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夢を見るには何が必要か
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その日彼女は、とある大きめの町のカフェテラスで一息吐いていた。昼食時は過ぎていたので、恐らく食後の一杯なのだと思われた。 そしてその視線は、テーブルの上に置かれた本に珍しく落とされていた。 彼女が本を読んでいるなんて珍しい――その姿を遠目に捉えた時、ゼロスはそう思った。 悪魔がその魂にいた頃は、知識なら悪魔達から得られるが故に本を読んで知識を増やすと言う必要性がなく、また旅人と言う立場上本を買って娯楽小説を読む事もなかったからである。 後者の理由は今も変わらない筈なので、読んでいる本は恐らくこの町の魔道士教会の蔵書を借りてきたのだろうと思われる。 取り敢えずいつも通り一ヶ月ぶりに彼女の許へやってきて、彼女が座るテーブルの空いた席に腰を下ろした。 「一ヶ月ぶりですね」 「忘れてもいいんだよ」 「とんでもない」 彼女に声をかければ、彼女は視線を向けず素っ気ない淡々とした酷い言葉を返す。 客が増えた事を察して注文を取りに来た店員にミルクを頼むと、暫くゼロスは無言で彼女を見つめた。だが彼女の視線が、見つめるゼロスに返ってくる様子はなかった。 彼女の興味を本から外すには、さてどうするかと考える。 「僕、やりたい事があるんですよ」 「そう」 唐突もなく、話を始めてみる。 尤も、話の始まりはいつだって唐突だし、唐突な振り方は彼女の十八番である。 だがこの程度の唐突さでは、彼女の気を引くには何かが足りなかったらしい。彼女の視線は、依然本に注がれた儘だ。 「さんとですね、やりたい事があるんですよ」 「私を巻き込まないでくれないか」 声音に不機嫌さが滲むが、それでも彼女は顔を上げなかった。 彼女のこう言う態度はそう珍しいものでもない――悲しくなるが、いつもの事と言えばいつもの事なので、これくらいではゼロスもめげない。 「さんと一緒に戦いたいなあって」 「……あのさ、話聞いてる?」 期待を乗せた声で語れば、そこで漸く彼女は顔を上げて呆れ果てた目で、正面に座るゼロスを見やった。 ゼロスはいつもの笑みを浮かべて、嬉しさを表す。 「だってさんが本から視線を外してくれないので」 「返事はしてるだろう」 「熱い視線が欲しいです」 「冷たい視線ならくれてやる」 呆れ果てた視線の温度が途端に絶対零度の冷たいものに変わる。 予想していた通りの反応とは言っても、流石に悲しいものがあったので、ゼロスもその視線には苦笑を返すしかなかった。 予想通りの反応だが、貰って嬉しいと言う訳でもない。 「……兎に角、それで何」 話を聞いてやらないと、鬱陶しさが増すと判断した。 取り敢えず本に栞を挟んで閉じて、頬杖をつきながらも話す体勢を取る。頬杖をついて気だるげな態度を見せて、興味がない事を表してみるが、それで話題を終わらせるゼロスでは生憎ない。 「私と一緒に戦いたいって、何がどう言う事になってそんな発想になったんだ」 いつもの笑みを浮かべて、いつも以上にうきうきした様子を振り撒くゼロスに、自然と溜息が漏れる。 一体何がそんなに楽しいのか、彼女には理解出来ない。 「こう、さんと連携を取って苦境を乗り越えるような」 右手の人差し指を立てて提案するゼロスに、彼女は耳を疑い呆れ果てずにはいられなかった。 自分が何を言っているのか――その状況がどれ程困難な状況なのか、判って言っているのか。 「……まず自分の存在と能力を見つめ直してから言うといいと思うよ」 「そうなんですよねえ」 「……判ってるなら言わないでくれ」 がくりと項垂れ、机に頭を落としそうになる。 その状況がどれ程難しい事なのか、判っている癖に言う――それは余計な疲れを生むだけだ。うんざりとした表情を彼女は浮かべる。 生きとし生けるものの天敵である魔族と言う立場だけでも、生きる者達の中で魔族と対抗出来るものは限られている。 その魔族の中でも、魔王と、魔王の直属の部下を除けば最も強い存在である以上、ゼロスに敵う存在を探すだけでも困難を極める。 デモンスレイヤーとして名を馳せてしまったあのリナ=インバースでさえ、ゼロスが少し本気を出せば敵わないだろう。裏をかいてそれなりのダメージを与える事は出来るかも知れないが、ゼロスを苦境に立たせる前に、リナ=インバースが苦境に立つ事は間違いない。 神族側もドラゴンくらいだが、ドラゴン達にとってゼロスが天敵なだけで、ゼロスにとってドラゴンはザコでしかない。 「さんと連携して相手を倒す。そう言うのにふと憧れまして」 「余計な事を思いついたものだね」 何故そんな事を思いついたのか疑問に思ったが、訊いても余り実のある返事は得られないだろうと判断し、訊くのをやめた。 表情はいつもの笑みから変わらないが、何処ぞの正義オタクの少女のように、目を輝かせていてもおかしくない雰囲気だった。 