グリーンさんとのバトル――ジム戦のあと、バトルで傷付いたポケモン達の治療をして貰う為、グリーンさんと一緒にポケモンセンターへ来ていた。 ジョーイさんがポケモン達の治療をしてくれている間、私とグリーンさんはロビーで待つ事となった。 ジムを空けていても大丈夫なのかと訊けば、ポケモンリーグ最後の砦と言われるだけあって、挑戦者は滅多に来ないらしい。三ヶ月に一人来るか来ないかだと言うから、よっぽどである。 そうなると――八つのジムを越えた先にあるポケモンリーグともなると、より一層チャレンジャーは限られる訳だ。 と思考を広げるが――落ち着かない。 グリーンさんと二人っきりと言う状況は、予想以上に気まずかった。 何より、グリーンさんの傍をすれ違う人が揃って皆、グリーンさんに挨拶をしていくのだ。気まずさもひとしおだった。 グリーンさんは口調や態度を見ると、一見生意気な子供に見てしまう。私より年上なのだけれど――あのバトルの最中の表情は正に、子供の表情としか言いようがなかった。 でも案外慕われているみたいで、男女年齢問わず誰もがグリーンさんに挨拶をして行く。 対してグリーンさんも、大人らしい表情で笑って返事をする。バトルをする時とは全く違う印象を抱かせる。 ポケモンバトルが強いと言う事は――それだけで、その人は頼もしい人なのだと、判る。 ポケモンは人よりも遥かに、人の感情に敏感だ。 トレーナーが悪い事をしていても善い事をしていても、そこはポケモン達にとって余り重視する点ではない。 ポケモンは、人の道具でもなければ玩具でもない。トレーナーにとっての、人にとっての仲間であり友達であり、家族だ。 だからポケモンは、一番トレーナーの傍にいる存在、と言う事になる。傍にいるからこそ、そのトレーナーの本質を最もよく理解している。 私達人はポケモンを捕まえるけれど、捕まえられたあとにだって、ポケモンには抗う術がある。それでも抗ったりせずトレーナーの命令を聞いていると言う事は、少なからずその人を認めていると言う事だ。 ポケモンは私達トレーナーの指示に従いながら、バトルをする。 戦うからには傷付く。己が傷付き痛い思いをしない為にも、ポケモンにはトレーナーの力量を見定める能力が備わっている。下手な命令をされないようにと、防衛本能に近い能力がある。 つまりポケモンに慕われていると言うのは、命を預けても大丈夫だと、信頼されていると言う事だ。 だから――ポケモンバトルの強いグリーンさんは、人に自然と慕われる。 そんなグリーンさんに勝ってしまった私に、人に慕われる素養があるのかは別の話だ。正直、頼られて頼みを受ける度量があるかすら怪しいと思う。 相変わらず私には、自信が全くないらしい。どんな人に勝っても、この自信のなさは変わらない。 今は傍にバクフーン達がいないから、不安と相まって自信のなさは右に上がりっぱなしだ。ああ、なくなっていくのだから、右下がりだろうか。 ――なんて考えて、現実逃避している場合じゃない。 何の為にカントーに来たのだ。何の為にグリーンさんに会いに来たのだ。 あの人について――レッドさんについて、訊く為じゃないか。 「グリーンさんのライバルは――レッドと言う人、なんですよね」 「は……?」 意味が判らないのではない。単に、まさか私の口からあの人の名前が出てくるなんて、思ってもいなかったからのようだ。 それはそうだろう。実際、私にはあの人との繋がりはまるでない。 ただ色々な人から、バトルスタイルがあの人に似ている――戦っていると、昔戦ったあの子を思い出す。そう言われただけだ。 顧みるまでもなく、事実的な私とあの人との繋がりは、ない。 グリーンさんのようなライバルと言う関係でもない。 私がただ一方的に、あの人を追いかけているだけだ。 私はいつも、あの人の影を追っている。 「お前の口から、アイツの名前が出てくるなんてな……会ったのか? アイツに」 「いえ……ただ話に聞いて、勝手に追いかけているだけです。グリーンさんには、あの人の居場所をお尋ねしようと思っていました。ワタルさんが、あの人のライバルの貴方なら、居場所を知っているかも知れないと仰っていましたから」 「なるほどな」 腕を組んで考え込む。