10*
色合いは時とともに移ろう




 ロケット団と言えば――三年前に突如解散した事が、今では知られている。何故前触れもなく解散したのか、それを知る人間は少ない。
 但し俺は、その数少ない人間だった。
 ロケット団ボス、サカキ。それが俺の父親だった。
 元々母親は物心ついた頃からおらず、あの父の背中だけを見て育った俺は、悪い事をするのに躊躇いはなく、ポケモンも道具同然に扱ってきた。
 それが、俺にとって当たり前の常識だった。悪い事だと認識していなかったのではなく、寧ろ逆に、判っていながら悪事を働いた。
 そんな事を教えた父は、俺の知る限り誰よりも強かった。ジムリーダーと言う立場さえも隠れ蓑に過ぎない父は、俺の目指す存在でもあった。
 誰よりも強く、誰にも負けない。
 自慢なんて馬鹿な行為だと思っていたからやらなかったが、心の中では誇りに思っていた。
 そんな時――いきなり、父は姿を消した。
 何があったのかとロケット団幹部を問い詰めても、判らないの一言。俺の目から逸らす視線は、嘘を物語っていた。
 知らない訳が、ない。知りたいと、思わなかった訳がない。
 修行に出る。父はそう言って、姿を晦ましたと言う。
 何でいきなり、修行なんだ。突然過ぎる。前触れはなかった。それには幹部連中も戸惑っていたらしい。
 ひたすらに判らなかった。あんな強い父が、カントーのジムリーダーの中で一番強い父が、何故修行に行かなければならない。父の強さは、絶対じゃ――ないのか。


「多分……以前ロケット団アジトに乗り込んできた子供に、負けたんだと思います」

「子供?」

「貴方よりは年上の、十歳前後の男です。一人でタマムシの基地に乗り込んできて、瞬く間に私達を倒し、ボスさえも――」


 幹部の一人がやっと口を割って言った、話。
 だがそんな話が、ある訳がない。俺より年上だとしても、子供は子供。父に鍛えられた俺でさえ、父にはポケモンバトルで一度も勝った事がなかった。何なんだ、そいつは。
 俄かには信じ難い話。何より俺にすれば、信じたくない話だった。あの父が、誰かに負けるなんて。
 目標を失った、脱力感。
 でも、現実に父はいなくなった。本当に修行に行ったのか確かめようのない話だが、俺の目の前から――その背中がなくなったのは、事実だった。
 それが、俺に突きつけられた現実だった。
 そして父がいなくなってから三年後、十歳になった俺は旅に出た。家に誰もいないなら、何処にいたって同じだ。なら何かを探して、旅をした方が――気も紛れる。
 そう思ってきたのは、ジョウト地方だった。
 父とは違う強さを、父をも超える強さを目指す為に、俺は見知らぬ土地に来た序でに手持ちのポケモンを逃がした。
 カントーからジョウトへ渡った先に、丁度ポケモン研究所があった。
 珍しいポケモンを研究しているのかと覗いていると――女がいた。俺と同じくらいで、博士らしき男からポケモンを貰っていた。丁度いい。アイツを実験台にしよう。そう思って、女がいなくなったあとに研究所連中の隙を突いて、残っていた二匹の内片方を盗んだ。


「……ワニノコか」


 カントーにはいないポケモンだ。強いのか判らない。しかし悠長にしていられない。いつ追っ手が来るかも判らないんだ。
 選ぶ暇もなく、一先ずそこから逃げて――ヨシノシティで、あの女と出くわした。いいタイミングだ。ワニノコの強さを見てやろう。
 女は煩く抗議の声を上げていたが、そんなものは無視して勝負を吹っかけた。仕方なく、相手もポケモンを出す。
 女が出したのは――ヒノアラシだった。炎タイプか。ワニノコは水タイプ。相性で勝っているが、レベルが低い為水鉄砲すら覚えていない。だがそれは相手も同じだろう。あのポケモンを手に入れてか、数時間と経っていない。
 なのに――俺は、負けた。


