20*
心がざわめく原因




 いつも通り、どうせ客はこないんだろうと高を括り、変装もすっかり怠っていた時だった。いつもと違って、客がきたのは。
 誰かがくれば、毎日がこないかと窓辺で待機して外を見ているドガースが、何らかのリアクションを起こして報せるだろうと思っていた。
 確かに、ドガースは誰かがお月見山から出てきたのに気づき、それを俺に報せてくれた。けれどそんな適当な心構えでドガースの訴えんとする事が、来客の登場までに理解出来る筈もなく。
 ドガースが何かを伝えるのを理解し、何かが現れたのかと察した頃には、もうその扉は開けられていた。
 客はこないと、決めこんでいたのがそもそも悪かった。
 いや、一応その考えは間違っちゃいない。実際、客はこないのだから。但し――客はこなくても誰かがくる可能性なら、十分あった訳で――ある訳で。あの赤毛の少年との問題もあったのに、全く俺は何も学んじゃいなかった。


「あら」

「……いらっしゃい」


 曲がりなりにも形式上店をやっているつもりなので、出迎えの定型句だけは言っておく。
 因みに入ってきた相手――より少し年上らしく見えるその少女は、開いた扉の先が想定とは異なっていたのか、観察するように店内を見回した。扉を開けた体勢を崩さずに。
 俺はそれを見てどうする事もなく、無言で何のリアクションもせず、相手の反応を待った。
 やがて少女は視線を店内の品に向けた儘、入口の扉を閉めて入ってきた。いよいよ客か、とほんの少しだけの期待を寄せて見ていると、少女はそこで漸く俺に視点を合わせた。
 少女に対する印象は、特にないようであった。と言うのも、顔に見覚えがあるような気がしたのである。しかし生憎、思い出せなかった。
 まあ思い出せなくてもいいだろうと思っていると――少女が口を開いた。


「……いないみたいね」


 独り言だった。俺に向けた言葉ではなかった。だが、気になる言葉ではあった。
 いないというと――何がだ。ピッピか? だがピッピを探すなら昼間よりも夜の方が目撃者が多いと言うのは、割とよく聞く話ではないか。
 じゃあ、何を探しているのか。
 何の用なのか、何を――誰を探しているのか、静観をやめてそろそろ行動に出ようとした時、また扉が開いた。
 中途半端に開いた口を閉じ、入ってくる人物に構えるが、俺の視界にその姿は映らず、不審に思った。風で開いたのか。しかしボロ小屋とは言え出入り口の扉だから、建て付けには注意をしていた筈で、風で開くなんて事はそうない自信があった。
 じゃあ何で開いたのかと言う疑問は、すぐに解けた。


「あ、フシギソウ。置いてっちゃってたのね、ごめんごめん」


 扉を開けたのは人間ではなくポケモンだった。しかも、身長の低い。
 扉が開いた時、俺は視点をかなり上――人が入ってきたら顔を捉える位置にしていたから、四つん這いのフシギソウは視界に入らなかった訳である。
 のしのしと入ってきたフシギソウに、少女は駆け寄ってしゃがむと、その頭を撫でた。言うまでもなく、フシギソウのトレーナーはこの少女である。
 フシギソウは頭を撫でられ、気持ちよさそうに目を細めた。


「ん……?」


 そこで不意に、脳裏を過ぎるものがあった。何か、記憶に引っかかる――いや、引っかかる記憶があった。
 何の用なんだと尋ねる科白を後回しにして考える。少女とフシギソウは、じっと二人を見る俺の視線には気づかない様子でいる。
 フシギソウ――-フシギバナ、フシギダネ。
 より少し年上そうなだけの少女。
 そこまで考えて、俺は思い出した。その少女が、知り合いである事を。いや、厳密に言えば知り合いと言っていいのかも判らない浅い関係なのだけれど。関係、と単語をするのも間違っている気がする。顔見知り、とも言えるかどうかも怪しい。
 考え思い出そうとするまで、少女を思い出さなかった程だ。少女が俺を覚えているとは思えなかった。入ってきた時の様子からして、俺に気づかなかったのは既に結果として表れている。


「お前……俺の事、覚えてるか?」


 少女の用事も気になったものの、それより真実を明らかにしたい気持ちの方が強かった。
 俺に声をかけられた少女は、思い出したように立ち上がって俺を見た。あらいたの、とでも言いたそうな目で。生憎だが、最初からいた。そこから動く事なく、不動で。
 俺の問いに対しては――言葉で応えるより先に、目が何言ってんだコイツ、と語っていた。ちょっとどころじゃなく、結構な割合で喧嘩を売っていると取れなくもない。


