07*
君と歩いた旅路




 気が付くと、ワニノコになっていた。
 元々は人間だったと言う記憶と、自分の名前がであると言う事以外何も覚えていなかった。自分が何故、森の中にいるのかも。何故、ポケモンなのかも。
 目覚めた時傍には、ヒトカゲがいた。彼はと名乗った。
 は、人間だったと言うあたしを不思議そうに見ていたが、記憶がない事を言うと心配そうにしてくれた。そもそもこの近くには人間はいないのだと教えてくれた。
 話せば話す程混乱していく中で、一匹のバタフリーが慌しく現れた。息子のキャタピーが森の中で行方不明になってしまったのだと言う。一匹で助けに行くのも不安で、誰か助けに行ってくれる者を探していたらしい。
 そんな中、あたしとを見付けた。周囲にはあたし達以外にはいなかったし、直ぐに助けに行く事になった。
 それが――との、冒険の始まりだった。
 キャタピーを無事助けたあと、に救助隊をしないかと誘われた。何でも此処最近、各地で地割れと言った自然災害が急増しているのだそうだ。
 記憶も失くし行く当てもなくなっていた為彼以外に頼る者はおらず、それを受け入れるしかなかった。と言っても、厭だと思った訳ではない。
 それから幾つか、不思議なダンジョン内の救助を繰り返したある日――ポケモン広場が何やら騒がしいなと思って行ってみれば、イジワルズのリーダーであるゲンガーがポケモン達に何やら言い含めていた。
 キュウコン伝説によれば、キュウコンの尾に触れた者には千年の祟りが掛かるとされている。そしてその尻尾に触れて祟りを受けた――人間がいた。
 しかしその人間はその祟りを受けず、パートナーであったサーナイトが自らの身を犠牲にして祟りを受け、その人間を庇ったのだと言う。
 サーナイトに護られた人間に、キュウコンはサーナイトを助けたいかと訊いた。けれど人間は、何も言わず逃げてしまった――。
 逃げた人間にキュウコンは失望し――何れあの人間はポケモンとして生まれ変わる。そしてその人間がポケモンに転生したその時、世界のバランスは崩れるだろう――と預言した。
 その預言された人間が――あたしだと、ゲンガーが皆の前で公言した。
 確かに、人間からポケモンになってしまったと言う事実はあった。だが人間だった頃の記憶を失っていたあたしには、その言葉を肯定も否定も出来なかった。
 もしかしたら――本当に?
 そんな疑念に駆られたポケモン広場の住人達は、一斉にあたしに牙を剥いた。今起こっている各地の自然災害――その原因が、あたしにある。そう言われたようなものなのだから。あたしがいなくなれば、収まるのではないか。そう思うのも無理のない話だった。
 しかしだからと、大人しく殺されるのは無理だった。いきなり突きつけられた恐怖から、気付けば逃げ出していた。
 ポケモン広場の外れにある救助隊の基地に一旦戻って話を整理して、今後どうするかをと話し合った。
 は、は違うと言った。そして一緒に逃げようと、言ってくれた。
 生き延びる為には、ポケモン広場から遠く離れ、救助隊の精鋭すら追って来られないような場所まで逃げなければならない。
 逃げながら――探そう。キュウコンを。キュウコンなら、が伝説の人間なのかの答を知っている。キュウコンの言葉を伝えれば、追われなくて済むよと、は教えてくれた。
 そうして――あたしとの逃避行は、始まった。
 群青の洞窟を抜け、火の山を越え、道中災害で荒れた土地を目の当たりにしながらも、逃げて逃げて逃げ続けた。たった二人で。


「ねえ……


 歩き疲れたと、一体何度思っただろう。どんなに歩いても、先が見えない。寧ろキュウコンの居場所が判らないのだから、あたし達に目的地と言えるものはなかった。
 それでもただひたすら歩き続ける中、あたしはずっと思っていた事を、尋ねる事にした。
 前を先導して歩く、の背を見て決心した。はなあに? と言って振り返った。その表情はきょとんとしていたものの、明らかに疲れが滲んでいた。


