あれから三日が過ぎた。私は病院の玄関で、見送りに来てくれたレッドさんとグリーンさんを前にしていた。 気がついた時点で歩くのにはそれ程支障のなかった私は、長期入院する事もなく、今日でめでたく退院となった。モンスターボールには、私の代わりにグリーンさんが昨日ポケモンセンターで受け取ってきた私のポケモン達が、既にいる。 旅の準備はまだしていないけれど、何処かで一泊する程度なら問題はない。それに、次の目的地は――。 「コイツが退院するまで待たなくていいのか?」 「はい。今戦っても、勝てませんから。修行して、出直してきます」 グリーンさんの言葉に苦笑して応える私を、レッドさんは何も言わず見つめている。ただ、シロガネ山で初めて会った時の、色のない目はしていない。 静かに燃える――赤色。 やっぱり何を考えているのかは私には判らないけれど、何も考えていないのだとは思わない。きっと色々考えているけど、口にしないだけ。レッドさんは、そう言う人なのだ。この三日付き合って、そう理解した。 ただ無口なだけで、私と同じ事を考えている。ポケモンが何よりも大好きな人。だから、バトルも強い。 「じゃあ退院してから一番にお前と戦うのは俺だな、レッド。病み上がりだからって、手加減してやらねぇぞ」 「……別に……手加減されなくても、お前になんか負けないから」 「言いやがるじゃねぇかこの野郎……修行の成果を見せてやる! あとで泣き喚いても知らねぇからなッ」 「……でもお前……この子に、負けたんだろ?」 「ッ、それは……!」 淡々と、心にぐさりと刺さる事をレッドさんは言う。でもやっぱりそれはグリーンさんが相手だからで、私にはそんな事は言わなかったし、今程多弁でもなかった。 入院している間、昼間は私がレッドさんの病室にお邪魔したりして、色んな事を話した。 ポケモンの特性や、ジョウトの話、そして私が出会ってきた――レッドさんを知る人達と交わした会話。皆心配してましたよと言うと、レッドさんは何も言わず視線を逸らすだけだったけど。 私が、グリーンさんには勝ったんですよと話した時は、へぇと言う様子で少し目を開いたけれど、そんな機微の一方で、負けたのかアイツ、と溜息を吐いていた。 ライバルであるレッドさんにすればその報せは、何やってんだと言う気持ちにならざるをえなかったのだろう。グリーンさんが、負けたくて負けたんじゃないとは――当然、知った上で。 「……修行したのは、俺も同じだ。お前の場合……単に修行が足りないんだろ」 「だがお前の手の内は判ってるんだ! コイツに負けたからって、お前にも絶対負けるとは限らねぇだろッ」 レッドさんが結構挑発的で、それに対してグリーンさんは面白いようにその挑発に乗るから、二人の会話に私が入る隙はない。 喧嘩を止めるのも、何だか違う気がしたし。 「やっぱりグリーンさんとレッドさんは、ライバル同士なんですね」 「……言っとくけど……ライバルって言ってるのは、グリーンだけだから。俺は別に……グリーンがライバルだと言った覚えはない……」 辛辣な言葉だ。グリーンさんは今にもぶち切れそうにしている。もう既に、語気が荒いと言うのに。 とは言えレッドさんはそう言うものの、ただ今迄口にしていないと言うだけで、本当は心の中でグリーンさんをライバルと認めているのだと思う。 でなければ、幾ら長い付き合いなのだとしても、余り自分から戦いを挑まないらしいレッドさんが、挑発ばかりするなんて変な話になってしまう。 「……そう言えば……あの子は……いないのか」 「あの子?」 「……赤髪の……」 「の事か。アイツならもうとっくに此処を出発したぜ。いつの話をしてるんだよ」 レッドさんがを気にかけていたなんて知らなかった。 でも――そうよね。私は気を失っていたけれど、シロガネ山で二人は――会っている。は、私とレッドさんを助けてくれたのだから。 シロガネ山で遭遇したレッドさんとの間に、どんなやり取りがあったのかは私の知らないところだ。入院している間も、話題にはならなかった。 と言うより――忘れていたから。をではなく、とレッドさんが会っているであろう可能性を。 私は勝手に、レッドさんはを知らないと思っていた。だから――話題にはしなかった。 「……お礼、言ってないのに……」 無表情ながらに、少し残念そうな様子が感じられた。