12*
歩いた軌跡を辿る




 カントーにしろジョウトにしろ、どちらのジムでも何処のジムでも、あの女の存在が強く残っていた。あれ程強いトレーナーは久しぶりだと言う語り草になっていた。
 俺が自ら探った事ではないが、特にカントーでは際立って話に上った。ジョウトから来たチャンピオンとして。
 ジム認定トレーナーの名が刻まれた石像を見ていたら、勝手にジムリーダー達は語った。久しぶりに手応えのある相手だったと言って。その一方ハナダやニビでは、中々無茶な戦い方をしたようだ。
 あの女にしては考えられない、相性を無視してバクフーンばかりを、苦手なタイプである水や岩タイプと戦わせるなど。
 いや――寧ろ、あの女だからこそなのかも知れないと思い至ったのは、グレンでのカツラとの戦いを聞いた時だった。
 炎タイプに、炎タイプで挑む。それをアイツはやってのけ、ジムバッジを貰ったらしい。
 一体何を考えてるんだと思ったが――もしそれがバクフーンの意志なのだとしたらと考えると、腑に落ちた。見るからに負けず嫌いのような顔をしていた。
 相性で負けたくない、同じタイプ相手に負けたくないとあのバクフーンは思い、主人に訴えた。ポケモンを想いその意志を尊重しようとするアイツだから、そんな無茶をさせたのかも知れない。
 そして俺はカントーとジョウトのジムバッジ十六個を集め、再びトキワシティに帰ってきていた。
 今再び、トキワジムの門を前にしていた。
 以前来た時と変わらず、閑散としている。ちゃんとやっているのか、あの男は。そんな呆れが心に滲む。
 そう想いながら、入り口をくぐった。


「よう。もう来たのか」


 入ってきた俺を見て、相手は笑った。その表情が少し自嘲気味に見えた。
 判っていた事だが、既にあの女は来て、男を倒していったらしい。この男を倒せるとは、益々強くなっているようだ。
 追いつけるのかと言う疑念が生まれたが、直ぐ様振り払う。追いつくんじゃない。追い抜くんだ。それが目標だと、言い聞かせる。


「負けたんだな、アンタ」

「……何がだ?」

「惚けるなんて馬鹿らしい。アンタはあの女に負けたんだろう。新しいジョウトのチャンピオンになった、アイツに」


 名を言わずとも判る筈だと思い、敢えて言わなかった。男は俺を凝視するように睨み付けた。まだ負けた悔しさが残っているようで、その視線は八つ当たりに近かった。
 無理もない、か。女相手に、しかも年下相手に負けたんだ。プライドの高そうなこの男にとって、あの女の実力を認めるのは中々難しかったのだろうと思う。俺が、そうであったように。
 この男と俺が似ているが故に、余計なところで判って同情してしまいそうになる。


「アイツと……知り合いだったのか?」

「ああ。多分……ライバル、だった」


 俺が一方的に敵視しているだけだと自覚しつつ、俺にとってのアイツの存在を考えた。果たしてアイツは俺を、どんなものと見ていたのだろうか。
 しかし、知りたいとは思わなかった。


「強かったぜ、中々。久しぶりに負けた。寧ろ……アイツ以外の奴に負けたのは、初めてだったかも知れねぇな」


 アイツ――か。カントーでは矢鱈と耳にしたレッドと言う男の存在。
 ロケット団を倒した功績が大きかったものの、ジムリーダー達の口からも出てきた名だった。何でも、あの女とその男は何処となく雰囲気が――似ているらしい。


「あの女がお前のライバルだってんなら、言っておかなきゃならねぇ事がある」

「……何だ?」

「あの女が此処に来たのは一週間前だ。俺に勝ったあとあの女は……シロガネ山へ向かった。何でも、レッドの奴を捜していたらしい」


 驚いた。アイツが、あの男を捜しているだなと。何の因果かと思った。
 それ程までに――そのレッドと言う男の存在は、大きいのか。
 父さんを倒した相手であり、今目の前にいる男のライバルであり、俺の目標であるあの女さえも目指す――頂点。
 あの女がワタルに勝つまでワタルがチャンピオンであったものの、実質的にはレッドと言う男がチャンピオンだった筈だ。ポケモンリーグの仕組みなど知りはしないが、恐らくレッドはチャンピオンを辞退したのだろう。
 問題は、何故あの女がそのレッドを捜していたのかだ。
 他人の事など興味のない俺の与り知らぬ分野であるにしても、接点が見出せない。
 目の前の男には、ライバルと言う直接的な関係があるし、俺には父さんを倒した相手と言う間接的な理由がある。
 そもそも俺ですら正体を知れずにいた者の存在に、どうやってあの女が関われる。