まさか――グリーンさんさえも、あの人の居場所を知らないのだろうか。 そんな――もし本当にそうだったとしたら、あの人はマサキさんが言っていた通り、行方不明なんじゃないか。 この仮説が本当だとしたら――あの人のお母さんは、どんな想いで、いるのか。 便りもなく広い家で一人、生きているかすら怪しい息子を待っている。いつ帰ってくるのかも判らない自分の子供を、待っている。 そう考えただけで、胸が締め付けられてしまう。 私は、時代のお陰かポケギアを手に入れられて、電波さえ届けば母さんと連絡が取れる。でも三年前と言うと――ポケギアなんて便利な物は、まだ市販されていなかった。三年前旅立った儘なら、連絡も難しい。 いやそれでもせめて――公共の電話を使うとか、手紙と言う手段だって普通にある。 あの人が本当に生きているのなら何故、連絡を誰にも、一人として、母親にすらしないのか。あの人は何を、考えているのか。 親の心子知らずと言えども、この場合意味が違うのではないか。 「お前は……アイツに会えたとして、何がしたいんだ? ただ会いたいだけか? ……ならやめとけ。会うだけなら意味はない。アイツが興味あるのは、ポケモンだけだ」 まるで――心のない奴なのだと言わんばかりに、グリーンさんは辛辣にあの人を表現する。 今迄会った人とは違う意見だ。でもそれは、身近なライバルだったグリーンさんだからこそ、承知出来た事なのだろう。 戦いながら、戦って、気付いたあの人の本質、本性。 私にも――グリーンさんの言いたい事は、判る。マサラタウンであの人のお母さんに会って、思い始めた事だ。 「私はあの人と、戦いたいんです。私と似ているあの人と、戦いたい。ただそれだけです」 きっと――そんな理由だと、思う。 でも正直、本当にそうなのかは判らない。気付いたら気になっていて、追いかけずにはいられなかった。 闘争心みたいなものだと思う。実際の私の欲望は。 誰よりも強い存在と戦ってみたい。実力を試したいだの、己の弱点を見極めたいだの、そう言うのもあるけど――強いものと戦う、あの時のぞくぞくする気持ちを、味わいたい。 私の本性なんてそんなものだ。 グリーンさんはあの人の事を、ポケモンしか興味のない人だと言ったけど、それは私だって同じに違いない。 「戦いたい――か。アイツに負けた俺じゃ不服か、やっぱり」 「えっ、いや、そんな……!」 「いいんだよ。お前に負けてるようじゃ、俺もアイツにまだ勝てねぇって事だ」 あの人はずっとずっと高くて、遠い。グリーンさんが長年、勝とうと奮闘しても、まだまだ遠い。 きっとグリーンさんは、あの人にいつまでも負けていると言う事実が、悔しくて堪らないのだ。その上新参者の私にも負けて、己の弱さを噛み締めている。 今私の目の前でグリーンさんは平静を装っているけど、内心はもっと――悔しさでいっぱいなんだと思う。 けれどそんな気持ちの中でもまだ――この人は、あの人に勝つ事を、諦めていない。 あのギャラドスと戦った時、グリーンさんは言っていた。 アイツのピカチュウを相手にするのを前提に――勝つ為に、育てたのだと。 あの人はピカチュウを持っていて、あの巨大なギャラドスを一発で倒してしまうような実力を、持っている。 「そういやお前、俺に勝った時、道具のお陰だ何だとか下らねぇ事言ってたけど、それだって戦略の内、実力の内だぜ。一々んな事気にしてたら、アイツには勝てねぇよ」 そう――なのか。 道具に頼らなければ勝てないなんて実力不足だと、思っていた。道具を使っていては、まだまだポケモンの実力を最大限に引き出せていないのだと、思っていた。 でも――そう言う戦略を持っていなければ、真っ向から勝負を挑むだけではあの人に敵わない。 幾度と戦ったであろうグリーンさんがそう言うのだ。そうなのだろう。 あの人は――どんな想像をしても、それより遥か上にいる。誰よりも強い強さは、どんな物差しでも測れない。 私はその高さに、到達出来るのか。 「甘い考えは捨てろ。本当にアイツに勝ちたいんだったら、正攻法も卑怯もねぇ。まあ――真面目そうだからな、お前。