昔は、ポケモンの声が聞こえた。 それは物心がついた頃の話で、振り返るとたった数年前の話なのに、そのたった数年で私はポケモンの声が聞こえなくなった。 詳しい理由は判らない。少しずつ、判らなくなって聞こえなくなって、同時に私はポケモンから離れていった。 とは言え、その変化は余りに緩やかで、気付けるようなものでもなく、ポケモンの声が聞こえた事すら私はもう覚えていなかった。 「貴方にはもう、この子達の声は聞こえないのね」 ふと呟いた母さんの言葉で、私は薄く遠い記憶を思い出した。 たった数年前の事の筈なのに、失くしたジグソーパズルのピースのように、思い出は私の記憶から抜け落ちていた。 ポケモンの声が、聞こえない。 わんわん、にゃあにゃあ。まるで記号のようにしか、耳には入ってこなかった。ポケモン達には、私の声は届いているのか。 ねえ、聞こえる? 私は、聞こえない。 「お母さんは、聞こえるの?」 「いいえ。でも、判るわ」 聞こえないけど判るって、どう言う事? 私には判らない。判らないよ。聞こえないし、判らない。 私の傍には、母さんがトレーナーとして旅をしていた時、一緒に旅をしたポケモン達がいた。 私には、判る筈がない。彼らの気持ちは全て母さんに向けられていて、私は彼らにとって母さんの付属品。きっと何の感情も、向けられていない。 判る、筈がない。声は私に、向けられていないのだから。 チェレンやベルには聞こえなくても――判るのかな。二人共、ポケモンが好きだから。私もポケモンが大好きだけど、少しの間だけ私は離れて、しまっていたから。 少しの間だけ。ほんの、数年。たった、数年。 「旅に出なさい。それできっと、答は見つかるわ。母さんも、旅で沢山、大切なものを見つけたから」 チェレンのお母さん、ベルのお母さん、そして私の母さんがアララギ博士に頼んで、私とベルとチェレンはそれぞれポケモンを貰い、私達はポケモンと一緒に旅に出る事になった。 私はツタージャを選んで、ベルはミジュマル、チェレンはポカブを選んだ。 一番道路へ出る最初の一歩を三人で一緒に踏み出して、私達の旅は始まった。 「私にはまだ……貴方が判らないわ」 「ツタ?」 「……そうよね。出会ったばかりだもの。判らなくて当然ね」 急ぐ事じゃない。これから少しずつ一歩ずつ、知っていけばいいだけの事。 またポケモンの声が、聞こえるようになるかは判らないけれど――声が聞こえなくても、判るようになればいい。旅に出て、母さんの言葉が少しだけ判った。 私にはツタージャが判らないし、ツタージャにも私は判らない。 出会ったばかりの相手の気持ちが判らないのは、人間同士でも同じ事。ポケモンと人は違うものだけれど、それでも判り合えるもの。 そうして人とポケモンは、今を作り上げてきた。 ポケモンと触れ合ったのは数年前だとしても、数年のブランクがあるに過ぎない。新たな一歩を踏み出したのだからと、気持ちを切り替えて明日を目指せばいい。 いつかまた、声が聞こえるようになりたい。その夢を目指せば。 そうして私は旅立った。そして直ぐ、出会う。 ――ポケモンの声が、聞こえる彼に。 「君のポケモンの声を、聞かせてよ」 彼はそう言って、私にポケモンバトルを挑んできた。けれど私はそれを、拒んだ。 戸惑いが大きかった。ポケモンの声が聞こえる少年。私のポケモンの、ツタージャの声を聞かせてと彼は言った。私にはまだ聞こえない、判らないツタージャの声を。 気付けば、ポケモンバトルは終わっていた。 私は拒んだ筈なのに、バトルはいつの間にか開始されていて、気がついた頃には目の前に悠然と立つツタージャと、倒れて動かなくなったチョロネコがいた。 ――何が、あったの。 ポケモンの声が聞こえると言った彼はNと名乗り、Nを慌てて見ると――彼は驚いた表情でツタージャを凝視していた。 その儘、一歩退がる。ツタージャはそんなNを、じっと見上げている。 Nには、ツタージャの声が聞こえたの? ツタージャは、何て――言ったの。 「君のポケモン……面白いね」 「おも……しろ、い?」 「そんな事を言うポケモンは――初めてだ」 Nはそう半ば呟くように言うと、それ以上何も言わず走り去っていった。ツタージャが何て言ったのか、教えてくれない儘。 私は変わらずツタージャの声が、聞こえない儘だった。 Nが去ったあと、傍にいたチェレンが気にしなくていいよと言ってくれたけれど、気にしない訳にはいかなかった。 Nの事も、Nに聞こえたツタージャの声も。 「ツタージャ。貴方は、何て言ったの?」 「ツタ?」 私にはまだ、ツタージャの声は聞こえなかった。 . ( 後書き ) 白黒編です。 ただ今回ラストは余り決めていない上にストーリー沿いになるので、 要所要所と言いますか、書きたいシーンだけ書いていく形にしたいと思っています。 なので特別なラストを考えている訳でもないので、最後まで書くかも判りません。 前以て言っておきます(苦笑) |