はどうしてそんなに、あたしを信じられるの? あたしについて来なかったら、こんな辛い思い、しなくて済んでたんだよ」


 は静かに、あたしを見た。
 あたしは立ち止まっての目から視線を逸らして地面へ落とした。気付けば、躯が震えている。周りが寒いからではないだろう。




「……?」

。自分を疑わないで。は違うよ。僕には判る」


 静かに、あたしの名を呼ぶ。あたしは顔を上げてを見た。その目は不安一色だったのだと思う。はあたしとの距離が開いて少し離れたその場所で、静かに言葉を紡ぐ。
 疲れがあたしを不安にさせているのだろうと言う自覚はあった。それはも同じだろうと思った。
 でも彼は、全くその様子を見せずにあたしの先を歩いていた。それが判らなく――なった。何故そんな、真っ直ぐ迷わず歩いていけるのか。


「変だよ、自分を信じないなんて。も自分を信じて。僕は僕を信じてる。を信じる僕を」


 の真っ直ぐな視線が刺さる。迷いを映さず、心をその儘瞳に映したその視線が。あたしはただ、何も言えない気持ちでを見つめ返すだけだった。
 どうしてそんな言葉が出てくるのか、判らなかった。


「……を信じるのがね、当たり前な気がするんだ。だから信じられるし、と僕だから僕はを信じるんだと思う」


 青い瞳と同じで、その言葉は真っ直ぐとあたしの心に入ってきた。ぐっと掴んで、離さない。
 は片手を自分の目の前に持ってきて、じっとその拳を見つめている。まるでそこに、自分の中で見付けた答があるかのように。


「僕にとって、を疑うなんて、変な事なんだ。一瞬だけ疑っちゃったあの時、それがよく判ったよ」


 は――ゲンガーが皆に、もしかしたらあたしがキュウコンの預言した人間かも知れないと公言する前に、ナマズンから聞いた伝説の話で、あたしがその人間ではないかと疑った。
 でもそれは、変な行動じゃなかった。寧ろその話を聞いた時、あたしだってもしかして自分がと――思ったのだから。
 はそのあと、疑っちゃってごめんねと謝り、僕はを信じてる、と言ってくれた。あたしは未だに、自分自身を信じられずにいるのに。あたしじゃないのかと言う疑いが、拭えずにいるのに。


「何となくじゃないよ。僕の心が、はっきり教えてくれるんだ。はそんな事しない。信じろって。お前は知ってる筈だ。そう、僕が言うんだ」


 満面の笑みで、彼は言った。本当に――迷いとか、ないんだ。真っ直ぐと、あたしを見てくれている。
 じゃあ、あたしもその言葉に、心に応えなくちゃ。
 信じてくれると、が信じてくれるあたしを、信じなくちゃ。
 もう少しで挫けそうだった。きっと一人で来ていれば、が一緒にいてくれなかったら、あたしは此処まで来れなかった。
 それ以上、どうして? なんて訊けなかった。訊かなくてもよかった。は、ちゃんと教えてくれた。信じる理由も信じるその心も、包み隠さず、ありの儘を。


「ありがとう……


 小さく呟いたあたしの声は、に届いていたか判らなかった。
 ただは何も言わず、笑ってくれた。その笑顔が、本当に眩しかった。これからはあたしがしっかりしなくちゃって、思った。
 ゲンガーが撒いた種だとしても、これはあたしの問題だ。あたしが何故此処に、こうしてポケモンとしているのかの疑問も、きっと答に近付きつつある筈だ。
 そう信じて――あたしはと、更にその先を進んだ。
 はそれ以上、何も言わなかった。あたしもそれ以上、何も言わなかった。行こうも、大丈夫も、何一つ言う必要がなかったから。その手を取り合って進むだけで、あたし達には未来が見えたから。
 そうして進んで行く内に、サーナイトの導きの元キュウコンと出会い、キュウコンから直接、あたしの正体を訊いた。
 あたしは――伝説の人間ではないと、明言してくれた。
 あたし達を追ってきた、フーディンとリザードン、バンギラスの三匹の前で、はっきりと。三匹はよかったなと言い、は涙を流してあたしの手を取って、喜んでくれた。
 それからまたポケモン広場へ戻り、あたしの冤罪も解け、再び救助隊としての日々が戻ってきた。
 その後、自然災害が原因で目覚めたグラードンを鎮め、また急速に進み始めた世界の崩壊を止める為、あたしとは空へテレポートしてレックウザの力を借り、世界への異変を招いていた隕石を消滅させる事に成功した。
 あたしはその隕石を消滅させる為に――人間からポケモンへなった。誰があたしに割り振った役割なのかは、結局判らなかった。
 でも役割を終えたあたしは、と別れを告げなければならなかった。
 光を放ち、消えて行くあたしの躯。そんなあたしを、は涙を流して見つめていた。触れられず、それでも触れたいと手を伸ばした儘。


