目を開いた時視界に入ってきたのは、灰色の天井とあたしを覗き見るリザードンの顔だった。その青い目が心配で染まっているのを不思議に思いながら、手を伸ばす。 そしてその橙色に触れて、思い出した。 「君が……、だったんだね」 あたしの言葉にリザードンは驚いた様子を見せ、直ぐにこくりと小さく頷いた。 あれは――夢じゃなかった。 自分がワニノコになって、ヒトカゲのと一緒にダンジョンへ探検したりして過ごした日々。そして人間であるあたしがポケモンになった理由――世界の危機を防ぐと言う役目を終え、に別れを告げた事。 ポケモンになった時に記憶を失くしていたように、目を開けた時にリザードンの姿がなければ、あたしはあの出来事を夢と思い、忘れ去っていただろう。 「ついさっき、あたしは君に別れを告げたのに……ずっと君は、傍にいてくれたのね」 奇妙な話。多分あたしは、タイムトリップをしたようなものだったのだと思う。 結局、どうやって人間だったあたしがポケモンになったのかは判らずじまいだ。もしかしたら、会わずに終わった伝説のポケモンによる働きかけだったのかも知れない。 「今なら判る気がするわ。オーキド博士の研究所で君と出会った時の、奇妙な感覚……」 言葉にしようとすると、まるで形にならないものだけれど。 ポケモンになったのは今のあたしなのに、数年前に出会った時から、もっと前から知っているような気がした幼いあたし。あるいは――の心が、あたしに伝わったからかも知れない。この子はきっと、あの時点であたしに気付いていただろうから。 言葉に出来ない――信じる気持ちが、気付かせた。 「君はあの時、目一杯アピールしてたよね。嬉しかったのね……またあたしと、会えて。喜んでくれてたのよね」 ――僕だよ、。気付いて。僕だよ、だよ。 疲れ果ててしまうくらい訴え続けた君を、その時あたしは少し不思議に思うだけだった。心の淵で気付いていた事に、未来の――今のあたしが訴える事には、判らないながらも気付いてはいた。 オーキド博士の、この子は君と旅をしたようじゃのと言う言葉を受けるまでもなく、あたしにはもうヒトカゲしか目に入っていなかったのが、その証拠。 「あたしも今改めて、君と出会えて嬉しい。また、出会えるなんて……」 またねの言葉が、別れ際に言えなかった分。そしてその後悔すら、もしかしたら忘れていたかも知れない分。 君と出会えた事、君を忘れずにいられた事が、嬉しかった。 「あたしがいなくなったあと、君はどんな気持ちでいたのかな。こうして会えるまで……あたしが今、思い出すまで」 さようならと潔く別れを告げる事すら出来ず、未練の種を植え付けて消えたあたしを、恨んだのではないか。あるいは寂しさで、打ちのめされたんじゃないか。 あたしには君しかいなかったように、君にもあたししかいなかったから。 一人になって淋しかっただろうと思う。それでも、あたしがいなくなったあともあたしを信じて、歩き出してくれて――あたしを見つけてくれた。オーキド博士の研究所で会えたのは、偶然じゃないと思うの。きっと君が、行動を起こしてくれたから。 君はあたしを信じて、また会えると未来を信じて、此処まで来てくれた。 でも――あたしを見つけた時、君は失望したに違いないと思うの。君を知らないあたしに。君は、覚えていて探しにまで来てくれたのに、あたしは何一つ君を知らなかった。 「淋しかったよね。幼いあたしは君を知らなかった。裏切られた気分になったよね……ごめんね、本当に。信じてくれたのに」 仕方ない事だったのだとは、言いたくなかった。仕方ないで終わらせていい話じゃない。 だってあたしの心は、ずっと訴えていた。心が訴えていたから、あたしはどんな時もリザードンを信じられた。があたしを信じてくれたように、を――リザードンを信じないのはあたしにとって変な事だったから。リザードンの力を疑うなんて、ありえない。 「そっか……小さなに、あたしを信じろって言ったのは、君だったのね」 はそんな事しない。信じろって。お前は知ってる筈だ。そう、僕が言うんだ――。 あの時のの心が、今よく判った。そして同時に、今も尚あたしを信じてくれているリザードンが愛しくて仕方なかった。 どんな時も君は、あたしを想い信じてくれている。本当にそれは、何となくじゃなかった。答はずっとそこにあった。 迷いがなくて――当たり前だったのね。 「あの時があって今があるし、今があるからあの時があった……不思議な話ね。君と一緒に探検したダンジョンよりも不思議」 どうしてこんな出会いが出来たのだろう。きっと運命なのねと笑うと、リザードンも笑った。 そこで漸く、今置かれている現状に目を向けた。 そう言えば此処は、何処なのだろう。リザードンの躯で窓の向こうは見えないけれど、此処が何処かの部屋なのだと知れた。あたしは今その部屋の中の、ベッドに横たわっている。躯を起こしてみると、体中が痛んだ。