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君の声が聞きたかった




 ポケモンセンターへ行っても、はいなかった。
 ジョーイさんの話によれば、半月前に回復の為に来たきりらしい。それからは音沙汰もなく、シロガネ山から帰ってきていないと言う。
 シロガネ山の麓に建てられたポケモンセンターの担当とは言え、ジョーイはジョーイで凄腕のポケモントレーナーではなく、最低限の実力しか持っていないのだとか。まあ職業柄、強い野生ポケモンが相手であろうと、傷つける訳にはいかないからだろう。求められるのは、あくまでポケモンと心を通わせ合える能力。
 そうした理由から、の無事を確かめに行く事も出来ず――同時に、リーフが待っている人物の安否の確認も、三年前にこのシロガネ山へ入ったきり不明の儘のようだ。


「あたし一人でなら頂上までは行けるんだけど」

「なら何でに頼んだんだよ」


 リーフが帰りを待つ人物は、シロガネ山の頂上にいるらしい。
 遠目から見てもシロガネ山の頂上には雪が積もっているのが判るのに、そんな所に人がいるとはとても思えない。そして今はそこに恐らく、もいる。


「あたしじゃ――アイツに、勝てないからよ」

「……そんな事、言ってたな。そんなに強いのか?」


 この女よりも強く、ボスの後任としてジムリーダーになったあの少年よりも強く、その二人よりも強いの、更に上を行くトレーナー。
 そこまで行くと、どれ程の強さなのか俺には想像もつかない。一体どんなポケモンを連れ、どんな育て方をし、どんな戦い方をしたらそこまで強くなれるのか。


「名前はレッド。三年前、たった一人で貴方達のボスを倒したトレーナーよ」

「……は?」


 面倒臭げに語ったリーフの言葉に、間抜けな声を出す。
 三年前は全くの目立たない下っ端で、今より三歳幼かった当時のリーフに負かされた俺は、その少年がシルフカンパニーやタマムシの地下基地に侵入してきたその場にはいなかった。だからその姿を見ておらず、アポロやアテネから話を聞いた程度でしか知らなかった。
 聞いていた話にしたって、レッドと言う名のガキが攻めてきたと聞いており性別は知らず、あの女なのだと勘違いしていた。リーフだと。
 そもそも何故リーフがあの時自分の名を名乗らず、件の男の名を名乗ったかが未だ判らない。問い詰めても、何となくと返答されそうなので言わないが。三年前の自分が何を考えていたかなど、覚えているものでもない。時効だろう。


「このシロガネ山に三年前入っていったきり、帰ってこない。一応生死の確認の為に何度かあたしもグリーンも登った事はあるんだけど、何故か頑なにこの山に引き篭もって下りてこないのよ」


 こんな山にたった一人で、しかも引き篭もるとは何を考えての行動なのか。
 まさか修行の為、とか言うんじゃないだろうな。そんな―― 一般人に想像も出来ないような実力を持って、それ以上どんな強さを求めるって言うんだ。


「会いに行けば必ずポケモンバトル……帰ってきて欲しいなら、勝てと言う始末……けどあたしとグリーンが何度挑んでも、レッドに勝てる兆しさえ――まだ見出せずにいたのよ」


 そんな奴の相手を、今はこの山の頂上でしている。ポケモンバトルを挑み挑まれて――負け続けているから、未だ何の連絡もないのか。
 あのさえ勝てない相手。三年前と言えど――ボスが負けるのは、当然だったのか。


「それより――貴方、ポケギア持ってるんでしょ?」

「ああ。でもには繋がらないだろ。電波が――」

「これだけ彼女に近づいたのよ。いけるわ」


 自信たっぷりにそう言うが、電話の電波はそれでどうにかなるものじゃない。
 そのサービスを提供している会社が、各地に電話のデータ電波が乗る専用のアンテナ類を設置してやっと、電波は移動し伝えられているのである。多分。大まかに言うとそんな仕組みだった筈だ。
 そしてシロガネ山で電話が通じないのは、電波をどうこうしてくれるアンテナが設置されていないからだ。