こう言っても、真っ向から行くんだろうな」 お前じゃアイツには勝てないな――苦笑いでもない、少し哀しげに、グリーンさんは呟いた。嘆きにさえ、似ていた。 私にあの人に敵う実力がないのでは――ない、らしい。あの人が余りに、常軌を逸しているだけであって。 そして今更に、気付いた。 今のグリーンさんは、ただ負けているのが悔しいからあの人に勝とうとしているのでは、ない事に。 昔はそうだったかも知れない。本心の半分は今もそうなのかも知れない。でももう半分は――昔はなかった意味が、含まれている。 旅先で出遭っては、近況を知る為にバトルを挑んだ。バトルを通じて、あの人はいつも通りでやっているかを、確かめる。 でも現在あの人は行方不明だ。 グリーンさんは居場所を知っているかも知れないけれど、グリーンさん以外の誰も、あの人の居場所を知らない。 時々見ていた影が、ふつりと消える。 グリーンさんはいきなり消えたあの人に、怒りを抱いているのだ。ライバルである己は兎も角、母親にすら連絡を寄越さない。 だから多分、あの人に勝ったら――何かを言うつもりで、いる。 バトルで勝って、勝者からの命令だとか言ってでもしなければ、あの人は帰って来ないのだ。 あの人の話を聞いて追いかけているだけだと――まだ会っていないと言う私の科白を聞いた時の、複雑そうな表情。アイツに会ったのかと尋ねた意図。 グリーンさんはきっと、あの人が誰かに負けるのを待っている。本当は自分が勝ちたいのだが、まだまだ実力不足で負けるのは目に見えていると、判っている。 ずっと勝ち続けてきたからこそ、あの人は目の前が見えなくなっている。 誰かに負ける、今迄にない衝撃を味わえば、正気に戻るのではないか。 ただの推論、根拠も何にもない私の想像だ。けど――何となく、伝わってきた。グリーンさんがレッドさんに対し、どう思っているのか。考えているのか。 レッドさんに勝つには――生半可な強さでは、絶対に勝てない。誰よりも、チャンピオンよりも強いのだから。 同等の強さでもいけない。甘い考えを持っていてもいけない。 我武者羅に、けれど冷静に対処しなければ、あの人には勝てない。 それが判っているから――あの人に私では勝てないと、グリーンさんは思った。 実際やってみなくちゃ判らない。そんな科白が吐ける強さではない。諦観ではないが、生意気な科白を吐く余裕を持って勝てる相手ではない。 想像上の強さなんて脆く砕かれるだけだ。想像出来ない強さを、正真正銘、あの人は持っている。 そんな桁外れな強さを――私は、持っているのか。 とてもじゃないが、持っているとは断言出来ない。ただでさえ、普段から自信は追いついていないのに。 「……私、レッドさんと戦います。戦って勝って、言いたい事が出来ました」 グリーンさんの話を聞いていて、思い始めた事だった。 マサラタウンに一人残っている、あの人のお母さんを思い出すと、尚更思う所がある。 男はそんなものよって、帰って来ない父さんの事を尋ねた時、哀しげな瞳を浮かべながら私の母さんはそう言った。幼かった私には、そんなものが何なのかすら判らなかった。 けれど今なら、判る。でもだからって、そうなのだと納得はしたくない。哀しんでいる人がいるのを黙って見過ごすのは、私には無理だ。 「……そうかよ。なら教えてやる。アイツは今、シロガネ山にいる。シロガネ山の山頂で修行してる筈だ。馬鹿みたいに山篭りしてよ」 シロガネ山――名前だけなら聞いた事がある。 地図上、ジョウトとして位置付けされているものの、入るにはカントーの何処からかしか認められていないと言う。 そこには強いポケモンばかりが棲息していて、生半可な強さでは危険なのだそうだ。 「シロガネ山にはチャンピオンロードの入り口手前から行ける。但し入るには、強いと言う証明が必要だ。カントーのジムバッジと、ジョウトのジムバッジを持った上で、俺のじいちゃん――つまりオーキド博士から許可を貰わなきゃならねぇ」 ちょっとポケギア貸してみろ、と言われたので、首にぶら下げているポケギアを首から外して渡した。 何をするのだろう。 「――もしもし、じいちゃん? 俺だよ、グリーンだよ。っつー奴知ってるか? ……うん、そいつがシロガネ山に行きたいって言ってるんだ。