03*
遠い空を花びらが舞う




 ハナダシティ――コガネシティに移転してきた自転車屋があった、元々の町。
 ハナダの洞窟と呼ばれる、強いポケモンしか棲息していないと言う危険な洞窟があると耳にしていたのだが、今は立ち入り禁止になっていて、誰であろうと入れなくなっているのだそうだ。
 岬の所にはエンジュシティで会ったマサキさんの小屋もあって、興味本位で行ってみる事にした。
 その道中で出くわしたのは――五人の、ポケモントレーナー。
 橋を渡り切った所で彼らは私を待っていた。
 何でも、三年前まではゴールデンボールブリッジと呼ばれる、先程私が渡って来た橋の上で挑戦者を待っていたらしい。
 けれど橋の上だと戦うスペースが狭く限られているのと、橋の上では過激な――橋を壊してしまうような技は危険で出せないからと、その先の雑木林に移動したとの事だ。
 取り敢えず、五連続で戦って道具を貰った。
 数は多く連戦であったものの、人海戦術はロケット団で慣れていた私にとって、苦戦する場面ではなかった。
 雑木林を抜けて辿り着いたのは――岬にあった、小さな小屋。
 マサキさんの家と言う事になっているが、家主のマサキさんは今、故郷であるコガネシティに帰っている。留守番はお爺さんに任せたと、言っていたが。
 扉をノックして、反応を窺う。すると入ってもええでーとお気楽な声が返って来た。
 あれ、この声は――。


「何や、ちゃんやないの。カントー来てたんか」

「マサキさんこそ」


 出迎えてくれたのは勿論、小屋の主であるマサキさん。
 聞いていた話と――食い違う。
 暫くは親孝行しなければならないと言っていたのはマサキさん自身。エンジュシティで会って半年経つか経たないかなのに、帰って来るのが早くないか。


「俺が此処おるんが意外なん?」

「ええ……まあ」

「俺ももう暫くあっちおるつもりやってんけど……苦情が来てん。俺の小屋留守番しとる爺さんが変な要求するゆうて。やから予定変更して急遽帰って来たゆう訳や」

「そうなんですか……」


 どうにも表情を隠してポーカーフェイスを作るのは苦手だ。直ぐ相手に表情を読まれてしまう。
 バトルの時はそうでもないのだけれど、日常的に私は扱い易い人間らしい。別に乗せられて働く人間でもないのだが。


ちゃんの話は聞いとるで。ジョウトのチャンピオンなったんやってな。おめでとう」

「いえ……そんな。ポケモン達のお陰ですから」

「謙虚やなあ。それで、今は何してん? カントー旅して、カントーのジム回ってん?」

「はい。でも一番の目的は、マサラタウンの――レッドと言う人について、調べてるんです」


 ロケット団の小言から始まった私の第二の旅。
 ジョウトでは全く聞かなかった話を、カントーでは沢山聞く。つまりそれは、あの人が旅をしていたと言う証拠でもあって。
 私はあの人の旅の軌跡を、追っている。


「レッドかあ。アイツなあ」

「! 知ってるんですかっ」

「一応な。詳しいゆう訳やないけど、助けて貰ったなあ、アイツには」

「助けて……貰った」

「せや。実験で失敗してもてな、ポケモンと合体してもたんや。戻ろうにもコラッタの躯じゃボタンは押せんかってん。下手にパソコン飛び乗っていらんボタン押したらあかんやろ? やから誰か来るの待っててん。そしたらレッドが来たゆう訳や。最初は嘘くっさそーに見よってからに、けど何とか説得してやな、元に戻してもろたんや」


 嘘臭そうに見るあの人なんて、正直言って理想像に不似合いだ。マサキさんの偏見か誇張なのではないだろうか。
 しかしあの人とて、英雄と銘打たれる以前にただの人間。況してや三年前は私と同じ歳だったのだから、そんな反応を示しても何ら奇怪しくないのかも知れない。


