私があの人と出会ったのは、呼び止められたからだった。 私はいつものようにお月見山へ、ラムダさんの所へ行こうとトキワシティから出発しようとした時だった。 「そこの貴方。貴方よ、貴方。ワニちゃん連れてるそこの貴方」 「……あ、私ですか」 まさかそんな呼ばれ方をしているのが自分だとは思わず、連れていたワニノコを指摘されるまで気づかなかった。 ワニノコが私より早く振り向いて声の主を見やり、それから私も遅れて声のした方に振り向いた。 私を呼び止めたのは――女の人だった。 女の人って言っても私より少し年上なだけで、ラムダさんからすればどっちも子供なんだろうと思った。 私を呼び止めたその人は、振り向いた私ににこりと笑いかけた。何なんだろう、と少し不審に思って相手の出方を窺う。その人の足下にいたフシギソウは、そんな私をじっと見上げていた。 「あの……何ですか?」 相手の要件を待つも、何も言ってこないので仕方なく此方から尋ねてみる。 相手は私を見ながら、何か思惑ありげに笑っていた。何なんだろう。見たところ、ポケモントレーナーみたい、だけど。ポケモンバトルの申し出なのかと思っていると、漸くその人は口を開いた。 「あたしと、バトルしない? ポケモンバトル。貴方――チャンピオンでしょ」 不敵な笑みをそこに湛え、目は挑戦的にらんらんと輝いていた。 フシギソウはそんなトレーナーとは対照的に、彼女の足下から微動だにせずただ私を無言で見上げている。不思議なコンビだな、と少し思った。 「ええ、いいですよ。ところで私の事を知っているようですが、貴方はどなたですか?」 バトルそのものを断る理由はなかった。挑戦者があれば受けて立つ。チャンピオンになってから今までにも、何度か挑戦を受けた事はある。まあ私をチャンピオンだって知って挑戦をしてくる人は、物凄く稀なんだけど。 どうやらポケモンリーグでチャンピオンとしている事を辞退したからか、余り知れ渡っていないようである。だから私をチャンピオンだって挑戦してくる人そのものは珍しい。この人は――どうやって、私の事を知ったんだろう。 呼び止めた事からして、偶々呼び止めたトレーナーがチャンピオンでしたって訳じゃない。はっきりと――私に対して、チャンピオンかと尋ねている。 「あたしの名前は――そうね。貴方があたしに勝ったら、教えてあげるわ。さあ、始めましょう」 一方的にそう言い放つと、その人は一匹目のポケモンを出し、否応なくポケモンバトルの火蓋は切って落とされた。 結果から言うなら――私は勝った。けれどそれは、相当苦しいバトルの末に掴みとれたものだった。 久しぶりに、苦戦する相手だった。カントーのトレーナーはジョウトよりも強い人が多くて、ジョウトリーグチャンピオンになってからでも度々危うい状況に追いやられる事はあった。 けれどあそこまで――ギリギリの戦いに追い込まれたのは、初めてだった。 どんなに強いジムリーダーと戦おうと、四天王と戦おうと、チャンピオンと戦おうと、私は最後の最後で勝利を掴み取ってきた。けれど私が今回戦ったのは、ジムリーダーでなければ四天王でもなく、チャンピオンでもない。 「初めて負けたわ……! 負けるのって、こんなに悔しいものだったのね。やっとグリーンの気持ちが判ったわ。レッドは戦ってくれないし」 勝負がついて少し唖然としていると、その人はいきなりそう言って笑い始めた。 暫くの間は互いに負けた実感も勝った実感も湧かず、言葉を失って目の前の状況をただ見つめた。 倒れ伏すフシギソウと、立っているので最早限界なワニノコ。それをじっと見ていたら――突然、その人は声高らかに笑い始めたのである。 意識を保つのもやっとだったワニノコは、その笑い声に驚いてひっくり返った。私は慌ててワニノコに駆け寄った。ワニノコは驚きで意識を手放してしまったらしく、目を回していた。その様を見て、改めて痛い思いをさせてしまったのだと痛感する。 バトルには勝てたけど――苦戦をポケモン達に強いてしまっているようじゃ、手放しには喜べない。皆が頑張って手に入れた結果だけれど――それこそもし一つ間違えて負けていれば、こんな気持ちだけでは済まなかった。 今回は偶々、勝てただけ。私はまだ、弱い。