……別れは辛いけど、あたしは君を忘れない。今迄、ありがとう」


 あたしを一番に信じてくれて。あたしの傍にずっといてくれて。
 本当は、これから先も一緒にいたかった。でも、あたしは君と違うから。あたしの居場所は、作られたものだから。


「僕は……僕はがいなくなっても、信じてるから。と、また会えるって……!」


 最後まで、は笑っていた。いつもの笑顔で、真っ直ぐとあたしを見つめて。
 あたしはの言葉に何も言えなかった。涙が溢れて、言葉にしようにも声が言葉にならなかった。いやそれよりも――言えなかった。
 が言ってくれたように、また会えるって信じてる、その言葉が。
 またね――その、たった一言が。うん、そう頷く事すらも。

* * *

 がいなくなって、一週間が経った。の残した影は、ポケモン広場の皆の心にも根強く残り、暫く暗い雰囲気が漂っていた。
 と一緒にいたかったと思ってくれる人は、沢山いた。僕だけじゃなく。
 でもは、帰ってこなかった。消えた儘、再び僕の前に現れる事もなかった。救助隊の基地に帰っても、そこに眠るの姿はない。


「ねえ

「……プクリン」


 救助隊の基地から出てきた僕を待っていたのはプクリンだった。
 ポケモン広場で、友達エリアを売っているポケモンだ。いつも楽しそうに笑っていて、プクリンだけはポケモン広場の皆の中でも、が消えてからもいつも通り笑っていた。


「ともだちがいなくなって、淋しいの?」


 未だに目が腫れている僕を見て、プクリンは小首を傾げるように訊いた。
 それにしても、プクリンがこうして話しかけてくるのは珍しい。カクレオンやガルーラおばさんと違って、雑談をした事もない。
 一部のポケモンには、何を考えているのか判らなくて、不気味に思われているくらいだ。
 何を思って、此処に来たのだろう。


「うん、今はとっても淋しい。でも僕、を信じてるから。いつかまた、何処かで会えるって」


 は、消えて行く時僕の言葉に――何も、応えてくれなかったけれど。頷く事も、またねと言ってくれる事もなかった。
 思い出すと、やっぱりそれが一番淋しかった。


「僕とがまた会った時はね……きっと、は人間で、僕は僕の儘なんだと思う。言葉は判らなくなってるけど、ならきっと見つけてくれる。気付いてくれる」


 信じてるから。その言葉は、言わなくても届く。
 遠い何処かの空の下で、も同じこの青い絨毯を見上げているのだと思う。その傍に行って隣に立つ為にも、しなきゃいけない事がある。
 ただ此処で、仰ぎ見ているだけじゃ始まらない。


「だから僕も、旅に出る。此処にいたら、人と出会えないもの。まず僕がを見つけてあげなくちゃ」


 あの時――森の中でを見つけた、あの時のように。
 まだ目は赤く腫れた儘だけど、前を向いて歩いて行こうって、昨日決めたんだ。泣いていたら始まらない。
 いつだって、僕らは歩いていた。も何処かで、歩いているだろうから。


「うん、ともだちともだち! また会えるといいね。きっと会えるよ! ボクも信じてる」


 そう言ってくれたのは、プクリンが初めてだった。
 旅に出るって誰にも言ってなくて、今初めて口にした事だったんだけど、それでもはまた帰ってくるよとか、慰めの言葉でも言ってくれたポケモンはいなかった。
 だからプクリンの言葉が、本当に嬉しかった。また一つ、信じられる気がした。


「ありがとう、プクリン」


 じゃあねと手を振って別れると、プクリンはまたね! ともだちともだち〜と言って笑って見送ってくれた。
 さあ、歩き出そう。
 待っててね、。僕も、とまた会えるのを待ってるから。僕らなら共に別の場所を歩いていても、きっとまた何処かで会える。そうだよね?










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( 後書き )

何を思ったか、ポケダンにまで手を出してしまいました。
いや……なんか……夢主の名前を決めた途端、ネタが降ってきまして。
夢主とパートナーの名前は、私が実際に救助隊・探検隊で使った名前です。
そしてこの二匹でした。
時の探検隊では二匹が逆になりましたけど、空は救助隊と同じ組み合わせ。
プクリンは友情出演です(笑)
個人的に救助隊のプクリンと親方様は同一人物だと思っています。
このあとにギルドを結成して〜と言う流れで。