「そうかあ。ちゃんがレッドをなあ……まあ妥当な話かも知れへんな。今はもう消息不明で伝説にちこなっとるし」

「し、消息不明なんですか?」

「はっきり言えばな。元々そんな奴やったみたいやで? オーキド博士も、図鑑の完成が見たいんやのに全く見せにこんゆうてたし。ちゃんも任されてんねやろ? まあ君の捕獲具合は俺も知っとる事やけどな。パソコンの管理しとるから。ああ、中身は見てへんで? 数だけ見てん。やから偶に、ポケギアでもう直ぐ今のボックスいっぱいなるでーて教えとるやろ?」

「成る程……」


 よく喋るマサキさんに少し気圧される。言っている話が判っても、ついてゆけぬ状況はあるものだ。それに私は口達者な方ではないから、尚更。
 相槌を打つので精一杯だった。
 寧ろその隙を見つけるのも難しくて。反応を示したくても示せない。マサキさんはそんなのお構いなしみたいだけど。


「レッドのボックス管理してるんも俺なんや。けど此処一年くらい使われた形跡が無いねん。ポケモントレーナーが一年もボックス使わんて、そうないで。やから心配はしとるんやけど……アイツ、性格とかは一切目立つもんやないのに、ポケモンバトルの強さだけはピカイチやからな。心配や言うてもあんま心配してへんけど。直ぐぽっと忘れてまうわ。俺忙しい人やしな」


 ボックスが使われた形跡が――無い、なんて、そんな。
 マサキさんが言っているように、ポケモントレーナーにとってパソコンのボックス機能は欠かせない物。持ち運びは出来ず、ポケモンセンターなどに置かれているパソコンを媒体に使うのだけれど。
 幾ら手持ちポケモンがバトルでも主要であり、完璧なパーティが作れれば入れ替えの頻度も減るとは言え、一年も使わないなんてありえない。
 ポケモンの入れ替え以外にも、手持ちがいっぱいであったら、新たにゲットしたポケモンはボックスへ預けねばならない。
 ポケモン図鑑を所有している者としてそれを行わない環境とは、珍しい。
 話に聞く限り、あの人はまだポケモン図鑑を完成させていないようだ。となると――図鑑を埋めると言うオーキド博士の依頼を、無視、しているのか。
 ならばあの人は今、何処で何をしているのだろう。


「それで次は何処行くん?」

「ハナダジムに挑んだあと、お月見山を越えてニビシティに行こうかと」

「ああ、ディグダの穴はまだカビゴンが通せんぼしとるゆう話やったな。うん、妥当な道やろ。気ぃつけてな。レアなピッピに会えるとええな」

「はい」


 マサキさんに言った通り、ハナダジムに挑んでからお月見山へ登った。
 ハナダジムのジムリーダー、カスミさんは水の使い手。相棒のバクフーンとは相性が悪くて少し苦戦した。水着が似合う美人な人だったけど、何故か怒られた。
 私の話を他のジムリーダー達から聞いて待っていたみたいなのだが、予想以上に私の到着が遅くて苛々していたらしい。
 そんな事を言われても、旅の速度は人それぞれ。マイペースなものだ。
 お月見山を登って下りて、ニビシティへ到着する。道中ポケモンバトルを挑まれたけれど、何のそので潜り抜ける。
 お月見山でピッピには遭えなかった。三年前は此処で化石も発掘されたそうだが、そんな形跡も全く見当たらなかった。寧ろ化石マニアとか、そんなタイプの人は一人も見掛けなかったから、三年の間に掘り尽くされてしまったのかも知れない。
 化石と言えば、ニビシティには化石博物館があるのだけれど、改装中で生憎入れなかった。旅の最中にある建物に立ち寄るのも旅の楽しみなのに。
 少し気を落としながら、ニビジムに挑む。
 ニビジムのジムリーダーは、岩タイプ使いのタケシさん。岩と言えば鋼だ。アサギシティのミカンさんは、イワークの進化系であるハガネールを使ってきたのだっけ。
 鋼は炎に弱くて岩は炎に強い。ハガネールは鋼タイプと岩タイプを併せ持っていて、結果的に炎の効果を相殺して普通の効果にしていたから、まだバクフーンで勝てたけど――岩タイプはバクフーンにとって苦手でしかない。
 相性を攻めるのは一般的な戦略。当たり前過ぎて最早無意識だ。
 でも矢っ張り私は、相棒に任せたい。勿論他にも手持ちの信頼出来るポケモン達はいるのだけれど、バクフーンは私にとって、私そのものだから。
 無理をさせるのと信頼するのは全く別。それくらい弁えて、勝負に挑んでいるつもり。
 だから負けず嫌いなバクフーンの気持ちだって、判ってる。
 結局バクフーンは三体目まで踏ん張ったものの、あと一体と言う処で倒れてしまった。
 私も――まだまだだ。
 ニビシティのポケモンセンターでバトル後の休憩をして、次はいよいよトキワシティ。トキワの森を越えれば直ぐそこだ。
 トキワシティには、今はトキワジムのジムリーダーを務めていると言うグリーンさんが、いる筈。
 元チャンピオンであり、あの人の――ライバル。
 ウバメの森に比べて然程不気味でもないトキワの森。ダウジングマシーンで落し物の道具を見付けながら進む。
 キャタピーやバタフリーを見ては和んで、なるべくビートルやスピアーには遭遇しないよう注意しつつ。
 森を抜けた先のトキワシティは、今迄通って来たヤマブキシティやタマムシシティを始め、何かと建物のある町に比べて、主要な建物の無い、長閑な町だった。
 寄り道もせずに、早速トキワジムへ行ってみたのだ――けれど。


