カントー地方のハナダシティの外れ。 ゴールデンボールブリッジと呼ばれる橋を渡り切った場所で、その少年は疲れ切った様子で座り込んでいた。少年の傍には癖毛が特徴的なピカチュウがいて、少年と同じように荒い息で地面に伏している。 このブリッジはハナダシティの名所の一つで、続けて五人のポケモントレーナーと戦うと言う特殊なルールのある橋だ。但しポケモントレーナー限定のルールだが。 疲労困憊している少年は今し方、そのブリッジを渡り終えた処なのである。五人続けて連勝せねばならぬと言うルールを守って。 と言うか、守らざるを得なかったと言った方が正しい。 普段通り相棒のピカチュウ――レオンを連れて一緒に歩いて橋を渡ろうとした矢先、橋の入口に立っていた短パン小僧から、否応もなくバトルを挑まれたのである。拒否する暇は無かった。 一応第一戦は難なく突破出来たものの、この橋のルールをすっかり忘れていて、引き返すよりも速く次から次へと勝負を挑まれてしまった。 ポケモンセンターで休んだばかりでコンディションは良かったと言っても、流石に五戦は辛かった。 橋を渡り切った途端、どっと疲れが押し寄せ――この結果、である。 「これは一旦……ポケモンセンターに戻った方がいいかも知れないな、レオン」 「ピカぁ……」 暫く休んだら疲れは取れてきた。けれどポケモンはそうもいかない。 トレーナーは指示を出すだけだとしても、ポケモン自身は戦い合うのだ。疲労だけでなく、彼らは傷も負ってしまっている。自分は医者でもないから、医師であるジョーイさんに治療して貰わねばならない。 「やれ、お疲れだね少年っ」 「……え」 「今し方ブリッジ制覇したのかな君は?」 「え、ええ……まあ」 いきなり声を掛けられて――何処からともなく現れた、女性。女性と言うか少女と言うか、微妙な処だが。恐らくその間の年齢なのだろう。 余りに唐突でその上何故かテンションの高い彼女に少年は気圧される。 彼女は立ち止まらず、その場でくるくると動き回っている。更にその傍ではワニノコも一緒になって走り回っていた。彼女のポケモンなのだろう。 「さっきの、ピカチュウとラッタのバトルだけ見せて貰ったよ、ヒロシ君」 「え……名前……」 「さっき名乗り合ってたでしょ、あの子と」 「そ、それはそうですけど……」 となると彼女は一体何処からバトルを見ていたのだ。 普通に話していた会話が聞けるなんて――そんな近くに、いたのか。いやしかし、こうして話し掛けられるまで彼女の存在には気付かなかった。こんなに動き回っていたらば、直ぐに目に付くと思うのだが。 「君、この先に用事があるの?」 「ええ……まあ。ハナダの岬にいるマサキさんに会いに行こうかと……」 「ああマサキ君ね! うん知ってる知ってる。よし、あたしが紹介してあげる! 丁度あたしも行く予定だったし。でもこの先の雑木林にもトレーナーがいっぱいいるからねえ、この状態で行くのは辛いね」 やっと動くのをやめ、彼女は座り込んでいる少年――ヒロシを前に考え始めた。 彼女と一緒に動き回っていたワニノコだけは、変わらずはしゃいでいる。 レオンも一緒にとワニノコは誘ったが、疲れて動けぬレオンは手を振って無理だと示した。ワニノコは少し淋しそうにしつつも素直に引き下がり、未だ考え込んでいる彼女を見上げた。 「じゃああっちの道通ろうか。君のポケモンの手当てはあたしに任せて。取り敢えずマサキ君の所に行きましょ」 「は、はあ……」 「ピぃかぁ?」 「レオン、歩けるか? 無理ならモンスターボールに……」 「ワニノコ、ピカチュウ――えっと、レオンって言うの? レオン君を担いであげて。これは修行よ!」 「ワニ! ワニワニワぁ――っ」 「あ、レオン!」 「ピぃーカーっ」 ワニノコはレオンを背負ってすたこらさっさと行ってしまった。速過ぎて、もう見失う。予想外な展開は止まる所を知らず突き進んでいく。 否応もなく彼女の指示に従わねばならなくなってしまった。 否――それは別にいい。