「いいえ、記憶にはないわ」


 一刀両断だった。考えを巡らせたのは僅か三秒。舐めてんのかコイツ。
 まあ新手のナンパかと不審がられなかっただけマシかも知れない。いや、既に十分何言ってんのと言わんばかりの視線なら向けられているのだが。
 記憶にないならいいか。俺の記憶も曖昧で怪しいもんだし、気のせい、人違いの線はある。別に確証があるんでもない。もしかしてって思った程度だ。
 もしかして――あの時の、トレーナーじゃないかと。俺に対し、実力があるのに勿体ないといったあの少女。
 と会うよりも前、ロケット団も解散してなくて、ボスもまだ失踪してなくて、俺もロケット団に入ったばっかりで下っ端だった――三年前。ハナダシディのゴールデンボールブリッジで出会った、一人のポケモントレーナー。
 そいつはその時フシギダネを連れていた。
 今はフシギソウに進化しているようだが、フシギダネ自体がまず貴重で手に入りにくいレアポケモンの為、記憶に残っていた。
 記憶に残っていたとは言え、それを思い出したのがつい先日と言うか、夢で見てしまったからだ。
 思い返すと逆に、よく忘れてたもんだと驚いた。俺を初めて負かしたトレーナーだったからって訳ではなく――既に何回か語たように思うが野心のないだらけた俺は子供の頃から負け知らずならず勝ち知らずである――勝ち知らずって肯定する程負けばかりで、勝った事など両手あるいは片手で足りるくらいの実力の俺に対し、その少女は実力があると言ったのである。
 嘘かは判らなかった。いや、九割嘘の煽てだと思った。俺を揶揄っているんだろうと。
 しかし冗談にしても、よくそんな寒い、一発で世辞以外の何物でもないと見破られるような嘘を吐いたもんだと驚いた。だから印象に残って――俺は思わず、何を思ったのか、幹部に近い道を歩み始めてしまったのである。
 その冗談に乗ってやろう、と言う気分で。そんなに笑い物にしたいなら、実際になってやるよと無駄な決意を固めた。
 何で幹部になってしまったのか、何で俺が幹部に選ばれてしまったのか、アポロは何でこんな俺をと思っていたが、俺はその冗談に付き合おうと思ったのがそもそもの始まりだ。
 アポロになるべく目を向けて貰うようにしたのだから、幹部に選ばれたのは至極当然――いや、自業自得だったんだ。


「これからどうしようかしら……グリーンに訊いた方が早かったわね……」


 何かをぶつぶつ言うそいつの足元で、フシギソウが何故か俺をじっと見上げていた。
 最初は女の動向が気になってそちらを見ていたのだが、何やら突き刺さるもんがあるなと思って視線を巡らせてみると、フシギソウと視線が合った。
 俺が視線に気づいて見返しても尚、フシギソウは視線を逸らさず見つめ続けた。俺はその視線にどう反応していいか判らず、ただ見返えすしかなかった。


「フシギソウ、行くわよ……って、どうしたのよ」

「ソウソウ」

「何? ……知ってる人だって言いたいの?」


 少女の言葉にフシギソウは頷いた。それに対し、少女の顔は面倒臭げに歪む。そして隠す事なく面倒臭いなあとぼやいた。おいおい。
 しかしそんな主の態度にもめげず、フシギソウは懸命に何かを訴える。
 のワニノコはトレーナーであるに似ているとよく思うが、このコンビはどうやらトレーナーとポケモンは似ていないらしい。もしかすると、真逆である可能性も雰囲気から窺い知れる。


「……ってあれ、何か俺、警戒されてる?」


 フシギソウはトレーナーを引き止めるのに成功したと取ると、再び俺に向き直って、また見上げ始めた。たがさっきの視線とは、何か雰囲気が違う。鋭さが混ざっている。それに加え、唸られている事にもそこで漸く気がついた。
 明らかな敵意。
 もしかしなくてもこのフシギソウは、マジで俺を覚えてて――俺がロケット団員だったってのも、もれなく覚えてるとか、何とか。
 マジかよ。


「何、フシギソウ。この人は悪人だって言いたいの? ……面倒臭いわね……ねぇおじさん、貴方悪い人?」


 訊かれて正直に答えると思ってんのか。
 この状況でそうだと肯定して――フシギソウに攻撃されるなんて堪ったもんじゃない。ドガースもいるが、相性は最悪で話にもならねぇ。


「……今はもう、足を洗ってる」

「あらそ。ならいいじゃないフシギソウ。ロケット団は解散したんだし、きっと本当よ」


 あっけらかんというか――特に気に留めるでもないとばかりに言う。その口調に、忘れている事を思い出そうという気配は感じられなかった。
 相手にしている隙はない、というのではないだろうが――必要以上に相手する必要はない、と言うような。
 しかしトレーナーとは違ってフシギソウに納得した様子はなく、不満げに短く鳴いた。


「ああでもそう言われてみれば……金の玉をくれたおじさんじゃない」

「思い出したのか」

「奇跡ね。まあでも貰った金の玉は――即行で売ったけど。どうせなら金の延べ棒をくれたらよかったのに、金の玉なんて……卑猥だわ」

「……なら口に出してまで言わなきゃいいだろ、せめて」


 そこまで思い出す必要はなかった筈だ。と言うかそれは、俺すらも忘れていた事だ。フシギソウも様子からして呆れ果てている。
 どうも――調子が狂う。初めて会ったあの時も、そうだった。
 子供らしくない子供。余裕ぶっているのは、単なる虚勢ではなく――本当に、強いから。
 あれから三年経って、更に強くなっているのだろう。何故かフシギバナに進化していないようだが。
 そしてその儘、少女は用はもうないとばかりに今度こそフシギソウを引き連れて出て行こうとして
――が先に店の扉を開けて、現れた。
 それからの少女とのやり取りから、少女とが知り合いだった事を知り、更に俺が三年前に聞いた少女の名前が本名ではなく、本当はリーフだった事を知った。
 その後そいつはを引き連れ、別れも適当に何処かへ行った。
 俺は胸に不安の種を植え付けられたように、落ち着かなくなった。










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( 後書き )

ラムダさん視点。
妄想は止まるところを知らないようです。捏造酷い。
でもほら、何かこう、知り合いだったらいいな、と思いまして……!
余裕綽々のリーフさんに翻弄されるラムダさんがいいなと。
でもやっぱり、純粋な嬢に調子狂わせてるのが一番いいんですけど。