「トキワジムに挑戦に来たのかね」

「え、ええ……まあ」

「生憎じゃが今ジムリーダーはおらんよ。何でも、グレンタウンに行くとか言うておったかのう」

「グレンタウン、ですか」

「トキワシティを南下して、マサラタウンから海を越えた向こうにある小さな島じゃ。しかし何でも……無くなってしもうたと言う噂じゃが、どうなんじゃろうのう」


 トキワジムの傍に立っていたお爺さんが、トキワジムに入ろうとした寸前で声を掛けて、そんな事を教えてくれた。
 ジムリーダーは不在――それを聞いてしょげるよりも、グレンタウンが無くなったと言う話に言葉を失くした。
 グレンタウンには確か、グレンジムがあった――筈。トキワジムのジムリーダーは単なる不在で済んでいるようだが、町が無くなったとはつまり、ジムも無くなってしまったとのでもあり――グレンジムにはどうやって、挑戦すればいいのか。
 本来は力試しとしてカントーのジムに挑んでいたのであって、カントーの旅の目的はあの人について知る事だ。
 だから問題ないと言えば――そうなる。諦めれば済む話。どうしようか。駄目元でも、グレンタウンに行って真相をこの目で確かめておく、べきか。
 否――どちらにせよ、行かねばならない。
 グリーンさんは今不在で、その行き先はグレンタウン。帰ってくるのを待っている程、私は気の長い方でもない。行動あるのみとモットーを掲げるくらい。そりゃあ性格上、多少控え目な所もあるけれど。


「教えて下さって有難う御座います、お爺さん」

「いやいや、暇なもんじゃからのう。若い子とお喋りが出来ただけめっけもんじゃよ」


 それではとお爺さんと別れて、グレンタウンを次に目指す。いや――グレンタウンに行くよりも先に、マサラタウンがあるのだったか。
 あの人に近付いているような気がして、胸が高鳴る。実際あの人は――自分の故郷に、いないだろうと判っていながら。
 一番道路を越えて――マサラタウン。全ての始まりの地。
 ポケモン研究の第一人者であるオーキド博士が研究所を構える場所でもあり、話によればグリーンさんはそのお孫さんだそうだし。
 いざ来てみれば、研究所と民家しかない、トキワシティよりも長閑な町。けど――私にとってマサラタウンの風景は、そんなさらりとしたもので済まなかった。
 私が生まれて育って、旅立った――ワカバタウンと、同じだったから。
 心がじわりと、ゆっくりと静かに暖かくなる。
 私は本当に――私に似たあの人を、追っている。単に強い伝説的な人だったらきっと、凄いなとだけで終わらせていた。
 あの人に私と同じ色を見付けたから――私はこれ程までに、あの人を追い求めている。
 私は私を、追い掛けているんだ、きっと。
 私の中の私の、越えたいと思う私を。