「使えない」

「なっ――なんて酷い事をッ。それが戦ったポケモンに対する言葉なの?」

「じゃあ他に何を言えばいい。新米トレーナーの癖に知った口を聞くな。お前には関係ない」


 苛立ちで、それ以上何も言いたくなかった。
 負けた悔しさから、名前は名乗っておいた。しかし相手の名は訊かなかった。訊く必要はない。存在を知っているだけで十分だ。どうせ、俺から女の名を呼ぶ事はない。
 それから、ヒワダタウンについた頃――ヤドンの井戸にいる連中に驚いた。
 よりにもよってそこには、ロケット団がいた。まあ下っ端だから、俺がボスの子供だと知っている者はそこにいなかったものの、俺としては何故貴様らがいるんだと言う気分だった。
 ロケット団は、俺の父がいなくなって解散した。また勝手に集まるなど、鬱陶しい他ない。ロケット団なんて、父以外は全員雑魚だ。雑魚が寄り集まっているのを見ると、苛々した。
 しかしその時は、何もしないでおいた。矢張り父はいないようで、雑魚の残党がせこい商売をしているだけだったからだ。下らない。相手してやるのも面倒だ。ヤドンの尻尾なんざ売って金儲けとは、浅知恵にも程がある。
 だから――さっさとウバメの森を抜けようと思った。その、矢先だった。
 あの女が、そのロケット団連中を追い払ったのは。
 それを知って、更に腹が立った。雑魚が集まっているのも気に食わなかったし、その雑魚を倒して正義面しているであろう女を考えると、もっと苛々した。
 結局、憂さ晴らしと忠告の為に、俺はまた女に勝負を吹っかけた。
 そして、また負ける。
 ありえない。手持ち連中はきちんと育てておいたつもりだった。なのに、あと一歩のところで負けた。敗因が判らない。追い詰めていた筈なのに、いつの間にか負けている。
 特別な強さを持っている訳でもない癖に、何で俺に勝てる。何で、俺は勝てない。
 そう女に尋ねても、女にも判らないだろう。判っている感じはしない。歯痒い。苛々する。雑魚の癖に、粋がって。 
 その儘何も言わずに踵を返す。女は何も言えない様子で、俺を見ていた。肩越しに見た女の目は、複雑な色が滲んでいた。感情に溢れた色で、ずっと見ていると気分が悪くなる。
 そして――更に旅を続けた先のいかりの湖で、赤いギャラドスを見た。話によれば、コイキングが突然変異で次から次へとギャラドスに進化しているらしい。
 原因は――何となく、察しがついた。アイツらだ。
 案の定、チョウジタウンのフレンドリティショップの地下に、アイツらの基地があった。
 今度こそ、俺が黙らせてやる。そう思って、行こうとした時――変な男に声をかけられた。カイリューを連れた男で、カイリューの強さは見た目でも半端ないと判った。記憶の中の父の強さを、遥かに凌駕していた。
 何者だと訝しく思っていると、男は勝手に名乗った。


「俺はワタル。君は?」

「……


 ワタル――か。聞いた事がある気がしたが、忘れた。
 人のいい笑みを浮かべているものの、目を見れば男の本質が見抜けた。血に飢えた猛獣のような、野性的な鋭さがある。上に立つ者の目だ。父と、同じ色。