世界にはもっと強い人がいるに違いないんだから。 「益々……アイツをどうにかしなきゃって感じね……引き篭もりなんて、あたしが許さないんだから」 その人の目には、憎しみに近いものが浮かんでいた。怒りだと思うんだけど、怖さが半端なくて、怒りなんて優しいものではない気がした。 さっきまで笑っていたのに―― 一体、何なのか。言葉からして私に対するものではなく、独り言のようなんだけど。気になる点としては、挙げられた名前。グリーンって言うともしかして、トキワジムジムリーダーのグリーンさんの事なのかしら。 もう一つ、レッドって言う名前も気になる。聞いた事があるのかないのか、正直判らなかった。記憶にはない。 けれど――何か、引っかかる。多分忘れてるだけで、聞いた事はあるんだと思う。でも、思い出せない。 「あの……」 「あ、そうだったわね。名乗るって約束だったわよね」 私に向ける目は、至って普通だった。にこりと、人のよさそうな笑みを浮かべている。でもさっきの目を見てしまったあとだから、その笑みが作りものなのは考えるまでもなかった。 この人は、何者なんだろう。 バトルに勝った今でこそ約束通り名前を教えてくれるようだけれど、負けていれば恐らく正体不明で終わっている。 しかしよくよく考えると、名前を教えて貰ったところでその人の正体が判る訳ではない。名前を教えて貰ったところで、それ以外の正体は不明の儘なのだ。 もしかしたら私の知らない所から来たジムリーダーとか四天王とかチャンピオンかも知れない。かも知れないとは思うけれど――不思議と、違うんだろうなと言う確信があった。寧ろ、私に近い人なんじゃないかと。 私はワタルさんに勝ってジョウトリーグチャンピオンとなったものの、チャンピオンであり続ける事には辞退した。私にはまだ旅を続けたいと言う思いもあったし、ラムダさんを――探していたから。 だから多分この人は、私と同じ。一度、ポケモンリーグチャンピオンになった事が、ある。 それ自体は別に、不思議な話じゃない。トキワジムジムリーダーのグリーンさんだって、一度はチャンピオンになった人だもの。 けれど――多分この人は、グリーンさんより強い。あくまで私が戦ってどちらとのバトルが苦しかったかと言う基準だから、真実は違うのかも知れない。でも少なくとも、この人の強さは、グリーンさんと同等以上のものだった。 それにあの科白から鑑みるに、この人がグリーンさんの知り合いである事に間違いはなく、多分互いに何度か戦い合ってきた仲なんだろうと思う。 「あたしの名前はリーフよ。覚えて貰えると嬉しいわ」 そう言って、その人は勝気そうに笑った。益々、さっきの目は何だったんだろうと疑問が残る。 とは言え、私が訊いていいようなものでもない。名前が判ったと言っても、あくまで一人のトレーナーでしかない。名前を最初に名乗らなかった辺りからして、他人への防壁は堅そうだし。 その後その人は、バトルで傷ついたポケモンをポケモンセンターへ連れていかず、気絶したフシギソウを抱えると、じゃあねと軽い別れの言葉を置いて、ポケモンセンターとは真逆の方へ行ってしまった。 いつもの私なら此処で一言、行く方向逆じゃないんですかと確かめておくんだけど――状況についていけずと言うか相手に呆気に取らされた儘で、何かを言う余地はなかった。 最終的に一人ぽつんとそこに取り残されて漸く我に返り、傷ついた皆を慌ててポケモンセンターへ連れて行った。 あの人は何だったのか。何の為に、私に声をかけてきたんだろう。無論、私とポケモンバトルをする為、だったんだろうけど。何か――引っかかりを覚えた。けれどそれをよく考える暇はその時の私にはなく、ポケモン達が回復すると私はラムダさんの所へ向かった。だからその人に覚えた引っかかりを、私は暫く忘れてしまう事になる。 何だったのか、と疑問は抱きながら。 しかし再会は、思っていたより早かった。 .Back ( top ) Next ( 後書き ) 今回のリーフさんはヤンデレ(笑) レッドさんの立ち位置どうしようかなと悩み中。 リーフさんとレッドさんの関係。幼馴染か、双子の兄妹(姉弟)か。 個人的には双子設定を採用したい(どっちでもいいよ) フシギバナではなくフシギソウなのは何となく。 |