「……アイツ、負けるぜ」

「何?」

「俺相手に苦戦して何とか勝ったから――って言うんじゃない。レッドの強さは、掛け値ねぇんだよ。アイツが別れた時と変わっていなければ――あの女に、勝ち目はない」


 耳を疑うしかなかった。男はただ俺に、否定出来ない現実を突きつけているに過ぎず、恐らく誇張表現ではないのだろうと思った。
 それ程までにレッドの強さは揺るぎない。
 父さんを倒しワタルを倒し、チャンピオンだったこの男すらも倒し、確固たる地位を築き上げた。幾ら同じ道を辿ったあの女でも、その力に届くかどうか。


「シロガネ山へは――どうやって行けばいい」

「……セキエイ高原の通路で、道を塞いでいる男がいただろう。その男に、バッジを見せればいい。本当はじいちゃんの……オーキド博士の許可がいるんだが、そっちは俺が融通しておいてやる。レッドは多分、シロガネ山の頂上にいる」

「判った」


 男の科白を信じる道理もなければ理由もない。けれど躯が勝手に動いていた。気付けば駆け出していた。
 男の話によれば、女がトキワシティを旅立ったのは一週間前。シロガネ山がどんな所なのか知らないが、入山許可としてジムバッジがいるのだ。その分野生のポケモンも、桁外れに強いのだろう。
 そこに躊躇はなかった。トレーナーの指示も受けない野生のポケモン相手とのバトルに負けるようなら、俺はそれまでと言う事だし――こんな所で苦戦するつもりは毛頭ない。
 俺は黙々と進み続けた。中々険しい。一週間前にトキワシティを旅立ったあの女が、未だ連絡も寄越さず帰ってきていないところを考えると、それなりに時間を要すると言う事か。旅の装備は基本的に完璧にしてあるが、もう少し考えておくべきだったかも知れない。
 とは言え、急を要する――気がしたのも事実で。
 深く考えている暇はなかったし、準備を新たに整える暇があった訳もない。
 俺らしくない行動だと気付いたのは、飛び出してきた何体目かのポケモンを倒した時だった。はっと我に返り、何をしているんだと思い至った。けれど此処まで来て後戻りなんてしたくなかったし、何より、変わらぬ不安が鬩いでいた。


「――!」


 草のこすれ合う音を聞くと同時に、モンスターボールを構える。
 音は一瞬だけで、暫く茂みと睨み合う形になった。此処で風かと気を抜くと、不意を突かれて余計ダメージを負うから、慎重に行くのが普通である。
 そして静寂を破ると引き換えに現れたのは――。


「その女は……!」


 見知らぬ男と、見知りすぎた女だった。
 思わず驚いてしまったのは、女が男に背負われていたからだった。しかも、二人共傷だらけだ。下りてくる道中、草で擦った――と言うような、甘い部類の傷ではない。出血こそ酷くないものの、切り傷が目立つ。何なんだ?
 一気に警戒心が高まる。
 現れたのは野生のポケモンではなかったものの、モンスターボールを握る手には力が篭った。気付けば何故か、緊張していた。
 男はモンスターボールを構えていない。寧ろ女を背負っている為、手が離せないようだ。


「……この子の、知り合いか」

「いや……」


 反射的に、口から否定が漏れた。だが口調からして、相手は俺と女の関係を訊いたと言うよりも、独り言のように確かめただけのように思えた。
 ――と言うのも、男がそこで力を抜くように溜息を吐いたからである。
 溜息を吐くまで暫く俺を凝視していたのだが、何か踏ん切りでもつけたかのように息を吐いた。


「なら……頼んだ」


 そう言って背負っていた女を下ろし、肩を担いで支える。そしてまた、俺を無言の視線でじっと見る。受け取れ、とその目が言っているのは判っていたが――状況が呑み込めず、戸惑った。
 男の眉間に少し皺が寄ったと思った途端――だった。


「っ、おい?」


 男の躯がぐらりと揺れ――倒れた。
 気を失った男と、男が気を失った事により支えを失くした女の躯を、反射的に俺は支えた。だが自分と同じ大きさの人間を二人も、いつまでも支えて入られない。


「! オーダイル……」


 三人揃って倒れそうになった時――モンスターボールから、オーダイルが勝手に出てきた。それに驚いて力を失いそうになったが、オーダイルが俺ごと二人を支えてくれた。
 目を丸めオーダイルを見上げると、こくりと頷いた。任せろとでも、言いたいのか。