ああ……うん、俺にも勝ったぜ。大丈夫だろ。俺が保証するよ。うん……判った」 どうやら――私の為に、オーキド博士へ電話してくれたらしい。 オーキド博士はマサラタウンにいる。直ぐそこなのに、私の逸る気持ちを察してくれたのか、シロガネ山への許可を取ってくれたようだ。 ポケギアの通信を切って、返す。バッジの時同様、放り投げられた。ひ、人の物をそんな粗略に……っ。 「許可貰ったぜ。お前なら行ってもいいってよ」 「あ、有難う御座います……」 「ポケモンリーグへは 「はあ……有難う御座います」 勝手に……有難迷惑と言うと過言になるが、断りもせずにやってくれる。嬉しいには嬉しい。けれど本心は複雑だ。 登録する暇があったようには見えなかった。口振りからしてポケギアは持っていないみたいなのに、手馴れたものだ。器用なのだろう。 「じゃあ私はこれで……」 「ああ。気をつけて行けよ」 アイツに会ったらよろしく行っておいてくれ、そんな決まり文句すら、グリーンさんは言わなかった。レッドさんに会って、言いたい事は多かれ少なかれあるだろうに。 長年の、ライバルなのだから。 「また来ます」 背中を向けたグリーンさんを最後に見て、私はポケモンセンターをあとにした。 そしてポケモンリーグからシロガネ山へと入る。長く険しく、その上強い野生のポケモンが沢山棲息する場所。 トキワシティから去る前にフレンドリィショップで、持てる限りの薬を買っておいた。直ぐに治療は出来る。シロガネ山にはポケモンセンターのような、休憩出来る場所がないと言われた。 出来る限り傷付かない事、それが前提になる。とは言え、逃げてばかりでは本末転倒だ。私は強くなる為に、強いあの人を追いかけてシロガネ山を登っているのだ。戦ってもポケモンが気付かぬ内に勝負をつける。その技術が問われているに過ぎない。 そうして沢山の強い野生のポケモンと戦って、気付けば視界には空から見下ろすような地上が広がっていた。かなり高くまで来たようだ。 グリーンさん曰く、あの人は山頂で修行しているそうだけど――此処はまだ、山頂ではないのか。 見回してみて、人影は見当たらない。野生のポケモンもこんな高くまで来ると、少なくなっている。 本当にあの人は、此処にいるのだろうか。 母親にも連絡しないのだから、もしかするとグリーンさんへも連絡せずに、何処かへ行ってしまったのではないか。 そう不安になった時――視界が、紅蓮に染まった。 あれは――炎だ。ポケモンの、火炎放射。 しかもただの炎ではない。あんな炎、カツラさんやグリーンさんの持つポケモンさえ、見せなかった。無論、私のバクフーンの炎よりも、強力だ。 急いで、炎が出てきた所へ行く。間違いない。あれは、ロケット団の幹部が言っていた、あの人のリザードンの炎に違いない。 逸る気持ちで、視界を遮っていた大岩を曲がった時――私は、見つけた。あの人を。 ずっと探していた、目指していた、レッドさんを。 レッドさんはリザードンの後ろの方にいた。赤い帽子に赤い上着。ものまね娘が見せてくれた服装と同じだ。 一歩飛び出した時、私の口は独りでに動いていた。それは躯も同様で、反射的に臨戦態勢を取っていた。 「貴方が――レッドさん、ですか」 「…………」 「私はジョウト地方のワカバタウンから来たです」 貴方と、ポケモンバトルをしに来ました。 .Back ( top ) Next ( 後書き ) やっと……! やっと此処まで来ましたわああ!(一人盛り上がる) グリーンさんとレッドさんの関係を考えると、 グリーンさんは矢っ張りレッドさんに物申すな処があるんじゃないかと思いました。 でも長年勝てずに負け犬(だと自分で思っている)な分、帰って来いとも言えない。 私の中でレッドさんは 何を考えているのか判らない人 です。 無口で性格は決められていないからって言うのもありますが。 三年前に旅立ってシロガネ山に篭ってから一度も家に帰っていない処とか、 何を思って母親に連絡もなく修行してるんだろうと思いました。 ……と言うか、レッドさんについて語ろうとしたら、 思う処があり過ぎて訳が判らなくなります。おごごご。 何にせよ、そろそろ佳境です。 |