「いいからやりなさい」


 睨まれそう言われると、立場的にそれ以上つべこべ言えなかった。言われた通りポケギアを取り出し、アドレスの一覧からの名を見つけ、通話ボタンを押す。
 聞き慣れた呼び出し音が鳴る。だがそれは、以前の番号へかけた時に聞こえたものとは違うものだった。
 通話相手を――呼び出している。


『……もしもし』

「ん、あ、繋がったのか」


 呼び出し音が途切れ、控え目な声がポケギアから聞こえた。電話なので判りにくいが――の声だ。
 電話が、繋がった。電話の向こうでは吹雪いているのか、風の音が煩い。


『ら、ラムダさん……』

か?」

『……はい』


 焦った様子と、少し乱れた息遣い。けれど直ぐに、声は平静を取り戻す。
 どうやら思っていたより無事らしい。声で判断出来る事でもないが、いつも聞いていた声と印象は変わらない。


「お前今……シロガネ山に、いるのか」

『……はい』


 自分もそこにいるのだとは、告げない。あくまで俺はいつもの俺らしく振舞うべきだと、何故か思った。
 が今どんな状況にいるのか定かでないものの、不安にさせるような事は避けなければならない。もし今件のレッドと言う男と戦っている最中だとしたら――尚更。


「てっぺんで、戦ってんのか」

『……はい』


 少しの逡巡が見えた。何故俺がそこまで知っているのか疑問に思ったのだろう。聡いなら、リーフから聞いて知った可能性を直ぐに見出すに違いない。
 案の定か、浮かんだであろう疑問をが問う事はなかった。
 少しの間を作って、科白を考える。
 が今電話の向こうでどんな状況に置かれているのか、それを知る事は出来ないが――この山の頂上で、戦っていると言うのなら。


「頑張れとは言わねぇ。お前はいつも――頑張ってるからな」


 臭い科白だと自分でも思いつつ、そう告げる。
 俺がに頑張れと言うのは、お門違いも甚だしい。はいつも頑張ってきたからこそ、幼いながらにしてあれ程の実力を持っている。諦めていないからこそ、今もまだあの頂にいる。強敵を前にしながら。


「ただ俺は、ずっとお前を待ってる」


 は、何も告げずにいなくなった。さよならも言わず。だから俺は、あのお月見山のボロ小屋で、がもう一度あの扉を開けるのを待つ。
 殆どのものを失くしたこの人生だ。誰かを待ち続けるのも悪くない。
 は律儀だから――もし俺への愛想が尽きれば、必ずそれ相応の別れを言う。


「判ったな? 


 言葉が返ってこないので、促しをかける。すると控え目に――けれどはっきりと、はい、とその声は頷いた。その声を聞いて、俺の口角は吊り上ってしまった。
 そんな嬉しそうな――声を聞いたら、自惚れるだろ。
 そしてその儘通話を切った。もうこれ以上、言う事はない。


「もういいのね?」

「ああ」


 俺が頷くと、リーフは山に向って指笛を鳴らした。
 そう言えば俺がジョーイさんから話を聞いている間、外に出て何かしていたようだったが。
 そんな事を思いながら、リーフの見上げるシロガネ山を共に見上げていると、白い景色の中に何かの影を見つけた。


「……レアコイルに……アンテナ?」


 影の正体はアンテナを引っ提げたレアコイルだった。どうやらリーフの手持ちらしく、アンテナを持たせていたのもリーフ本人らしい。
 つまり俺とが通話出来ていたのは、俺との間でこのレアコイルが仲介をしてくれていたからか。だが普通のアンテナを持っただけで出来るもんじゃない。


「これ、シルフカンパニーで貰った物なの。調査に役立つだろうってね」

「何だそりゃ……」


 そんな秘密兵器があったのか。
 調査とは何の調査か気になるところだが、ポケモンに関する事だろうと勝手に決めて納得しておく。尋ねても何にもならない。


「じゃあ帰って、を待つとするか」


 俺に信じる事を教えてくれたアイツが約束通り、帰ってくると信じて。
 アイツが勝つ事を――信じて。










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( 後書き )

長くなり過ぎましたが。
まあ実を言うとシロガネ山でもポケギアって通話出来た気がしますけど(笑)
唯一出来ないのは四天王の部屋とかだったかな。
磁石のレアコイルにアンテナとか、ちゃんと機能するかも謎ですね。