トキワシティの外れに、誰もいない屋敷がぽつりとある。そこが俺の家だ。 管理を誰かに任せるでもなく出てきたから、屋敷は荒れ果ててるんだろうと思ってみれば――寧ろ逆に、庭なんかは手入れされていた。けれど屋敷内に、誰かがいる気配はない。 疑問に思いながらも、誰かが来るのではないかと言う思いから数日出かける事もせず屋敷に引き篭もった。ポケモン達はモンスターボールから出して、適当に庭に放っておいた。 数日経っても、誰かが来る気配はなかった。庭の手入れなんかを業者に頼んでいるのかと思ったのだが、そうでもないようで。 可能性として考えるなら――誰かが屋敷を管理していたが、その誰かが連絡を取れない状況に陥った。思い当たる節がない訳でもない。寧ろアイツか、と言う気さえした。 ロケット団幹部の一人に、やけに俺によくしてくれた男がいた。父さんの右腕と言ってもよかった男で、ポケモンバトルの腕もかなりだった。 思えばジョウトでのロケット団の活動は、今迄の悪事を働くと言う主旨ではなく、ボスである父さんを捜すところにあった。それは、ラジオから流れてきた奇怪な言葉から予測したものだった。 父さんを一番信頼していたあの男なら――父さんを捜して行動に出たと言うのも頷けるし、俺がいなくなっても尚屋敷を手入れしていたと言うのも頷けてしまう。 けれどジョウトでのロケット団の悪事は、あの女によって暴かれてしまった。だからアイツらも、諦めたのだと思う。父さんからの連絡は、矢張りなかったのだと思うし。 そんな事を考えている内に、あの女はワタルに勝っただろうかと言う考えに変わっていた。 だが不安はなく、アイツならやるに違いないと言う自信があった。自信と言うのも変な話だが。 しかしチャンピオンに勝ったとして、その先アイツはどうするつもりなのか。ジョウトのジムを巡ったのだから、カントーのジムを巡るのかも知れない。とは言え、そこまで強さに拘る奴にも見えないんだが。 そう考えていると、そう言えばトキワジムはどうなったのかと言う疑問を思い出した。 俺が旅に出る前まで決まらずにいたが、三年以上ジムリーダーがいない状態だ。いい加減決めなければ、ジムの威信に関わるだろう。 果たして――どうなったのか。興味がてら、行ってみる事にした。 ジムには、男が一人いるだけだった。しかも、俺より少し年上なくらいの子供。ジムに無断で入ってきたのか――あるいは。 「何だ、挑戦者か?」 「違う。俺はジムバッジに興味はない」 「なら何で来た」 「……お前、此処のジムリーダーなのか」 「ああ。トキワジムジムリーダー、グリーンだ」 堂々とはっきり名乗った割に、表情は不服そうだった。だがそんな機微、俺には関係のない話だ。寧ろそんな事よりも、こんな奴が後任だと思うと苛立った。 反射的に睨みつけると、相手は冷めた目をした。下らないとでも、思っているのか。 「父さんの……後任か」 「父さん? まさかお前、サカキの息子か……成る程な」 何が成る程なのか知らないが、ジムバッジを求めていないにも拘らずやってきた俺の意図を把握したらしい。冷静に物事を分析するタイプか。中々、厭な戦い方をしそうだ。 グリーンと名乗ったそいつは、品定めするかのようにじろじろと見た。 「サカキはいないぞ」 「そんな事、判っている」 「そもそも、レッドの奴が倒しちまったからな。サカキが修行に出たのはアイツのせいだ」 「……何?」 初めて聞く話に耳を疑った。いや、初めて聞く話ではないと言えばそうなのだが――父さんを倒した奴の名が、こんな所で判るとは思いもしなかった。 ロケット団の全員が、その存在を知りながら名前を知らなかった。判っていたのは見た目と、連れていたポケモンがリザードンだったと言う事だけだ。他にもポケモンを連れていた筈なのに、リザードン一匹に連中はやられたらしい。 情けないと言えばそうだし、逆にその男の強さが異常だったのだとも言える。何せ……父さんを倒したのだから。 「その男は何処にいる」 「敵討ちか? やめとけ。お前じゃアイツには疎か、俺にも勝てねぇよ」 嘲笑うような口調が腹立たしかった。挑発してやがる。 だが実際コイツも、強いのだろうと思う。何せ父さんの後任なんだ。強くなくては困る。トキワジムは、カントーで一番強いジムでなくてはならない。ポケモンリーグへの、最後の砦でなくてはならない。 かつて父さんが、そうだったように。 とは言え、俺にこの男と戦う気はなかった。認めたくないが――勝てないと、思った。 まだまだ俺は、力不足だから。あの女にそれを教えられたばかりだ。判っている敗戦をする程、俺は希望的観測をしない。 「俺はただ、三年前の真相を知りたいだけだ」 「真相?」 「三年前、父さんはいきなり、修行に出ると言って姿を消した。何処に行ったのか、何故いきなり……何も判らない儘、俺は一人になった。その理由を……知りたいんだ」 男のふざけた態度が、いつの間にか真剣な眼差しになっていた。