グリーンさんにはあんな態度だけど、実際は律儀な人のようだ。 私にも――思い出させてくれてありがとうと、レッドさんは言った。一体私が何を思い出させたのか判らず戸惑っても、レッドさんは教えてくれなかったけれど。 「アイツとしては、お前に礼なんざ言われる筋合いはないし、言われても嬉しくねぇだろうよ。そう言う奴だ」 「いや……言っておかないと、俺が落ち着かないんだ。それをどう捉えられるかまでは……知らない」 そんな奴だよなお前、とグリーンさんは項垂れた。 つまりレッドさんは、自己満足でいいから言いたいのであって、言われた相手がどう思うかまでは知らないと言う。仮令相手が戸惑っても、礼なんていらないと言っても、それ以上の説明はないし、取り合わない。 何か、グリーンさんよりも我儘な人に見えてきたのは気のせいだろうか。 「まあ……旅してたらどっかで会うだろ。その時に言えばいい」 「……そうだな」 旅とは――そんなものだから。会いたいと考えなくても、不思議と出会ってしまうもの。そして逆に、会いたいと思えば思う程、何故か遠のいて中々会えない。 それに、誰かを訪ね歩く事が目的でもないのなら、余り人を求めて旅するものじゃないと私は思う。旅はもっと気楽なもので、はっきりした目的地なんてなくて、意外な所で意外な人に出会う事に魅力があるのではないか。 ――目的のある方が、いいと言えばいいけれど。 「どうせ体調が整ったら、またどっか行くんだろ?」 「……ああ。まだ何処に行くか……決めてはないけど」 じっとしていられない気持ちはよく判る。修行として一つの場所に留まるのならいいのだけれど、こうして安静にして動けない間が一番もどかしくて辛い。 レッドさんも、本当は私を見送るよりも、見送られる側がいいのだろう。別に、病院が嫌いだとかそう言うのはないんだろうけど―― 一度旅の楽しさを知ってしまったら、じっとしていられなくなる。 「でもレッドさんはまだ暫く、安静にしてなきゃいけないんですよね。そんなに深い傷を……?」 不安になる私に、グリーンさんは呆れた口調で違う違う、とはっきり否定した。では何故、私よりもレッドさんは長く安静にしていなければならないのか。 私的な判断では、レッドさんの傷も私の傷も、それ程大差なく、深くもなかった。ただより退院が長かったのは、疲労があったかららしい。あと私の場合、精神的な問題もあった。 「安静って言っても、病院は今日で退院なんだ。お前を見送ったあと、マサラに帰って自宅療養なだけなんだよ」 そう言われると、益々判らない。当のレッドさんは喋る気がないようだし。 私は判らないと表情に表して、グリーンさんの説明の続きを待つ。グリーンさんは何故か、レッドさんを小馬鹿にするように少し笑っている。 「怒ったって、自業自得なんだぜ。栄養失調になりかけだったお前が悪い」 栄養失調? その予想外な単語に驚いた。 確かにレッドさんは、シロガネ山で修行していたと言う割には細い。もしかしたら躯の細さは、普通の女の子程度に気にかけている私よりも、細いかも知れない。 でも旅をして各地を歩いていると、体重なんて増えないものだ。だから細くても、筋肉が締まっているんだと思っていた。 しかしどうやら、違うらしい。見た目通りの細さ、なのか。 しかも栄養失調だなんて――レッドさんは旅をしながら何をしていたのか。自分の躯の健康管理は、自分のポケモン達の管理と同じくらい気にかけなければならないのに。 彼らを束ねるトレーナーが倒れては、話にならない。 「ポケモンにはちゃんと食わせてたんだろうが、コイツ自身は碌なもんを食ってなかったらしい。検査したら、栄養失調一歩手前っつーざまだ」 だから暫く自宅療養なんだ、とグリーンさんは話を締めた。 それは確かにレッドさんが悪い。ポケモンを優先して、自分は適当にしてしまう気持ちが判らない訳ではないのだけれど、そんな事をしていたらポケモン達に心配されてしまう。 それにそんなんじゃ、一人前のトレーナーとも言えない。 「でもいい機会じゃないですか。お母さん、心配してましたよ」 例によって、レッドさんは何も言わない。帽子の鍔を少し下ろしただけだった。もしかしたら、照れているのかも知れない。 それが何だか嬉しく、思わず笑いが零れてしまった。 