彼女は悪い人ではなく、単に親切心で声を掛けてくれたのだから。かと言って、ヒロシは別に流され易い人間と言う訳でもないのだが、彼女の勢いには全く勝てない。 「じゃああたし達も行こっか。こっちの道よ」 「は、はあ」 ひょいと軽く彼女は塀を乗り越えた。成る程、ポケモントレーナー以外の者が通る為の道が他にあったのか。 ヒロシが彼女に倣って塀を乗り越えた時、彼女は先程まで持っていなかった鞄を肩に背負っていた。 どうやら――謎は解けたようである。 彼女は何処でヒロシが名乗っているのを聞いたのか。それはつまり、此方の歩道で聞いていたのだ。ポケモントレーナーであるにも拘らず、彼女はブリッジを避け歩道を歩いていた。 だがそれは、彼女が強いからと過程したら――頷ける。 あのワニノコを見ただけでは、彼女が強いトレーナーなのか見極めるのは難しかったけれど、相当な強者でなければあのブリッジは突破出来ない。極最近かは判らないが、ブリッジはとっくの昔に突破済みなのだろう。 以前にもブリッジには挑戦したヒロシだったのだが、暫く来ぬ内にブリッジにいるトレーナーも強くなっていた。 成長するのは何も、自分一人では――ないのだ。 「着いたよ、ヒロシ君」 「え、あ、はい」 「何畏まっちゃってるの? 緊張する必要なんて無いよ。マサキ君は変人だけどフレンドリィだから」 気付けばいつの間にか小屋の前にいた。 玄関の前には、先に走り去ったワニノコとレオンがいて、彼女とヒロシの到着を待っていた。背の高さ的に玄関のノブにも、チャイムのボタンにも手が届かなかったらしい。 水鉄砲か何かを使えばいいのに。それとも、彼女の命令が無いからと言う判断か――勝手に入ってはいかぬと言う、判断からか。 「ひーさかッただねマーサキ君!」 「なっ、何や誰やいきなりチャイムも鳴らさんとにッ」 「ワニノコ、水鉄砲!」 「ワニっ、ワニゅ――っ」 「うわ、わわわわわ、何やねん何やねんッ」 態と大きい音を立てて扉を力強く開くなり、彼女はどしどしと許可も無く敷居を跨ぎ、家主の話も聞かぬ内に訳も無くワニノコに攻撃指令を下した。 怒涛のようなその行動力に、ヒロシとレオンは揃って玄関の外で立ち尽くす。 立っているのも辛い程の疲労を忘れられる勢いが、そこにはあった。こんな場面を目の当たりにすれば、誰だって全てを一瞬忘れ去るに違いない。 「あっはは、びっしょぬれー」 「あのなあ、君なァ、ようやってくれるわほんま! どうしてくれんねんっ」 「燃やしてあげようか? 水分は蒸発するわよ」 「黒焦げなって俺も死んでまうわアホッ」 彼女が言うと本気か冗談か判らない。どう聞いたって冗談なのだろうが、冗談だと思いつつも完全にそう思い込めないから戸惑う。 マサキの怒り方にしても、彼女と通じる処がある。本気で怒っているのか、怒る気力も最早沸かない程呆れ返っているのか、どちらなのか判じ難いのだ。 ヒロシとレオンは、一向に小屋の中へ入れず立ち尽くす。 「あの……」 「ああごめんごめんヒロシ君。ワニノコの水鉄砲はパフォーマンスだから気にしないで入っておいで」 「は、はあ……」 「パフォーマンスて君なあ! よう見てみぃ、俺の大切な大切なハイテク機械がショート寸前やでッ」 「頑張って!」 「君なあ!」 彼女は何を思ってワニノコにあんな命令をしたのだろう。 パフォーマンスだと笑っている辺り、その場のノリでやったと堂々と言って除けそうである。なので敢えて問うのはやめておいた。これ以上マサキのボルテージを上げる訳にはいかない。 兎に角彼女の手招きに応えて、やっと小屋の敷居を跨いだ。なるべく音を立てないように扉を閉める。 「やっぱ君呼ぶんやめたらよかったわ……」 「なーによもう。ホウエンから帰って来たばっかりで疲れてる処をやって来てあげたって言うのに」 「水鉄砲さえ無かったら歓迎しとったわ」 「あれがあたし達なりの挨拶よ。ねえワニノコ」 「ワニぃ!」 はあと溜息と共にがっくりと肩を落とすマサキ。