55*
現実を直視出来ず
夢ばかりを望んで

 その時彼女は――偶然遭遇した魔族と戦っていた。
 魔族と戦う事になった経緯は、単純に狙われたからだった。森の中と通りすがったところに、何故か標的とされてしまった。
 以前からそれなりに絡まれる事はあったものの、異世界の旅をしている間は特に顕著で、自分の世界へ帰ってきてからも何故か絡まれる頻度が多くなったように感じていた。
 尤も、ゼロスが同行していた間は、ゼロスの存在が魔族を近づけなかったし、不審な存在は露払いをしていたので、絡まれる事はほぼなかった。
 だがこうしてゼロスがいなくなってから、山賊に絡まれる事も以前と同様になり、更には魔族にまで絡まれる始末だった。
 悪魔がいなくなってからの魔族との交戦は、想像以上に厳しさを感じさせられた。
 面倒臭い――そう、彼女が思っていた時だった。


さん……! 大丈夫ですか? お怪我はありませんか?」


 聞き慣れた声と共に、目の前の魔族が消え、入れ替わるようにゼロスが現れた。
 もし魔族が目の前にいなければ、ゼロスがやってきた時気配に気付けただろうが、交戦中で集中力をそちらに向けていた事もあり、ゼロスの登場に彼女は驚いた。


「大丈夫……だけど……」


 敵は魔族一匹だけだったので、ゼロスが倒した事で戦闘は終わった。
 予想外の登場に、ただ柄にもなく彼女はぽかんとしてしまった。前回から一ヶ月――経つ頃と言えば、確かに経つ頃だった。
 けれど、以前雪山で遭遇した時と言い、タイミングが良過ぎて呆気に取られてしまった。


「何かありましたか!」

「な、ないよ。大丈夫だっ」


 珍しく呆気に取られている彼女を見て、ゼロスは状況が状況だったので驚き、彼女の両肩を抑えて問い詰める。
 それではっと我に返った彼女は、慌てて否定しゼロスから距離を取ろうとしたが、両肩を掴むその手は肩を放さなかった。


「本当に本当ですか?」

「本当だ! だ、だから離せっ」


 両肩を掴まれている状況――つまり顔が近い状況に気付けばなっていた為、いつも以上に取り乱し、全力で抵抗してしまった。
 結果、慌てていたゼロスも我に返り彼女の肩から手を放した。


「すみません……ですが、本当にご無事で安心しました」


 取り乱してはいるものの、見た目にも外傷はない様子で、抵抗した際何かに痛む様子もなかった事から、大丈夫そうだと判断する。
 ほっと一息吐いて、改めてゼロスは彼女と向かい合った。


「何で……」

「はい?」


 彼女はゼロスと視線を合わせず俯いて、小さく何かを呟いた。
 何とか聞き取れた単語だけではその呟きの真意が汲み取れず、疑問符を浮かべる。俯かれると、表情も判らないので何の情報も得られない。


「何で……そんなに君は私を心配するんだ?」


 僅かに顔を上げて告げられた言葉は――結局のところ、ゼロスが浮かべた疑問符を消す事には至らなかった。
 それは何度か、言われて話したような気もする話だった。


「何でと言われましても……さんが好きですから。好きな相手を心配するのは当たり前でしょう」


 ゼロスからしてみれば、逆に何故そんなに、心配する事を気にかけるのか判らない。心配するのは当然で、彼女と離れている時も彼女が気になって仕方ないのが通常運行だった。
 悪魔がいなくなった関係からも、その心配性は以前より増しており、早く契約して欲しいと思うばかりだと言うのに。


「だ、だから何で私が、そ、そんなに好きなんだ! 前から疑問で仕方なかったんだ。私は、君に好かれるような事は何もしていない。なのにある日突然、好きになりましたなんて……冗談としか思えない」


 確かに、告白はある日突然だった事を覚えている。
 けれどゼロスの内心は、別にそう突然切り替わった訳ではなく、何度か彼女に会いに行くようになり始めてから、彼女との邂逅が一番の楽しみになり始めた。それがゼロスにとっての、彼女への好意の始まりだった。
 結果、ゼロス自身気付かない内に彼女に変えようのない好意を抱くようになり、今に至っている訳である。
 彼女が何かをした自覚がないのも無理はない。彼女と他愛もないやり取りをした積み重ねた結果なのだから。


「以前、僕がさんを好きな理由に興味はないと……言いましたよね」

「言った……けど……」


 それは彼女自身、覚えている事だった。
 今も昔もゼロスが嫌いである事に変わりはないけれど、それでも少なからず感情に変化はある。
 以前は知ったところでと思っていた事でも、気になるようになってしまった。ゼロスが向ける好意の理由を知らなければ、不安が消えないが故に。


「あの時は本当に、どうでもいいと思ってた。知ったところでどうにもならない……けど今は、何でそこまで君が、そこまで全力で、必死になって私を助けようとするのか不可解でならない。好きだからって言ったって……」


 形のない感情相手では、いつか――それは演技でまやかしだったのだと告げられるのではないかと言う不安が拭えない。
 嘘を吐かないと言ったところで、何か落とし穴があるのではないかと、疑念が残る。
 今はそれが怖くて仕方ない。それ故に、以前は気にならなかった事が――気になってしまう。


「好きなので、死んで欲しくないんです。世界を滅ぼすまで、僕と一緒にいて欲しいんです」


 ある種強烈な告白だが、世界を滅ぼす事を譲らない辺り、魔族らしい発言と言えばそうだった。
 共に存在し続ける為に世界を滅ぼさないようにする――それくらい言えるようになればと思うが、嘘を吐かない主義も魔族と言う存在の性質からも、それは言えないのだろう。
 あくまで魔族は――世界の滅びを目的としている。それが存在理由。