厳しいものを見るような目つきで、じっと俺の話を聞いている。 別に、同情して貰おうと考えている訳ではない。寧ろ父さんがいた間とて、家で一人の時が多かった。当たり前な話だが、十歳にもなっていない子供を、悪事の現場に連れて行く筈がない。 それでも俺が父さんの悪事を知っていたのは、屋敷にロケット団幹部の連中が出入りしていて、父さんと幹部の話を聞いた事があったからだ。父さん自身盗み聞きしている俺に気付きながら咎める事もなく、逆に俺が年を取るにつれ同席させる事が多くなっていった。 「アンタには判るのか? 追いかけていた存在が、目の前からいなくなる……道を見失うようなものだった」 ぬくぬくと沢山の人間に囲まれて育ってきた奴が、憎くて堪らなかった。あの女に目をつけたのだって、今思えばそんな嫉妬も含まれていた。 ポケモンを貰って、嬉しそうにしている姿が――昔父さんからポケモンを借りた時を、思い出させた。 父さんは決して俺にポケモンをくれなかった。それは父さんなりの厳しさなのだと、子供心に理解したつもりでいた。欲しいのなら、自分で捕れ。父さんはそう教えた。だから貰いたいと思った事は――なかった。 でも矢張り、懐かしさを感じたのは事実で。 「何となく……判るな。今の俺かも知れない。アイツがいなくなって、目指すもんがなくなっちまった」 「アイツ?」 「お前の親父を倒した奴だよ。三年前修行に出たきり、全く連絡がねぇ」 憎々しげでいて、呆れが滲んでいる。ライバルとか言う関係、だったのだろうか。しかしそれにしても、連絡がないと言う割には、心配だとか言うものが感じれない。 何か迷いでも、あるかのような。 「行方不明、なのか?」 「いや……居場所は一応判っている。けど……簡単に行ける場所でもねぇし、多分俺が行ったところで、アイツを連れ戻す事は出来ないだろうな」 何か事情があるようだ。単純なようでいて複雑な、部外者にはどうにも出来ないような問題が。 だから、迷っているのか。現実と希望の狭間で、どうしようもなくなっている。 ああ同じなんだなと、思った。 「もしアイツに会いに行くんなら――先ずカントーとジョウトのバッジ、十六個を集めて来い。アイツのいるシロガネ山へは、実力を認められたトレーナーしか行けない」 別に俺は父さんに勝った男を捜して此処まで来た訳じゃない。先に言ったように、父さんが消えた真相を知りたいだけだ。 とは言え、父さんに修行の必要を齎した男に聞けば早いのも事実だ。 「……判った。礼を言う」 「だが、十六個集められるかどうかはお前の実力次第だ。サカキの息子だってんなら判ってるだろうが、ジムリーダーはそんな弱い相手じゃねぇぜ。ジョウトはどうか知らねぇが……特にカントーのジムリーダーは、指折りの強さだ」 にやりと口を歪めた男の心境は、手に取るように判った。だが敢えて何も言わず、言葉の続きを待った。 男はそんな俺の心中など気付かず、すかした態度で言った。 「そしていつか、この俺様とも戦わなきゃならねぇ。お前は、俺に勝てるのか?」 余程実力に自信があるのだろう。それがいつか、命取りになるとも知らず。 しかし――それすらも、俺に男と戦う理由にはならなかった。何故か無性に、この男との戦いは避けたかった。同族嫌悪、かも知れない。 「生憎だが、アンタと戦う必要はない。俺は既に、グリーンバッジを持っている」 「なっ」 ポケットから、グリーンバッジを取り出して掌の上に置く。 真実を語るのなら、俺はこの男にも――父さんにも、勝った訳ではない。ジムの入り口にある像には認定トレーナーの名が刻まれているのだが、そこに俺の名はない。 なのに何故、持っているのか。 「これは、父さんが俺に置いていった物だ。誰もいなくなった父さんの部屋に、置かれていた」 トキワジムリーダーである父さんに憧れ、その中でこのジムバッジに憧れない訳がなかった。寧ろ――どんな強いポケモンよりも何よりも、欲しかった。 このジムバッジを父さんから渡されると言う事は、父さんに認められると言う事だ。父さんから、一人前になったと――褒められたかった。 だが自分の手でバッジを貰う前に――父さんはいなくなった。このバッジを置いて。 一体、どんな気持ちで置いていったのか。それが一番、知りたかった。 ――どんな気持ちで俺を、置いていったのか。 「……ん、通信か」 俺が黙っている間相手は何も言わなかったが、不意の電子音に反応した。俺も顔を上げて音源を探した。 俺のポケギアは鳴っていない。そもそも俺に連絡してくる奇特な奴はいない。 『やあグリーン君、元気にしているか?』 「相変わらずですよ。それで、俺に何の用ですか? 貴方が連絡してくるなんて珍しいでしょう」 『連絡しなくていいかなとは思ったんだけどね。元チャンピオンである君にも一応、連絡しておこうと思って』 「元チャンピオン? ……アンタが?」 