「君は、ポケモンを思いやってあげないんだね」

「……何故そんな必要がある。ポケモンは道具だ」

「ポケモンは、仲間だよ。かけがえのない仲間だ。だから、大切にしてあげなくちゃいけない」


 ぬるい考えだ。この男が強くなければ、即座に否定していた。しかし疑問の余地もないくらい、この男の強さは事実で揺るぎなかった。
 その後仕方なくポケモンセンターへ戻った。
 男に止められながら先へ進もうとすると、じゃあ俺と戦って勝てたらと言われ――勝敗は予測づいていたものの――結果戦って、負けたのだ。
 しかし負けた悔しさよりも、男の言う意味が判らずどうしようもなかった。心は空っぽになって、今迄見えていた疑いようのない道が、一瞬で消えた。
 そんな中、俺はカントーへ戻る事にした。
 ジムバッジを集めている訳でもなかったし、一通りジョウトは巡った。だから一旦区切りとして、戻ってきた。
 そしてトキワシティへ戻る前に、チャンピオンロードで修行する事にした。そう言えば、四天王とやらに会った事もなければ、その強さを見た事もない。
 しかし考えてみれば連中にはジムバッジを八つ集めてやっと挑戦出来るのだから、ジムリーダー以上に強い筈だ。幼い頃は父さん以上の強者など考えた事もなかったが、ジムの先にはポケモンリーグがあり、四天王達は挑戦者を待ち構えている。
 そこで不意に、思い出した。
 チョウジタウンで会った、ワタルとか言うあの男。何処かで聞いた名だと思ったら、チャンピオンの名が確か――ワタルだった。尚且つ、チャンピオンはドラゴン使いと聞いている。あのカイリューの強さなら、納得だ。
 だがチャンピオンの癖にあんな甘い考えをしているとは予想外だ。余計判らなくなる。
 ポケモンの強さを引き出すのに、あんな甘さが必要なのか? 俺には到底理解出来ない。思いやりが、ポケモンを強くするだなど。
 チャンピオンロードで修行していると、見知った顔が現れた。あの女だった。どうやらジョウトのバッジ八つを全て集め終えたようで、いよいよポケモンリーグに挑戦するらしい。
 女を前にして――ふと、初めてジョウトに来た時の事を思い出した。
 直感的にこの女を練習台にしてやろうと思った、過去の俺。思えばそれからが、俺の疑問の始まりだった。ならばこの女になら、この疑問をどうにかさせられるかも知れない。何故か判らないが、そんな気がした。
 強くもなかった筈なのに、少しずつ着実に強くなっていった。この女は、俺にないものを持っている。
 ――もしかしたら父さんに勝ったと言う男も、この女と同じタイプだったのかも知れない。


「あのワタルとか言う奴が言っていた、思いやり……それが俺には判らない。だがお前とのバトルで、判る気がする。戦って――貰う」

……判ったわ。貴方がそう言うのなら、私も全力で行く!」


 結果は――惨敗だった。俺に、焦りがあったのが一番の敗因だった。判らない判らないと思えば思う程、判らなくなっていくループ。
 けれど――だからやっと、判った事があった。
 頼りない俺に対する、ポケモン達の態度に気付いたのがきっかけだった。傷つき倒れていく姿を見ながら呆然としていた俺に、アイツらは振り返って笑って見せたのだ。肩膝を、つきながら。
 女はと言えば全力で行くと言っておきながら躊躇が矢張りあったようで、俺がやるような容赦のない戦い方はしてこなかった。飽く迄ポケモンを思いやって、戦う。それは己の仲間だろうが敵だろうが関係なかった。
 今迄戦ってきた中でも、こんな戦い方をしていたのか。気付かなかった。


「……お前は、甘いな。そんな戦い方じゃいつか、痛い目を見る」

「大丈夫よ。私にはこの子達がいるもの」


 殆ど満身創痍な癖して、顔も泥だらけにして、それでも笑う。それがこの女の持つ強さ、か。
 やっと、判った気がした。


「俺はいつかお前を超えてやる。それまで、誰にも負けるなよ」

「……うん、判った」


 負け犬の遠吠えにしか過ぎないと思いつつ、女は俺の言葉に対して嬉しそうに笑った。ポケモンだけじゃなく、こんな俺すらも、想ってくれる。
 初めてその時、女の実力を認めた。
 女はじゃあねと名残惜しそうに別れを告げて、洞窟の先へ進んで行った。ポケモン達はそれなりに傷ついていたものの、此処を出るのに苦労するレベルではなかったから大丈夫だろう。
 修行の場としてチャンピオンロードを選んだのに大した理由はないつもりだったのだが、もしかしたら俺はあの女を待っていたのかも知れない。チャンピオンロードを通る事は、判っていたから。
 だから女と会って別れた以上、此処にいる目的はなくなった。
 仕方がないので、本当にトキワシティへ帰る事にした。避け続けた――誰もいない屋敷へ。










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( 後書き )

編です。本当は一話のみにする予定だったのですが、
後半が思ったより長くなってきたので区切りました。
しかし前に書いた主人公編の回想で、何故カントーでと会っていないのか。
何故書かなかったし私……! と全力で後悔しました。
まだカントー行ってない時点で書いたのかな?
何にせよお月見山で最後会うんですよね。
そこでやっと「コイツらもついてきてくれるしな……」って科白を言うんですよ。
タルを数年ぶりにクリアしたのがもう一年前で……もううろ覚えです。
早くリメイクやりたいなあと思いつつ、リメイク出る前に終わらせる!
(↑結局書き終ってない)
そろそろ終わりの目途が立ってる……筈なんですが。