さんが死ぬなんて、考えたくありません」

「も、もし私が……死んだら、君は……」

「そんなもしも、考えさせないで下さい」


 ゼロスはそう言うが、彼女にとって死はつい考えてしまうものだ。ゼロスを前になら――尚更。今の儘なら、確実にゼロスを置いて死ぬ。だからどうしても、考えてしまう。
 ゼロスを置いて死んでしまうだろう事に、何も思わない訳ではない。それでも――まだ。


「でも君は魔族で私は人間だ。ありえる話だよ、大いに。私は……百年も生きられないんだから」

「そうですね……だから僕としては、契約して欲しいのですが。今でも、嫌ですか?」


 契約したところで何かが変わる訳ではない。そう彼女は考える。
 自分には最早仲間もいない。深い関係者は、目の前にいるゼロスしかいない。しかし、だからと――そう簡単に、踏み出せるものではない。
 そう簡単に、差し伸べられた手を取る訳にはいかない。


「私は……人間、だから」

「矢張り、僕の誘いは断るんですね」


 ゼロスから視線を逸らし、言葉を搾り出す。
 以前魔族の仲間にならないかと勧誘された時は、何があろうと答が変わらなかったので返答にも困らなかった。
 けれど今、ゼロスからの個人的な勧誘に、彼女は確固たる意志を持って断れない心境にあった。
 答は変わらないのだけれど――問われる度に、つい迷ってしまう。


「ゼラス様から、貴方を勧誘する必要は最早ないと言われています」


 彼女の逡巡を察したように、ゼロスは開示出来る情報を述べる。
 彼女は未だに、上司であるゼラスからの命令があれば、ゼロスは自分を殺すのだろうと思っている。
 だが以前ゼラス自ら彼女の目の前で告げたように、彼女に関する話はゼロスに一任されていた。ゼラスはもう、彼女に興味を持っていない。


「当たり前だね……私にはもう、悪魔がいない……勧誘する理由がない。だから本来、君がこうして私の前に現れる事もないんだ」

「現れる理由はありますよ。会いたくて来てるんですから」


 辛そうに語る彼女とは対照的に、いつもの調子で笑みを浮かべてゼロスは言う。
 彼女の不安を少しでも取り除けたらと言う意図があってのいつもの調子だったが、彼女の心配を拭うには至らなかったらしい。


「なので今後は、僕との契約のお誘いをしていこうと思います。さんが頷くまで」


 今後は――と今更言わなくても、彼女が異世界の旅から戻ってきてからと言うもの、ずっとこの調子である。
 まさか悪魔の力を失っても尚勧誘されるとは思っていなかった為、信じられなさはひとしおだった。
 一体何を目的に――と、つい疑ってしまう。
 それを尋ねても、結局のところ好きだからですよと言う返答が返ってきて、話はまたループしてしまうに違いない。


「あるいは君が私に興味をなくすまで……か」

「またそんな事をおっしゃる。そんなに僕が信じられないんですか?」

「私は……臆病なんだよ」


 面倒臭がりでどうでもいいと思ってきた誰かと関係を保つ事が、これ程難しく怖いものだとは思いもしなかった。
 人との関わり方に慣れていない――それも、奥手になってしまう要因の一つだろう。
 そしてもしゼロスに見限られたら、彼女の周りには誰もいなくなる――ゼロスが唯一である事も、臆病になってしまう原因だ。


「そんなところも、可愛いと思いますよ」

「なっ……!」


 どんなに説得しても暗い表情を浮かべる彼女に、ゼロスは苦笑を浮かべつつも、茶化すようにそう言った。
 突然柄にもない事を言われた彼女は、驚いて顔を上げる。顔を上げると、いつもの変わらないゼロスの笑みがそこにあった。


「普段勝気な自信家にも拘らず、時折貴方はとても弱そうに見えます。今のように。そこがさんの可愛らしいところの一つですよ」

「弱いだけだ……」


 もう一度説得を試みるが、矢張り彼女は俯いて暗い言葉を落とす。
 揺るぎない自信家だっただけに、自分の中にぽっかりと空洞が出来てからと言うもの、隙間と不安がどうしようもない様子だった。
 それを埋めなければと思うが、中々どうして、彼女は相変わらずガードが固い。


「なら、お護りするのが僕の役目です」

「弱い人間を守る価値が、魔族の君の何処にあるんだ」


 じっと、彼女はゼロスを見上げて――試すようにそう言った。
 ゼロスはいつもの笑みを崩さず、返答する。


「魔族と言う、そして獣神官と言う存在だからこそ、何からもさんを護れます」


 ゼロスの絶対性は――彼女もよく、知っている事だ。
 殆どのものを凌駕する力を持つ魔族の中でも、群を抜いた実力者。だからこそ、揺るがぬ自信を持って守り抜ける自信がゼロスにはある。


「ポジティブだな、君は……」


 暗くなっている自分が馬鹿馬鹿しくなるくらい――魔族でありながら、それを材料に説得するゼロスに、流石の彼女も苦笑を浮かべざるをえなかった。
 信じるか信じないか、その決め手には矢張りまだならないけれど、その言葉に裏はないのだろうと信じてみてもいいかも知れないと、ほんの少しだけ思った。
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( 後書き )

自分の小説の中で何番煎じなんだか……。
実はゼロスが夢主を勧誘するパターンは幾つか考えてあって、
ネタを一話に纏めればよかったんですけど、どうしても一つ一つ長くなってしまって
纏められず、いやおい何回目だよ、と言う繰り返し具合になりました。
夢主が悩み過ぎてなよなよしててすみません……もっとかっこいい夢主を書きたい。
とは言えトリップ後はゼロスとのなるべく接近した話を目的にしてるので、
かっこいい夢主は難しいですね……。