相手が誰なのか最初は判らなかったが――聞いた事のある声だと思って聞いていると、チャンピオンと言う単語が耳に入ってきた。 電話の相手は、あのワタルだ。 いやそれよりも、今目の前にいる男が元チャンピオンだったと言う事実に耳を疑った。 実際の話、実力はあるのだろう。だから俺はバトルを避けたいと思っている。あの女相手以外に、負けられない気がして。仮令逃げる道だと言われようとも、またいつか挑戦すればいい話だ。 聞けば納得する話であるものの、どうにも腑に落ちなかった。俺より三歳くらい年上なだけで、実際の問題では子供だ。 トレーナーの強さに年齢は関係ないと言っても、トレーナーとして旅立つのが一般的な十歳なのを考えると、たった三年――あるいはもっと早く、チャンピオンになったと考えられる。 しかも話は元チャンピオンであり、この男を負かした相手がいると言う事だ。 「俺がチャンピオンで悪いかよ」 「でも元、なんだろ」 「煩いな……アイツにさえ負けなきゃ、チャンピオンの儘だったんだよッ」 いつまで経ってもアイツにだけはどうしても勝てないと――男は一人ごちる。その表情が、矢張り何処となく自分に似ていた。同じなのかと思い、そして同じ相手がいるのかと気付く。 しかも言い方からして――行方不明だと言う、あの男だと知れる。 じゃあつまり父さんに勝ったグリーンバッジを手に入れたそいつは、その後チャンピオンになったこの男にも勝って――チャンピオンに、なった。 『用件なんだけど、いいか?』 「はい」 『今しがた、負けたよ』 「……は?」 『ジョウトのジムバッジを八つ集めた女の子に、負けたんだ』 「……貴方が?」 唐突な物言いを敢えて選んで言っているらしいワタルに、男は信じられないと言う風に確認する。 一方俺は、そうか、とだけ思っていた。 チャンピオンに挑戦する――いや、出来るようなトレーナーがそういる訳ではない。しかも勝ったと言うのだから、それこそ限られている。 『これからカントーも旅するそうだから、きっとその内君も会うだろう。寧ろ彼女は……』 「ちょっと待って下さい――おい!」 出て行こうとした俺を、男は態々呼び止めた。仕方がないので振り返る。男は面倒臭いと言う顔をしていた。 しかし元々用事があった訳じゃあない。呼び止められる理由はない。 「急ぎの用が出来た。ジムバッジを集めたら、また来させて貰う」 「……そうかよ」 何でそんな約束をしたのか自分でも判らなかった。ただ現状、シロガネ山へ行く方法を訊いても無意味だと思っただけだった。 カントーもジョウトも一通り巡り終えているから、矢張り問題は実力の向上だろう。チャンピオンロードで修行したとて、連中に勝てる実力がついたとは思えなかった。しかし何かいい修行場所を知っている訳でもない。ハナダの洞窟は封鎖されて――しまったし。 何より急がねばならないと思ったのは、あの女はきっとカントーのジムも巡るのだろうと思ったからだった。あの男へ態々連絡があったのも、元チャンピオンだからと言うよりも、トキワジムリーダーだからに違いない。 先にカントーを巡っていれば、いつかまたあの女と出くわす事になる。だが何となく、それは厭だった。 いや――そうだ。 戻るのが面倒臭いから後回しにしようと考えていたのだが、先にジョウトのジムバッジを集めるべきだ。 考えた結果、来た道を戻る形でカントーからジョウトへ戻り、ジョウトのジムバッジを集めた。 あの女とのバトルを考えれば、ジムリーダーも余り強敵ではなかった。ただ矢張りカントーのジムは別格だと思った。 ジョウトのジムを集めて、今度は運営が開始されたリニアに乗ってカントーへ戻ったものの、カントーのジムには苦戦ばかり強いられた。 ジムリーダーは、挑戦者のレベルに合わせてポケモンを選ぶ。 レベルで言えば俺も強者だったから、俺相手に出してくる相手のポケモンのレベルは同等くらいに高かった。そのシステムは、ジョウトもカントーも変わらない。 だから本来、カントーもジョウトもレベルで言えば同列の筈なのである。にも拘らず、カントーのジムリーダーのバトルにばかり苦戦した。 カントーとジョウトで、何やら格差が生じているようだ。ジムとしての歴史の差、だろうか。 いや――考えたたけ無駄だ。所詮、俺には関係がない。 そんな事よりも興味深かったのは――矢張り、あの女の存在だった。 .Back ( top ) Next ( 後書き ) 二話での独白を終わらせるつもりが、三話に突入……。 でも此処で経緯を書いておかないといけないんですよね。 若干、内容的にうろうろしてる感が否めないですね。 いやあ主人公がカントー巡ってる間に、 は十六個のバッジを集められるのか、と思ったもので。 大体此処ら辺からオリジナル突入してます。全体的にオリジナルですけど(ゲーム設定を軸に) グリーンさんとの会話は、主人公vsグリーンさんの時にはまだ考えてませんでした。 でも今考えると、何故思いつかなかったのかとすら思ってしまう。 |