「あら、珍しいわね。旅人さんがマサラタウンに来るなんて」


 マサラタウンの情景に見惚れていた処を、横から話し掛けられる。
 ぼーっとしていて、人がそこにいたのに全く気付かなかった。はっとしてそちらに向けば、太陽みたいな笑顔の女性がいた。
 私の母さんと――同じ年頃、だろうか。
 でも私の母さんみたいな元気さが、無い。気苦労でもあるのか、少し笑顔に陰りが見える。


「よかったら一緒にお茶でもどうかしら」

「え、あ、はあ……」

「ね?」

「じゃあ……お言葉に甘えて」


 どうしたものかと戸惑っていると、向けられた笑顔に有無もなくなる。戸惑ったのは、拒否したい気持ちはなかったものの厄介になるのはなあと、思ったから。
 でも是非にと言われたら、断る必要は無くなる。
 その女性の家は、えらく質素なものだった。人の家を見るなんて失礼だけど、でも、家のその静かさがとても――切なさを、物語るから。
 整えられた家具、テーブルの上。音の無いテレビ。壊れているのではなく、音量を消しているのか。
 ――男の子が四人、線路の上を歩いている。
 その姿が、テレビに映っている。何かの――映画、みたいだ。


「どうぞ座って。今お茶を淹れるわ」


 女性はそう言って、食器棚からティーセットを取り出す。その食器棚の食器の少なさに、私はずきりと痛みを覚えた。
 どうしても――この女性と母さんが、重なってしまう。
 私が帰った時は、いつも通り元気な笑顔を見せてくれる、母さん。
 じゃあ――私が、いない時は?
 家には母さん一人だ。ワカバタウンの人達は皆いい人達ばかりで、昼間は寂しさを感じる事は無いとは言え、夜は――どうなる?
 夜になると母さんは、広い家に一人ぼっち。
 私だってそうかも知れない。でも私には、一緒に旅をしているポケモン達がいる。寂しさはもう、感じない。


「……私にもね、貴方と同じくらいの年頃の息子がいるの。貴方と同じくらいって言っても、三年前の話なんだけど」

「三年前……ですか」


 若しかして――と、どきりとする。でも、まさか。
 三年前と言う数字はカントーに来て、よく聞く。三年前は大きな事件が起こったから。今迄紙面に載らぬ日の無かったロケット団が、壊滅したから。
 それはもう過去の話として流れてしまっているけれど、三年なんてあっと言う間なのに、つい最近のようで、やけに記憶が綺麗に残っているもの。


「三年前家を出て旅立ってから―― 一度も、連絡を寄越さないの。ポケモンリーグのチャンピオンになったってオーキド博士から聞いたけど、それでもあの子は帰ってこないの。まだ旅に満足出来てないからなんでしょうけど」


 連絡が無いのは元気な証拠。そう思っていても、矢張り心配なのだそうだ。
 今何処で何をしているのか。元気に生きてくれているのか。少しでも便りや連絡をくれればいいのに、まるで音沙汰も無い。
 だから余計に、寂しい。


「元気だと……いいですね」

「そうね……あの子は多分、強くなった姿を私に見せたくて、帰ってこないんでしょうけど」


 偶には帰って来てくれても、いいじゃないかしらねと、切ない言葉が空気にとけた。
 あの人は未だに――何処かで、高みを目指している。誰にも届かないような、まだ誰も届いていない、見えない空を。
 そして私は、そんな高い所を目指す、高い所にいるあの人を目指しているんだ。
 でも――何も顧みれないのは、まだまだ子供な証。三年前までポケギアなんて言う持ち歩ける電話は無かったから、余計あの人は連絡を寄越せないんだと思うけど。
 グレンタウンへ行く前に――母さんに、電話してみようかな。










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( 後書き )

グリーンさんを出す事を目標に書いたんですが出てこなかった。
何よりマサキさんが喋り過ぎる(えええ)
でも赤緑の旅を追う上で欠かせないかなと!(そうか?)
マサキさんは金銀でも赤緑の共通キャラですから、出さないと、ね!
レッド母はもう絶対出す気持ちでいました。
金銀でのレッド母の科白はじんわりきます……レッドさあああん! って言う気持ちになる。
金銀のカントーは色々無くなって……寂れてしまった印象が否めない。
タイトルについては今回何これ内容と合ってないんじゃ? と言うような感じですが、
流れ者と言うか……漂うイメージからです。