13*
陽炎は黄昏に落ちる




 目を開けると、久しぶりに見る人工物が目に入った。ああ天井か、とそれの名称を思い出すのに数秒かける。
 躯を起こそうとすると、激痛が走った。眉間に皺が寄る。首を回すのさえ痛い。仕方ないので動くのをやめた。すると、視界に見慣れたようなそうでもないような顔が現れた。


「よお。無様だな、レッド」

「……誰だっけ」

「おっ、お前なあ! このグリーン様を忘れたとはいい度胸だッ」

「……冗談だ」


 にやりと歪んだ口に腹が立ったので言い返してやれば、直ぐ余裕もない反応を示した。相変わらずらしい。
 今は俺の科白に何も言えず、顔を引き攣らせている。


「それでお前、何か言う事ねぇのかよ」

「……久しぶり」

「ほんッとうにな。一体何考えて三年も連絡寄越さなかったんだ馬鹿レッド!」

「三年? ……もうそんなに経ってたのか」


 そうか。だから見慣れたようなそうでもないようなと思ったんだ。三年も経てば、それなりに変わるもんだろう。中身は変わってないみたいだが。
 俺だって、まさか三年も経っているとは思ってなかった。あ、母さんに連絡してない。


「……そう言えば……あの子は、どうした?」

か? アイツなら隣の病室だ」

「病室……此処、病院なのか」

「トキワシティの入り口で気絶してたのを俺が運んだんだ」


 トキワシティ――戻ってきたんだな、俺は。しかし記憶はシロガネ山の中腹を越えたところからない。
 確かあそこで――知らない少年に会った。反応からしてあの少女の知り合いのようだったから、取り敢えずあの子だけでもと預けたつもりだったんだが――そっから記憶もなくトキワシティにいると言う事は、あのあと俺も気を失ったのか。
 しかしトキワシティの入り口で倒れていたとは、あの少年はどうしたのか。


「お前、アイツに……に勝ったんだな」

「ギリギリだけど」


 あそこまで追い詰められたのはいつ以来だろう。矢張り、チャンピオンになっていたグリーンと戦った時以来だろうか。でもあの子は――グリーンより、強かったな。
 ああグリーンがあの子をアイツと呼んでいるのは、負けた相手で悔しいからか。
 相変わらず判り易い奴だな。それでいて俺の感情が判り難いとか言って、勝手に怒るんだよな。そこは今でも判らない。


「勝負には……勝ったけど……多分、トレーナーとしては……負けた」

「トレーナーとして?」

「あの子が現れてバトルを挑んでこなければ……俺は皆を殺していた。気付かない……内に」


 俺について来てくれた、ポケモン達。
 いつからだろう。彼らを想うのを、忘れてしまったのは。戦い勝つ事に執着してしまったのは。強くなる事だけを、目指し始めたのは。
 彼女はそんな――俺が忘れてしまったものを、思い出させてくれた。強さに憧れ、ポケモン達と一緒に強くなろうとしたあの頃を思い出させてくれた。
 彼女は昔の俺に――似ていた。


「礼を……言わなきゃな」


 危うく、道を間違えるところだった。手遅れになる前に気付けてよかった。
 あんな戦い方をしていて、ポケモン達の傷に気付けた訳がない。彼らが何も言わないのは、強くなったからなんだと――思い込んでいた。


「それよりも俺への礼はねぇのかよ、レッド」

「……何で?」

「トキワシティからお前らを運んだのは俺で、あの女にお前の居場所を教えたのも俺だ。つまり、俺がいなきゃお前は死んでたんだぜ」


 そんな言われ方をして言った礼に、果たしてグリーンは満足するんだろうか。俺は別に、ああそうかと納得して礼を言うだけで何にもない。
 何がしたいんだろうなあ、コイツは。こう言うところも俺には判らない。


