15*
私はこの笑みを、知っている




 部屋には、私とNだけになった。
 ポケモン達もそれぞれモンスターボールに入っているので、静かで広い部屋には二人切りだった。そう認識すると、一気に緊張していけない。
 何かを言おうにも、何を言っていいのか、何と声をかければいいのか判らない。
 そう私が迷っていると。


、あっちまで行こう」


 徐にNがそう言って、私はNのあとについて赤絨毯の先へ進んだ。
 赤絨毯の先には、王様が座るような椅子がある。Nは此処に座って、プラズマ団の皆から王様と言われていたのだろうか。
 やがてNは玉座の隣で立ち止まり、振り返った。


「ついこの間まで、僕の世界はこの城だけだったんだ」


 ぽつりぽつりと、彼は語り始める。
 それは私が此処に来るまでに、女性の二人から聞いた話や玩具の置かれた部屋で感じた事から推測した、Nの今までの話と同じだった。
 小さな小さな部屋の中で、外の世界を知らずに育ったN。彼が旅を始めたのは、ほぼ私達と同時期だったと言う。


「カラクサタウンで初めて君と会って、ツタージャの声を聞いて僕は驚いた」


 そう言えばあの時ツタージャは、Nに何と言ったのだろう。
 気付いたらバトルが始まっていて、気付いたら終わっていた。そしてNが、酷く衝撃を受けた様子でいた。
 正直、あの時何があったのかよく覚えていなかった。


「ツタージャは君の事が好きだって、言ってたよ」


 Nの言葉に、私は驚いた。
 今でこそツタージャは――ジャローダは私を好きでいてくれて、私の声に応えてくれて、私の背中も押して、時には手を引いてくれたけれど。
 でも、カラクサタウンは、カノコタウンから次の町。そう離れた場所でもない。
 思い出を作るには少し距離が足りない。
 それでも――その短期間の内に、ツタージャは決心してくれていた。私と、旅に出る事を。
 私はまだあの時――迷っていたのに。不安が、いっぱいで。


「これからなんだって、言っていた」


 ツタージャは私に選ばれた時、どんな事を思ったのだろう。今でこそ、最高のパートナーだけれど。
 最初から期待されていたのだとすると、落胆される事もあったんじゃないかと――不安になる。
 いや――でもそれは、過ぎた話だ。今はもう、気にかけていない事なのだから、もう一度蒸し返しても何にもならない。


「僕の世界を変えてくれたのは、君と君のツタージャだった」


 それは――何も、私だけに限った事ではない。私が此処までこれたのは皆のお陰だけれど、その皆の中にはNも含まれている。
 Nが私の前に現れて、もう一つの真実を――傷つけられるポケモン達がいる事を教え、現実として突きつけてくれた。本来なら、目を逸らしたくなるような真実を。
 それで逃げず此処まで来れたのは、常にNがポケモン達の為に、訴え続けてくれたからだ。Nの気持ちが、私を動かした。


「僕の世界はなんて小さかったんだろうって、思ったよ」


 この城の、あの部屋だけだった筈のNの世界は、その自らの足で歩く事で一歩ずつ、一歩ずつ広がっていった。
 私達の出会いは互いに、きっかけだった。世界が広がる為の、世界を知る為のきっかけ。


「だからもっと広い世界を見たいって、思ったんだ」

「――え?」


 そう言うとNは、モンスターボールを取り出し、そこからレシラムを出した。予想しないNの行動に、私は目を丸めつつ見守る。
 レシラムは静かにNを見つめ、Nは徐に壁を指差した。
 ――何を。
 そう、思うと同時だった。レシラムが、その壁を壊したのは。


「何を……」

「レシラム」


 Nとレシラムの行動に戸惑っていると、Nはもう一度壁を――いや、壊した壁の先を指差した。レシラムが壊した壁の先は、何もなかった。外、だった。
 しかし此処は城の三階なので、恐らく地面からは相当離れていて、崖のようになっている筈だ。
 そしてレシラムはNの指示通りか、その壁の向こうへ出て空中で待機した。




「……N」


 Nはレシラムから視線を外すと、振り返って私を見た。
 私は何を言っていいのか判らず、言いようのない不安を抱えて彼の名を呼ぶ。


「君は君の信じる理想と真実を叶えるんだ」


 笑ったNの表情は、晴れ晴れとしていた。
 ――私はこの笑みを、知っている。


「僕は世界を見てから、真実を知った上でもう一度理想を追いかけてみるよ」


 私の――理想は。
 私の――真実は。
 ポケモンと人とが共存し、支え合って生きる姿が私の知るこの世界の真実で、この先も変わらずずっとそうあって欲しいと言うのが理想だと、思う。
 私が戦いを通して、Nに伝えたかったのは――それだ。


「だから――さよなら、

「え――」


 一方的な、別れだった。私は何も言えず声を漏らしただけで、彼の名を呼ぶ事も出来なかった。 
 そしてNは私の言葉を聞かずにレシラムへ飛び乗り、私に背を向け振り返る事もなく飛び立っていってしまった。
 私はただ呆然と、その場に立ち尽くす。
 ああやっぱりと、心の奥底で思いながら。納得する自分を認識しながら。


「さよならじゃないわ、N……またね、よ」


 そう――私は独り、呟いて。彼のいなくなった空を、ぽっかり空いた壁から暫く見上げていた。
 彼の――あの、笑顔は。これからの旅に期待を抱く、その表情に間違いなかった。そしてそれは、旅立ちの日に私も浮かべたものと、同じだった。
 彼の旅は、これから始まった。










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( 後書き )

駆け足になった気がしなくもないですが、終わりました!
普通の終わりですね……至って普通です。
レシラムに前以て壁壊して貰うの忘れとか、ソンナコトナイデス。
続きからは全体を通しての後書きになります。
興味がある方はどうぞ。ぐだぐだ語ってます。