一瞬その痛みに怯んで、短い悲鳴が口から漏れる。 「確か……あたしは」 目覚める前の記憶と言えば、別れ際のの涙の笑顔だったけれど――今あたしが知りたいのは更にその前だ。多分、と出会う前の、ポケモンになる前の記憶。 思い出そうとすると、少しずつ蘇ってきた。 気を失ってポケモンになる前――何かの影を見た。あれは、ポケモンだったと思う。でも、見た事のない姿だった。大きくて――闇に溶け込んでいたから、姿ははっきりと見えなかった。 その影を見たのは……隠れ泉の中にあった洞窟の最奥部。 そうだ。あたしは洞窟の中にいた。洞窟を探検していた筈なのに――どうしてあたしは、そこにいないのか。躯をよく見てみると、所々包帯が巻かれている。誰かに治療されたのか。 「……君が、助けてくれたのね?」 もしかすると、リザードンだけではないかも知れないが――あたしのパーティの中でリーダーであるリザードンは、皆を導いてくれたに違いない。 いつもあたしを一番に気に掛けてくれる。その身を挺してすら。 あたしが気を失う前、あたしのポケモン達は皆深手を負っていた筈だと思い出す。特にリザードンはあたしを庇ってくれたから――暫く飛べないくらいの傷を負っていた筈だ。 そう思い翼に視線を向けると、リザードンは翼を躯の後ろへ隠すように引っ込めた。でも部屋は個室で広くなかった為、包帯を隠すには至らなかった。 「暫く……飛べないのね」 あたしの言葉にリザードンは首を下げて小さく唸った。 彼としては、そんな深手を負った自分をあたしに見られたくないのだろう。隠そうとした行動が物語っているし、は結構見栄っ張りだったから。 「君に……君達にこんな傷を負わせて、トレーナー失格ね、あたし。自分のレベルも判らずに、無謀に走って……」 リザードン達がいなければ、あたしは死んでいたかも知れない。いやそれよりも、あたしの考えなしの行動が、彼らを死に追いやるところだった。 あたしはポケモントレーナーとして、仲間であるポケモンの命を与る身なのに。 「ごめん、本当に……何回謝っても言い足りないわ」 君はこんなあたしを、どんな想いで助けたのだろう。あたしを助けずに逃げる道だってあったのに、君は今もあたしの目の前にいて、あたしの気が付くまで傍にいてくれた。 怒るでもなく、優しい瞳であたしの言葉を聞いている。 また君と喋りたいよ。君の気持ちを、言葉で知りたい。ねえ君は、こんなあたしを今も信じているの? 「……許して……くれるの?」 あたしの組んだの腕の中に頭を押し付けるその行動には、元気を出して、と言う意図が込められている。 ヒトカゲの時は裾を引っ張ってあたしの気を向けさせて、にっこりと笑った。ガッツポーズを取って見せたり、おーとでも言うかのように片腕を上げる時もあった。今思えばあの仕草は、あたしとダンジョンを探検していた頃の名残りだったのね。 リザードに進化して、少し性格が荒くなったような君は、落ち込んだあたしの背中をよく思いっきり叩いてくれた。 リザードンになってより力を得た君はその行動をやめ、代わりに胸にその顔を押し付けるようになった。多分意味としては、胸を張れって言ってくれてるんだと思う。 そして今も、胸を張れと君は言ってくれた。ありがとうと、涙声でその瞳に囁く。 「いつもあたしの無茶に付き合ってくれて、ありがとう。これからもよろしくね」 あたしの言葉にリザードンは、任せろと言った様子で吼えた。頼もしい限りだ。 きっとあたしはこれから先も無茶をして、彼らを困らせるんだろうと思う。あたしがあたしである限り、上を向いて、歩き続ける限り。 それでもついて行くと言ってくれる君の為にも、あたしはあたしであり続ける。 「いつだって何処にいたって、あたしのパートナーは君だよ」 仲間であるどのポケモンも、好きだけれど。どの子にも等しい愛を注ぎたいとは思うものの、どうしてもこの子だけは――想いが違う。 だってこれはきっと、運命だろうから。 あたしを信じ続けてくれる彼を、あたしも信じ続ける為にも。 .Back ( top ) Next ( 後書き ) これで五話に繋がります。 本当はジョーイさんに呼ばれて、連絡ですよ、みたいな描写も入れたかったのですが、 入れる雰囲気じゃなかったのでカット。 時系列を揃えずに五話六話のあとにこの話を持ってきたのは、 あとの方が雰囲気出るかなと思ったからです。所謂回想シーンとしてね。 どうして夢主は同じ体験をしたのにレイジさんにあんな事を言えたのか、については、 このリザードンと夢主の関係を軸に作り上げていきたいと思っています。 それと、とリザードンは同一なのに別々として扱っているのは、 =幼い頃のリザードン、と言う印象が夢主の中にはあるからです。 同一だけど何処か別々として捉えちゃってるんですね。でも想いは変わらない。 最後に、このトリップ設定をちゃんと理解しようとすると頭がパンクすると思います。 私も感覚で捉えて書いているので。 |