これ以上の遣り取りは無意味であると漸く判じたらしい。 全く蚊帳の中に入れないヒロシとレオンは、苦笑が引っ付いて離れない。何がいけないのかしらねえヒロシ君、と話し掛けられてもひたすら困るだけである。 「でその子は何やねん。君の弟か何かか?」 「んーん、そこの橋で会ったの。五戦終えたばっかりで疲労困憊してるの見付けてね、ポケモンセンターまで戻るの面倒だろうから、あたしが手当てしてあげる! って名乗り出た訳よ」 「それで此処連れて来たんか?」 「うん。丁度ヒロシ君もマサキ君に会いに来たって言う話だったし」 「へぇ、そうなんか」 「ええ……まあ」 君てほんま勝手やなあ、と苦笑混じりに彼女に対し溜息を吐くマサキを見て、思わずヒロシは畏まってしまう。 迷惑を掛けているのはヒロシではなく十割方彼女であるし、元々彼女は此処に来る予定だったのだから、ヒロシは関係無いのだが――空気に呑まれて、である。 「じゃあはよしぃ。そう言うんはさっさやらなあかんやろ」 「おおうそうだったそうだった。ついつい目先の事に捕らわれてたよ」 「いつもの事やけどな……直らんのかその癖」 「無理」 「ちょっとは考えんかアホ。もうええわ、君への用事はあとにすんで」 「忘れないでね!」 「君よかちゃんとしてるから大丈夫や」 「さっすがあ」 おっとまた逸れ始めてたよ、と言ってから漸く、彼女はヒロシと向き合った。いきなり照準を向けられて、思わずドキリとしてしまう。 子供的な発言や仕草が目立つものの、彼女はヒロシより年上の女性。マサキと同年か少し下なくらいだろう。ふらふらする会話の中でも、きちんと目的と向き合う事を心得ている。 「マサキ君、オーキド博士にあたしのハピナス送って貰ってよ。手持ちのトレードは……そうね、ラプラスでいいわね。長旅で疲れてると思うから、向こうで休ませてあげるように言っておいて」 「了解や」 彼女は腰のベルトに嵌めていたモンスターボールの一つをマサキへ渡すと、彼はそれを特殊な機械の台座の上に置いた。 これはネットワークマシンと呼ばれる、モンスターボールや道具などを様々な所へ転送する装置である。装置が置かれている場所ならば、何処へでも転送出来る。 そしてマサキはネットワークマシンの製作者として有名なのである。 今やポケモントレーナーにとって、ネットワークマシンは欠かせぬ物。それ程の物をマサキは一人で造ったのではないが、製作チームのリーダーを務め、装置の中核を製作したと言うのは有名な話。 「ほらヒロシ君、出してよ、君のポケモン」 「あ、はい」 言われるが儘にヒロシは慌ててポケモンを出した。 リザードのジッポ、バタフリーのパピー、サナギラスのクルーズ、スバメのローズの四匹と、一番の相棒ピカチュウのレオンがヒロシの手持ちである。 一匹として瀕死にならなかったものの、全員体力は限界に来ている。その場に座り込んだりと、疲れた様子を隠す余裕も無い。 「きゃあ!」 「え、え、何ですか? どうかしましたかッ」 突然前触れも無く彼女が悲鳴を上げた。 予期せぬその反応に、ヒロシとレオンは一緒になっておろおろする。一方でマサキと彼女のワニノコは、大した反応も示さなかった。 その周りの静かさにヒロシとレオンははたと目を丸める。そしてやっと、状況把握が追い付いた。 「リザードにサナギラスにバタフリー……! な、なんて素敵なパーティなのっ」 「え……あの」 「リザード……リザードも素敵よねえ。ヒトカゲのあの可愛らしい目から進化した途端悪くなるギャップが堪らないわ。カメールはね、ちょっとキザっぽいの。フシギソウはちょっとエリートっぽくて。バタフリーについては愚問。虫ポケモンの中で一番可愛くて素敵だわ。ストライクもハッサムもガーメイルも可愛くてかっこいいけど、矢っ張り断然バタフリーよっ」 「ガーメイル……?」 マシンガントークをうっとりした目でし始めた彼女の口から、聞き慣れぬ単語が零れ落ちる。 