンの声が、聞こえない。
 わんわん、にゃあにゃあ。まるで記号のようにしか、耳には入ってこなかった。ポケモン達には、私の声は届いているのか。
 ねえ、聞こえる?
 私は、聞こえない。


「お母さんは、聞こえるの?」

「いいえ。でも、判るわ」


 聞こえないけど判るって、どう言う事? 私には判らない。判らないよ。聞こえないし、判らない。
 私の傍には、母さんがトレーナーとして旅をしていた時、一緒に旅をしたポケモン達がいた。
 私には、判る筈がない。彼らの気持ちは全て母さんに向けられていて、私は彼らにとって母さんの付属品。きっと何の感情も、向けられていない。
 判る、筈がない。声は私に、向けられていないのだから。
 チェレンやベルには聞こえなくても――判るのかな。二人共、ポケモンが好きだから。私もポケモンが大好きだけど、少しの間だけ私は離れて、しまっていたから。
 少しの間だけ。ほんの、数年。たった、数年。


「旅に出なさい。それできっと、答は見つかるわ。母さんも、旅で沢山、大切なものを見つけたから」


 チェレンのお母さん、ベルのお母さん、そして私の母さんがアララギ博士に頼んで、私とベルとチェレンはそれぞれポケモンを貰い、私達はポケモンと一緒に旅に出る事になった。
 私はツタージャを選んで、ベルはミジュマル、チェレンはポカブを選んだ。
 一番道路へ出る最初の一歩を三人で一緒に踏み出して、私達の旅は始まった。


「私にはまだ……貴方が判らないわ」

「ツタ?」

「……そうよね。出会ったばかりだもの。判らなくて当然ね」


 急ぐ事じゃない。これから少しずつ一歩ずつ、知っていけばいいだけの事。
 またポケモンの声が、聞こえるようになるかは判らないけれど――声が聞こえなくても、判るようになればいい。旅に出て、母さんの言葉が少しだけ判った。
 私にはツタージャが判らないし、ツタージャにも私は判らない。
 出会ったばかりの相手の気持ちが判らないのは、人間同士でも同じ事。ポケモンと人は違うものだけれど、それでも判り合えるもの。
 そうして人とポケモンは、今を作り上げてきた。
 ポケモンと触れ合ったのは数年前だとしても、数年のブランクがあるに過ぎない。新たな一歩を踏み出したのだからと、気持ちを切り替えて明日を目指せばいい。
 いつかまた、声が聞こえるようになりたい。その夢を目指せば。
 そうして私は旅立った。そして直ぐ、出会う。
 ――ポケモンの声が、聞こえる彼に。


「君のポケモンの声を、聞かせてよ」


 彼はそう言って、私にポケモンバトルを挑んできた。けれど私はそれを、拒んだ。
 戸惑いが大きかった。ポケモンの声が聞こえる少年。私のポケモンの、ツタージャの声を聞かせてと彼は言った。私にはまだ聞こえない、判らないツタージャの声を。
 気付けば、ポケモンバトルは終わっていた。
 私は拒んだ筈なのに、バトルはいつの間にか開始されていて、気がついた頃には目の前に悠然と立つツタージャと、倒れて動かなくなったチョロネコがいた。
 ――何が、あったの。
 ポケモンの声が聞こえると言った彼はNと名乗り、Nを慌てて見ると――彼は驚いた表情でツタージャを凝視していた。
 その儘、一歩退がる。ツタージャはそんなNを、じっと見上げている。
 Nには、ツタージャの声が聞こえたの? ツタージャは、何て――言ったの。


「君のポケモン……面白いね」

「おも……しろ、い?」

「そんな事を言うポケモンは――初めてだ」


 Nはそう半ば呟くように言うと、それ以上何も言わず走り去っていった。ツタージャが何て言ったのか、教えてくれない儘。
 私は変わらずツタージャの声が、聞こえない儘だった。
 Nが去ったあと、傍にいたチェレンが気にしなくていいよと言ってくれたけれど、気にしない訳にはいかなかった。
 Nの事も、Nに聞こえたツタージャの声も。


「ツタージャ。貴方は、何て言ったの?」

「ツタ?」


 私にはまだ、ツタージャの声は聞こえなかった。










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( 後書き )

白黒編です。
ただ今回ラストは余り決めていない上にストーリー沿いになるので、
要所要所と言いますか、書きたいシーンだけ書いていく形にしたいと思っています。
なので特別なラストを考えている訳でもないので、最後まで書くかも判りません。
前以て言っておきます(苦笑)