「それで、お前はこれからどうするつもりなんだ? 何処に行くか、もう決めてあるのか?」 「いえ、まだ。これからどうするかは、家に帰ってゆっくり考えようと思いまして」 「ああ、それがいいだろうな」 目的もなく旅をしてもいいのだけれど、それでは計画性が伴わないし、私の主義に合わない。 私がこの旅を始めたのは――ポケモントレーナーになった者として、色々な所を巡ってみたいと思ったから。結果的に各地のジムを巡り、ポケモンリーグチャンピオンにまでなったけれど、最初は巡り歩く事が一番の目的だった。 そしてそんな旅もいつか、レッドと言う人を探す目的になり――今に至っている。 レッドさんには会えたのだし、ジムもカントーとジョウトの十六ヶ所のジムを制覇し、同時に両地方も一通り巡り終えた。 だから今を一区切りにしようと思った。旅はまだやめないつもりだけど、新しい目的を――見つけるまで。 まあ――強くなっていつかレッドさんに勝つ、と言う目的は残っているけれど。 「もしジョウトに来る機会があれば、ワカバタウンに来て下さい。何もないですけど……マサラタウンと同じくらい、いい所ですから」 どんなに遠い町に行っても、どんなにいい町に来ても、やっぱり一番落ち着くのは自分が生まれ育った場所。 帰る場所があるから、旅が出来るんだと思う。 「……ジョウトって、どうやって行くんだ? ……シロガネ山からか?」 「本当にお前は何も知らねぇな、レッド。時代に遅れ過ぎだぜ。ジョウトにはヤマブキから、リニアに乗ってあっと言う間だ」 「……へー……科学の力ってすげー」 「……お前な……」 感動したような科白には聞こえない。しかも何処かで、レッドさんではない誰かが言っていた科白のような気がする。 しかしどちらにせよ、明らかにグリーンさんを小馬鹿にしているには違いないだろう。そしてグリーンさんは例によって、頬を引き攣らせて言葉を失くしている。 「じゃあ私、そろそろ行きますね」 「ん、ああ。また来いよ。そして俺が勝つ」 「はい。負けないよう、修行してきます」 別に急ぐ事はないけれど、話しているといつまでもいそうだったから、区切りのいいところで終わらせる。 レッドさんは無表情で、じっと私を見ている。何か言いたそうにしているようにも思うし、何も言わずじっと見るのが、レッドさんなりの見送りなのかも知れない。 「レッドさんも――もし会う事があれば、その時は」 「……ああ……トレーナー同士目が合ったら……バトルだ」 「はいっ」 私の言いたい事を察してくれて嬉しかった。思わず顔が綻ぶ。やっと、心が通じ合えた気がした。 トレーナー同士目が合ったら、それはポケモンバトルの合図。何処にいたっていつの時代でも変わらない合図。どんなに強くても、どんなに弱くても、同じポケモントレーナーである事に変わりはない。 ポケモンバトルとは、そう言うもの。ポケモントレーナーとは、そう言うもの。 私はレッドさんとグリーンさんに別れを告げ、エアームドの空を飛ぶでヤマブキシティまで行き、リニアに乗ってジョウトへ帰った。コガネシティからワカバタウンまでも、空を飛んで行こうかと思ったけどやめておいた。長く旅をやめるつもりはないけれど、暫く気楽に歩く事はなくなってしまう。 だからコガネシティからキキョウシティを通って、ワカバタウンへ向かった。 初めて歩いた頃を思い出しながら道を辿ると、今迄歩いてきた道のりが長かったような短かったような気がした。 そしてワカバタウンに――私は帰ってきた。始まりの町。私が生まれ、育ち、旅立った場所。どんな時も変わらず、私が帰ってくるのを待ってくれている。 ――帰ってきたよ。 「ただいま」 |
.Back ( top ) Next ( 後書き ) 続きからは作品に対する後書きです。興味のある方はどぞ。 最終話にして若干駆け足になった気がしなくもないですが、 二話に分けると別れ際の寂寥感?が半減すると思ったので。 しかしレッドさんとグリーンさんのやり取りは楽しかった(笑) 個人的に「へー、科学の力ってすげー」を入れられてよかった。 これはマサラタウンのオーキド研究所下にいる男性キャラの科白です。 「目が合ったら、ポケモンバトル!」と言うのも、 どのゲームでも最初の方のトレーナーが言ってる科白だったと思います。 これにて金銀水晶小説は終わりです。 |