リザードにヒトカゲ、カメールにフシギソウ、そしてバタフリーやストライク、ハッサムは勿論知っている。けれどガーメイルと言うポケモンをヒロシは知らなかった。 彼女の熱弁にも身を引きたい思いだが、知らぬ何興味が湧いたのも本心。 「そして極めつけはサナギラス! もうこのフォルムが堪らないのよねっ。弾丸って言うのもまた痺れるし、抱き枕にして一緒に寝たいわよね!」 「そ、そうですか……?」 「でも矢っ張りあたしはヨーギラスが好き過ぎるのよねえ。サナギラスを抱き枕にして一緒に寝る夢も捨て難いけど、ヨーギラスの可愛さは犯罪級だもの。バンギラスはバンギラスであの目付きの悪さと躯の大きさにもう虜よねえ。うっとりよ。大型ポケモンと言えばニドキングも……」 「熱弁はええ言うてんねん。はよしたり」 「はっ……そうだったわ。ごめんねヒロシ君。今直ぐやっちゃうから!」 彼女にポケモンの治療を任せたのをそろそろ後悔し始めたヒロシの代わりに、暴走する彼女をマサキが止めた。 マサキが指摘したように、彼女にはついつい話が逸れてしまうと言う困った、特徴的な癖があるようだ。旅をしていても中々目的地に着けぬのではないか。 マサキの呆れの軌道修正でやっと、彼女はヒロシのポケモンの治療を始めた。 今度こそ逸れずにきちんとやって欲しいと願う。 「えーと、ハピナスはスバメとバタフリーを診てあげて。サナギラスはヨーギラス、リザードンはリザード、レオン君はあたしが診るわ」 今度は次から次へと彼女自身の手持ちポケモンを出す。 ただでさえ小さな小屋は機械で面積が取られていると言うのに、そこへ大型ポケモンに部類されるであろうリザードンを出すのだから、小屋の主であるマサキは泡を吹きたい衝動に駆られた。 他に出したヨーギラスは問題ないのだが、ずしりと床が軋む幻聴が鼓膜を脅かした。 もうどうにでもなればいい。 「リザードンはリザードの尻尾の炎を消さないようにして、ハピナスの手当てを待って」 「あの、僕も手伝います。僕のポケモンだし……」 「そうね。じゃあちょっと待って。今鞄から湿布とか取り出すから」 そうだったわねと明るく笑うと、ワニノコが言われる前に先駆けて持って来た鞄を受け取り、湿布やら小瓶やら傷薬やら木の実やらを取り出した。 治療に使うらしい物品を自身の目の前へ並べながら、あれは違うこれはこっちだなどと一人考え込む。 暫く物品と睨めっこして唐突に、よし、と声を上げた。 「ヒロシ君、リザードにはこの塗り薬とこっちの傷薬を使ってあげて。一緒に戦った君なら判るだろうけど、毒針による傷は塗り薬で、擦り傷はこの傷薬。打撃系の攻撃は余り受けてないみたいだから、湿布は要らないみたいね」 「凄いですね……毒針攻撃は受けたし砂とかも掛けられたけど……それを傷を見ただけで見抜くなんて」 「得意分野はサバイバルだから。ジョーイさんにお世話になれない時が多くてね。自然と身に付いちゃった」 じゃあ次はサナギラスねと、床に横たわっているサナギラスと、その傍でサナギラスの傷を診ていたヨーギラスと彼女は向き合った。 ヨーギラスは身振り手振りと鳴き声で彼女に何かを伝える。時々サナギラスの躯に触れて説明するように。 それに対し彼女は頷きながら、並べてある物品から必要な物を選び出す。そしてヨーギラスの説明が終わると、彼女はサナギラスの傷の手当てを始めた。 「よっし終わり。次はレオン君ね」 「ピカ?」 「ちょっと電気袋触らせてね――ピリッと電気出してみてくれる? 大丈夫だから」 「ピカ? ……ピぃ、カっ」 レオンの両頬の電気袋に両方の人差し指をそれぞれ当て、電気を出すように促す彼女。 始めレオンは戸惑い気味であったものの、彼女の笑顔を見て、言われた通り電気をほんの少しだけ、静電気程度出してみた。 「ん――ちょっと電気不足ね。電気、補給しよっか」 「ピカ?」 「ワニノコ、こっち来て」 「ワニ?」 「マサキ君、今ある機械でちゃちゃっと手動で電気発生させる機械作ってくれない? 手動と言うか、ジョギングマシーンみたいな感じで作ってくれないかな。