「背中を合わせて阿吽の呼吸で戦地を乗り越える、いいと思いませんか」 「まず君とはとても想像出来ないね」 ゼロスを苦境に立たせる相手がいないのも確かだが、そもそもゼロスの戦闘スタイルから考えても、背中を合わせてと言うのは中々稀有な状況である。 魔族ならそこら辺の空間などあってないようなものだし、背中を合わせる状況となると大勢の敵に囲まれる――そんな状況になるのだろうが、敵が大勢いる時点で囲まれる前に彼女自身が魔法で蹴散らすので、矢張りまずない。 加えて言えば、彼女は味方に攻撃が当たる可能性を考慮して戦うのが面倒臭く苦手なので、阿吽の呼吸と言うのはありえないと思った。 ゼロスがいても構わず攻撃してもいいと言うなら、同じ戦地に立ってもいいが――それは普段と余り変わらない。 「自覚してる通り、君が苦戦する相手なんて、魔竜王でも連れてこないと」 「残念ながら手遅れですねえ」 魔竜王にぼこぼこにされた事があるのを、その場を目撃した訳でないにも拘らず彼女は知っている。 実際のところ、苦境に立たされるとしたら人間と同化した魔竜王が妥当だったのは彼女の指摘通りだ。 しかしその魔竜王も、冥王フィブリゾの手によって滅ぼされ最早いない。 「ああ、ゼフィーリアにでももう一回行くか」 「それはちょっと遠慮したいです」 「あのね……」 他に誰か、人離れした者は――と考えたところで、そう言えばと該当する人物が一人いたのを思い出した。 リナ=インバースの姉、 赤竜神の神の力と意思の一部を持つからか、あるいはゼフィーリアと言う土地によるものかは判らないが、あのリナ=インバース以上にとんでもない人物だと言う噂である。 一度会った事はあるが、ただならぬ人物と言うのは判っても、会っただけで実力が全て判る訳ではない。 尤も、ルナ=インバースの存在があるが故にゼフィーリアには近づかないよう言われていたゼロスは、緊張しきっていたが。 そんなルナ=インバースなら、ゼロスも苦境に立つ事は間違いない。 「そもそも、意図的に苦境に立つ訳にもいかないだろうに」 「はあ、ご指摘の通りです」 ゼロスは笑みを浮かべた儘眉を八の字にして、ははは、と笑いながら頭を掻く。 魔族は、魔族と言う存在構造上、実際のところ自分より力が劣っている者に対し、演技でも自分が弱いと認める訳にはいかない。 それは、自分の存在がそれ以下だと定義してしまい、身を滅ぼす事に繋がりかねないかねないからである。 精神体で、魔族それぞれが原則として他の誰かや何かから力を借りず、全て自分の力に確固たる自信を持って存在しなければならない事に起因している。 「魔族も夢を見るんだね」 「見ますよ。さんと共同作業をしたいなあなんて」 「悪夢か……」 存在はしているものの、生命はないのだから、生命活動を続ける為に必要なものである睡眠は、魔族にはない。 にも拘らず夢を見ると言うのを肯定したのは――恐らく、彼女の言った意味とは違う夢を肯定したのだろう。 夢は眠らなくても見れるものだ。 ただ厄介なのは、時折現実そのものが悪夢になってしまう事だろう。 「手を取り合って、どうでしょう」 「触るな!」 どさくさに紛れて手を握ろうと伸びてきたゼロスの手を、強く払って拒絶を表す。 強く睨みつけてもみるが、少し困った表情を作るだけで基本的な態度は変わらない。 「君を滅ぼす為に誰かと協力するって言うんなら、私は嬉々として話に乗るけどね」 「残念ですね。それはとても認められません。さんが僕以外の誰かと協力するなんて」 認められないのはそこかと、がくりと項垂れる。 君を滅ぼす――その言葉に、威厳や迫力、説得力がなくなりつつある事を彼女自身察してはいるが、複雑な気持ちになっていけなかった。 怒りは込み上げてくるが、以前よりも照れ臭さが滲み出る。 ありえない光景だと思いながら、面白そうだと思う自分がいる。ゼロス以外の誰かと協力する事が、ないだろう事は彼女もそうだろうなと思うものだった。 「はあ……まあ精々、私がピンチになったら駆けつけてくれ」 「勿論です!」 取り敢えずの落とし所を考えて、妥協案を提示すれば、嬉しそうにゼロスは食いついた。 いつもの笑みが満足げな色を宿しているのを、彼女は苦笑を浮かべて見つめた。 ( 後書き ) 阿吽の呼吸で共闘する図と言うか、戦闘シーンで夢主の意図を察して動くゼロスを 更に夢主も察していいタイミングで「ゼロス!」って呼んだら、 それはもうパートナーって事でいいんじゃないかなと思った訳です。 ただ、どう足掻いても敵に囲まれてるシーンで、態々戦略とか考える必要性が出てこないと言う。 囲まれたらゼロスがさっと殲滅しちゃいますよね……(遠い目) NEXT二話でゼロスがリナに詰め寄るシーンよろしく、 偶には夢主に何か要求して詰め寄らせてもいいかも知れませんね。 「近い!」って逃げようとして逃げられない。美味しいな。 あれでも似たような事既に書いてるな……。 |