「俺はこの男を背負う。お前は女だ」


 俺の指示に従って、オーダイルは女を抱える。人間のように器用に背負う事は出来ない為、両腕で抱える。俺は男を肩で支えて、少し引き摺る形になりながら歩き出す。
 そして、来た道を引き返す。
 ヤミカラスの空を飛ぶで俺一人を乗せて飛べても、三人となると不可能だ。ヤミカラスより倍は大型のピジョットでさえ、二人も無理な筈だ。
 可能な鳥ポケモンと言うと、伝説レベルの話になるだろう。ジョウトで語られる伝説のポケモン、ルギアとホウオウ。本当に実在するのかについて、俺の関心がそそるところではないが。


「……どうした? オーダイル」


 不意に、後ろからついてきていたオーダイルが唸り始めた。
 近くに敵が潜んでいるのか。女を抱えた状態ではまともに戦えない。他のポケモンを出すとしても、何が潜んでいるのか判らない以上、乱りにポケモンを出すべきではない。一応一撃目なら、オーダイルのハイドロポンプで間に合うだろうと、思うのだが。


「あれは……」


 深い茂みの向こうに、ポケモンがいた。青い躯からして水タイプと思うのだが、見た事のないポケモンだった。
 いや――あれに似たポケモンが描かれた石版を見た事がある。エンジュシティで聞いた、三匹の伝説のポケモン。塔が焼けた際、死んでしまった三匹のポケモンをホウオウが蘇らせたと言う伝説があり、焼けた塔の何処かで今も三匹は眠っているのだと言う。
 その伝説に興味をそそられた訳ではない――だが気付けば俺は、その時焼けた塔の中にいた。まるで、何かに呼ばれ導かれたかのように。そしてあの時もまた、あの女と出会った。
 訳の判らぬ己の行動に困惑し苛立った俺は、矢張りその時も女にバトルを挑んだ。そして案の定、負ける。
 それはもういいとして――問題は、今俺の視線の先にいるポケモンだ。相手も此方をじっと見ている。恐らくあの焼けた塔で眠ると言われる三匹の内一匹である事は間違いない。
 だが問題は、何故そんなポケモンが此処にいて――俺を見ているのか。
 気付けば、オーダイルの唸り声がやんでいる。どうしたんだと窺ってみれば、俺を心配そうな目で見ていた。その目に、俺が戸惑う。何故そんな目をされるのかと。
 

「オーダイル……あのポケモンは、敵なのか?」


 今迄、ポケモンに意志を訊くなどした事もなかった。けれど今はそうするしか、現状を把握出来なかった。
 オーダイルは俺の言葉に対し、首を振った。敵ではないと言うのか。最初に唸ったのは反射的なものか、あるいは俺にアイツの存在を報せる為だったのか。
 一体何の意志があって現れたんだともう一度視線を向けた時には、そのポケモンはいなくなっていた。周囲を見回してみるものの、ポケモンの気配すらない。シロガネ山を登る道中、強い野生ポケモンと幾度と戦ってきたと言うのに、その気配がまるでないなんて。
 もしかして、あのポケモンが――?
 考えを巡らせたところで、打ち消した。今考えたって判らない。謎に包まれた伝説ポケモンなのだから、尚更。
 何より、今優先しなければならないのは、一刻も早く二人をトキワシティへ運ぶ事だ。命の危険性があるかも知れない。
 二人のポケモンも恐らく、ほぼ瀕死状態なんだろう。トレーナーがこんな状態でありながら一匹も出てこないのは変だ。俺のオーダイルでさえこうして、俺の命令がないにも拘らず出てきたのだから。
 特に女のポケモンは、心配性な奴ばかりだったのに。八つ当たりにバトルを吹っかける俺を相手に女が躊躇する中、女を庇うように俺の前に立ち塞がったのは今でも覚えている。ポケモンの癖に生意気だと思ったんだよな。


「もう少しだ、オーダイル」


 幸い、それ程高い所まで来てはいなかった。
 中腹に至る至らないかくらいで、下りるともなれば、登りより早く目的地に着く筈だ。疲れを訴える躯を無視して、ただ黙々とトキワシティを目指した。
 そして――セキエイ高原から出たトキワシティ入り口で、俺は気を失った。










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( 後書き )

気付いたらスイクンが出てた。
そう言えば焼けた塔にもライバルいたよねと思い出す。
でも正直、金銀はライバルが何処に出てくるかとか余り覚えてないんですよね。
とグリーンはライバル同士仲良し?だといいなと言う妄想。
では次回からレッドさん!