大きさはワニノコに合うように」 「何するつもりか知らんが、それならお安いご用や。任せとき」 今迄暇そうに、ポケモンの治療をする彼女やハピナス、ヒロシを見ていたマサキは、いきなり話を振られて肩を驚かせた。 けれど依頼内容を聞いて、即座に行動に移る。その間彼女はレオンの傷の手当てをする。ワニノコは彼女に呼ばれたものの指示が無いので、彼女の傍で小首を傾げて彼女の動向を窺っていた。 数十分後、マサキの出来た! と言う声が小屋に反響した。 「これでええんか?」 「バッチリ! 電波行きかってるねえマサキ君」 「それ言うんなら以心伝心やろ」 マサキが彼女に頼まれてものの数十分で作り上げた物とは――正に外見はジョギングマシーンと言っても何ら差し支えはない。但し大きさは彼女が注文した通り、ワニノコや小型のポケモン専用である。 そして機械の前両端からはコードが二本延びている。これはマサキが機械を作っている最中彼女が更に付け加えた注文の結果である。 彼女はその二本のコードの最短をレオンの両頬にテープでくっ付けた。 「ワニノコ!」 「ワニ……?」 機械のセットが終了すると、最後の仕上げに、先程呼んでおいたワニノコを今一度呼ぶ。 今迄役目も無く構っても貰えず落ち込みかけていた処への呼び声。ワニノコは嬉々として彼女の目の前に馳せ参じた。彼女の膝に手を置き、煌く目で見上げる。 「はいワニノコ、これに乗って走って。思いっきり!」 「ワニ? ワニぃ! ワニゃァ――っ」 いきなり見せられたジョギングマシーンにワニノコは疑問符を飛ばしたが、それでも一瞬で直ぐにジョギングマシーンへ弾み乗った。 ガタガタガタと徐に機械のシート部分が動き始める。 それを見たワニノコは更に嬉しそうに笑うと、その上で全速力を出して走った。 シートは回転している為、幾らワニノコが走ろうとも進まないのだが、ワニノコとしては兎に角力があり余っていたらしい。 数分以上走り続けた。彼女がもういいわよと制止するまで。 「ピカぁ!」 「レオン! もういいのか?」 「ピぃカっ」 レオンの両頬に付けたコードを彼女が外すと、レオンは元気溌剌にヒロシに飛びついた。此処へ来るまでは歩くのも辛そうだったのに。 彼女がマサキに作ってくれと頼んだ機械で、ポケモンバトルで消費したレオンの電気を補給したからだ。 成る程、彼女がマサキの許へヒロシを引っ張って行った理由は此処にあったのかと、納得する。 「ハっピナース」 「ハピナスもご苦労様。皆もお疲れ。長旅したばっかりだったのに、ごめんね」 彼女の労いに彼女のポケモン達は元気のいい反応を示す。長旅なんてと疲れ知らずをアピールしているようだ。 ジョギングマシーンのような物で数分間全速力したワニノコでさえ、もう既に息を整え彼女の周りを元気に走り回っている。 「ほらマサキ君、終わったよ。あたしを呼んだ理由、教えてよ」 「そうやな。君じっとしてそうにないしな。単刀直入に言うわ。シンオウのトバリジムのジムリーダー、交代したらしいで」 「嘘! え、それ本当?」 早く早くと急かす彼女にマサキは苦笑しつつ話を切り出す。 内容を聞いた途端の彼女と言ったらなかった。数分前に見たワニノコと同じ表情である。矢張りポケモンはトレーナーに似るらしい。 輝きを増した瞳にマサキは引く。 一方ヒロシはと言えば、蚊帳の外に放り出されてしまっていた。シンオウとは何か、トバリとは何処か。聞き慣れぬ単語に行き合う日だ。 「ほんまらしいで。シンオウの知り合いからの情報や。半年前に聞いた話やけど、直ぐ君報せたろ思ても、君全然捕まらへんのやもん!」 「ああそっか……ポケギアにポケナビは……圏外だったわね。今迄ホウエンにいたものねえ。ポケモンセンターは……寄り付かないわね、あたし」 あははははと乾いた声で笑う彼女。全く困ったものである。 マサキはお手上げだと溜息を吐いている。翌々見てみればそんな反応を示したのはマサキに留まらず、彼女のポケモン達まで彼女の態度に呆れ返っていた。 