「……そう言えば、グリーン」

「何だ?」

「もう一人……あの子と同い年くらいの少年はいなかったか?」

「ん? か」


 と言うのか、あの少年は。少し目つきの悪い相手だと思ったものの、俺は取り立てて気にせず、あの子を任せようとした。
 実際はあの子のみならず、俺も世話になってしまったんだが。
 しかしそんな彼も――きっと、シロガネ山を下りるので精一杯だったんだろう。トキワシティの入り口で、力尽きてしまった。
 第一、人間二人を運びながら――少なくともポケモンの力を借りたとは思うが――あのシロガネ山を抜けるのは中々難しい。
 あそこで修行していた俺だからこそ、バトルのあとで傷ついたポケモン達でも中腹までこれたのであり、恐らくシロガネ山へ来たのは初めてだったであろうあの少年にすれば、かなりきつい道中だったのだと思う。


「アイツもこの病院にいる。まあお前とあの女に比べれば軽傷だがな」


 そうは言っても、と言う少年のポケモンもただじゃすまなかったに違いない。何せ、俺とあの子を護りながら下山しなきゃいけなかったんだからな。
 この病院内にいるなら――いつか、会えるだろうか。


「そうだ……レッド」

「……何だ?」


 いきなり神妙な声音になったグリーンを訝しく思う。首だけ動かして、ベッドの傍に座るグリーンを見てみれば、眉間に皺を寄せて小難しい顔をしていた。
 俺の前でこんな表情をするのは珍しい。
 仮令俺に負けても強がるグリーンは、俺がグリーンに勝ってチャンピオンになったあの時でさえ、泣いたり怒ったりしなかった。ただ、何も言わなかった。ああ我慢してるんだなと思って、俺もその時は何も言わなかった。
 それくらい負けず嫌いで強がりなグリーンの、小難しい顔は――複雑な何かがあるんだと気付かせた。その複雑な何かが何なのかまでは、判らなかったが。
 ただ俺はいつものように、グリーンの言葉を待つだけだった。何も言わずじっと見て、グリーンの言葉の整理がつくのを待つ。


「お前が此処にいる事……教えたんだ」

「……ああ」


 誰かに知られたくなかったと言う訳でもないから、それは別に何でもない。グリーンも、そう言う機嫌伺いで言ったんじゃないだろう。
 多分問題は、その続きだ。誰に――教えたのか。大体の察しはつくものの、だからこそ何故グリーンが言い辛そうにしているのかが判らなかった。


「オーキドの爺さんと……お前の、母さんにな」


 ちらりと、俺の表情を窺うように俺を見た。しかし当の俺は、無表情でいつも通りだった。
 いつも通りだった――筈だ。
 まだ何も、取り乱す要因はない。俺の安否が知れて連絡をしておくのに、オーキド博士と母さんは、間違った判断じゃあない。
 人の少ないマサラタウンで、俺を自分のもう一人の孫のように可愛がってくれた、オーキド博士。そして博士は、俺に初めてポケモンをくれた。
 母さんは――言うまでもない。
 心配、してたんだろうな。


「博士は今直ぐ来るって言ってた。でもお前の母さんは……そう、ってだけ言ってたよ」


 こっちに来ますよねって訊いたら、遠慮しておくってさ――。
 話終えたグリーンは、口を閉じた。俺も、何も言わない。心の中で、母さんらしいなって思っただけだった。
 俺がこんな無口なのは、母さんに似ているかららしい。父さんがどんな人だったかなんて、知らないけど。


「そうか……」


 俺のその一言に、グリーンは奇妙そうな表情をした。母さんと同じ言い方だったから、余計奇妙に思ったんだろう。
 でもそんな反応をすると判った上で、その言葉を呟いた。


「じゃあ早く家に、帰らなきゃな」


 母さんは、俺が家に帰ってくるのを待っている。迎えに来るなんて事はしない。だから俺が帰って、言わなきゃ。
 ――ただいま、って。










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( 後書き )

レッドさんは無口な分、色々口に出さないでも考えてるんだろうなあと思いまして。
グリーンもそれを判ってるから、ちゃんと考えてるんだったら口に出せよ! と怒るのが日常。
レッドさんに勝手に翻弄されるグリーンが好きです。いいよ初代……。
そしてレッドさんは自分自身の体調不良とかには全く気付かないタイプだろうなあと思います。
足が覚束なくなって、目の前が真っ暗になる瞬間に、あれ? って気付く。