この有様にヒロシとレオンは目を丸めている。 「半年前かあ……って事はあたしで遅れちゃってるじゃない! これはいけないわねっ。あ、そうだマサキ君、連絡方法についていい案があるわ。君の腕を見込んで、ポケナビの改良を依頼するわ。圏外なんて無関係にしちゃってよ」 「また難しい事言いよんなあ……」 「よっ、色男! 何でも出来るマサキ君!」 「そ、そない言われたら……しゃァないなあ。いつ出来るか判らんけど、やってみたろやないか!」 任せときぃ! と腕を叩くマサキに彼女は拍手する。彼女のあっけらかんとした性格に呆れ果てつつも、マサキも似たり寄ったりなのではないか。 周りが直ぐに見えなくなる二人に、ヒロシの溜息は届かなかった。 「トバリかあ……レイジ君がいる所ね。懐かしいなあ。元気かしら。暫く連絡取ってなかったから怒ってそうだな……過保護だし」 「レイジ……さん?」 「うん。知人と言うか友人と言うか親友と言うか家族と言うか何と言うか。昔一緒に旅してた仲間。シンオウのトバリシティで育て屋してるのよ」 「シンオウって……何処ですか?」 「あ、知らない? カントーから北の方に言った所にある地方。結構遠いかな。カントーからは船が出てるわね。ホウエンとは対照的にすっごい寒いの」 数ヶ月前にホウエンから帰って来たヒロシにとって、一番新しく興味の惹かれる情報だった。 まだ行った事の無い土地――それは即ち、まだ見ぬポケモンに会えると言う事。ポケモントレーナーとして旅する中で、これ以上の楽しみなものはない。 「さてと……じゃあ、あたしはそろそろ行こうかな」 「なんや、もう行くんか。来たばっかりやないか」 「美味しい情報くれといてそんな事言う? じっとしてられる訳ないじゃない! 元々ホウエンに行ったのも、シンオウに用事があったからだし」 「ひっきりないなァ」 リザードンを除く彼女のポケモン――ハピナスとヨーギラスとワニノコを一挙にモンスターボールへ戻す。同時に彼女自身は扉の方へ駆け出す。 その後ろをリザードンが床を揺らしながら追った。 チラリと思った疑問だが、果たしてリザードンにあの片開きの扉はくぐり抜けられるのか。彼女はそれに気付いているのか。 恐らくそれに気付いたのはヒロシだけであろう。 「そうだ。ハピナスをオーキド博士の所に転送しといて。ポケナビも任せたわね。じゃ、また会いましょ。ヒロシ君もレオン君も、また何処かでね!」 「は、はい」 「ピっカ!」 ぽんと去り際に彼女が放った物をマサキは慌てて受け取る。 受け取った物から彼女の方へ今一度視線を戻すと、既に彼女の姿は扉の所には無かった。利口なリザードンが扉を破壊せずにくぐり抜けている処だった。 あたふたとマサキとヒロシ達も外へ出る。 「うわ……!」 「見送りはいいのに」 「まさかリザードンで今からシンオウ行くつもりなんか? 帰って来たばっかりやないか!」 「リザードンで行くのは流石に無理だって。港までよ。よしリザードン、クチバシティまでひとッ飛びよ!」 リザードンの咆哮が空を劈く。 そして一瞬でオレンジ色は空高く舞い上がる。その陰は雲の向こうに消えた。勢いの風を残して。 .Back ( top ) Next ( 後書き ) え、長……! どうしてこう長くなるのかなあ。夢主の性格のせいです。 あれも言わせたいこんな事も言って欲しいと思ってるとこんな長さになります。 区切るのも この夢主に喋らせたら本当終わりませんね(苦笑) さっさと飛び立って貰うしかありませんでした。正に嵐。 一応トバリ編の話とリンクさせてみました。レイジさんの名前も出せて満足。 しかしマサキの口調が胡散臭い……最近とんと関西弁聞いても書いてもなかったから。 そもそもマサキの一人称は俺でいいんですかね? そこ一番悩んだ。 あと、文章中に「謎が解けた」と書けて満足です。 夢主に「ヒロシ君って推理とか得意?」と訊かせたかったんですが、入れる機会がなかった(笑) |