14*
欠けた夢のひとひら

 少しの間を置いてから、そのあとどうなったのと――シモンに尋ねた。シモンは、私のその言葉を待っていたようだったから。
 ちらりと私を見たあと、再び前を向いた。


「結局アンチスパイラルが何だったのか、判らない儘終わったが……当初の目的は月をどうにかする事だ。だから、そのあと直ぐに月を支配した」


 月が地獄の使者となると言うロージェノムの言葉を聞いて、シモンは宇宙へ出た。
 月を地獄の使者へと変えたアンチスパイラルは、何も言わずに彼の前から消えてしまったらしい。その月が元々はロージェノムの旗艦を偽装させた物である事を。
 そして螺旋力危険レベル二段階目に達した時、その月が落ちてくるのだと――言わずに。


「支配したって事は……君は、月が偽物だって知ってたの?」


 考えていると、シモンの言葉の違和感に気付いた。
 月が本物なのならば、支配するも何もない。基本的に、月には人工的な物は何もないのだから。でも偽物だと知った上での行動だと言うのなら――言葉の違和感も、なくなる。


「ブータが教えてくれた。地上にいる間、アイツはロシウに引っ付いてたんだ。そしてロシウ達が発見したロージェノムの遺産のコンピューターから、情報を見つけ出したらしい」


 ブータはその頃から既に、シモンの為に行動を開始していたのか。どんな想いで、彼を支えていたのだろう。
 まだ人型になったばかりのブータは、幼いながらに頑張ったのだと思う。獣からいきなり人型になって、苦労も沢山あっただろうに。


「カテドラル・テラもといこの超銀河ダイグレンの存在は、月だったコイツを支配した時点で、地上にも知られた。いきなり空にでっかい戦艦が現れたんだ。気付かない方がおかしいよな」


 そのあと、ロシウから連絡があったらしい。しっかり者の彼の事だから、一番に連絡したのだろう。何があったのか――知る為に。
 シモンは、それでもロシウに何も言わなかったのだろう。ロシウも、シモンが話そうとしないのを判った上で連絡を寄越したのだと思う。だからロシウは、シモンではなくブータに詳細を訊いたのだろう。シモンの、ブータはロシウに引っ付いていたと言う話から推測すれば。
 そしてロシウは大体の話が判った上で、クルーをシモンに派遣した。
 シモンは詳細を今の言葉以上を語ろうとしなかったものの、大体のこの予測は当たっている筈だ。でなければ、どうやって宇宙に出てから一度も地球に戻っていないシモンの傍に、クルーがいるのかの説明がつけられない。些細な話と言えば、そうだけれど。
 超銀河グレンラガンはそもそもが大きい為、移動の基本はワープだ。ロージェノムの遺したコンピューターのデータを引っ張ってリーロンがどうにかすれば、地球からこの超銀河グレンラガンへの転送システムを作る事も出来ると思う。
 出来るとして――それでも今此処にグレン団のメンバーがいないのは、シモンが地球から離れたからに違いない。ワープの距離にも限界があるのだろうし、何よりシモンが――拒絶、しただろうから。


「けど……判らないな。アンチスパイラルを倒したのなら、敵はもういないじゃないか」


 なのに、シモンは今も戦っている。その戦っている相手を、私はよく知らない。知ろうにも、彼らは詳細を教えてくれない。
 ただ全て敵なのだと――言って。


「天の光は……全て敵だった」


 アンチスパイラルを、倒したあと。
 アンチスパイラルの力に抑制されていた他の星の螺旋族達が、シモンの前に現れたらしい。彼らは、シモンとアンチスパイラルとの戦いを見ていたと言う。


「俺が暴走するのを恐れた愚かな連中が、攻撃を仕掛けてきた。一丸となってな。否応もなかった。俺は理由もなく、新しい敵に祭り上げられたんだ」


 自嘲気味に、また笑う。いや、嘲っているのはどちらかと言うと己ではなく――敵である、者達に対してか。
 言葉に耳を貸さぬ、愚かな者達。ただ死に急ぐようにやって来る、愚かな螺旋族。
 彼らはアンチスパイラルと戦うシモンの姿を見ていたからこそ、シモンの敵になった。その脅威が
――此方に、向かないようにしたいが故に。
 確かに、シモンとブータのたった二人で、宇宙そのものとも言えるアンチスパイラルを倒したのは、脅威になっただろう。それは今まで抑圧していたアンチスパイラルよりも、力を持つものなのだから。


「アンチスパイラルは元々、宇宙で一番発展した螺旋族だった。そして俺の螺旋力は、それを凌駕した。俺が今以上の力をつけるより早く、連中は始末しようとしたんだ。俺がアンチスパイラルと、同じ存在にならない内に」


 もう二度と、その恐怖と絶望を味わいたくないと望んだが故に。
 しかしだからと言って、シモンがその心を受け入れる筈がない。そんな、エゴの塊以外の何物でもない、理由のない理由に。
 精一杯生きようとして、己の居場所を求めた結果がこれだなんて――酷すぎる。現実はいつも残酷に出来ているとは言え、これではシモンが何も信じられなくなったのも仕方ないとすら、思えてしまう。
 生きたいと望むのは、誰だって同じなのに。


「面白いよな。どんなに敵を倒しても、必ず新しい敵が現れる。無数に。正に……無量大数だ。星の数だよ」


 そうしていく内に、彼は己の居場所を見失い始める。ただ戦う事だけに、生を感じていく。最初の気持ちを、いつか忘れ去ってしまう。
 それを、私は認めたくなかった。今の彼はあの頃と違うのだと認めるのが厭だった。
 彼は――何にも変わっていない。シモンは、シモンの儘だ。戦う意味をその心に刻んだ上で、彼は戦っている。
 彼は、カミナの言葉を忘れていない筈だ。彼が、忘れられる訳がない。


「だが結局、どんなに数が多かろうと連中は小さな集まりに過ぎない。俺はその光を、食い潰していくだけだ」


 自分自身の為に、そして皆がいる星を護る為に。
 どんな犠牲を払おうとも、その為にならなんだってやる。犠牲は既に――払った。カミナと言う、大きな心の魂を。
 こんな話をしていると、揺れそうになる。知りもしない天の光に、同情してやりたくなる。シモンの言い方だけを聞いていると、まるで彼が悪役のようだ。いや、そう振舞っているのだろう。
 いつか己を殺す誰かを――求めるように。


「だからもう……地球には帰らない。帰らないと決めた。俺の居場所は、もうあそこにはない。俺の敵は、この空の星……宇宙にしかいない」


 その言葉は、アンチスパイラルが再びシモンの前に現れた時に――私に対してのみ、言ったもの。
 星を護る為に戦うのなら、此処にいるしかない。此処に、敵がいるのだから。昔を懐古して帰りたいと思っても、それは望んではいけない想い。
 もしあの場所に帰れば――後戻りも、出来なくなるだろうから。
 シモンにとっての地球は最早、行ってはいけない場所。帰りたくても帰れない場所。皆がいるからこそ、護りたいと思うからこそ、彼は帰れない。


「その心を知られたくないから、君は一人になったんだね。グレン団の皆は優しい……君の本心を知れば、彼らはまた君を求める」


 シモンの心を、全く知らずにいる訳ではないのだと思う。そんな、外見だけ見て決めるような者達ではなかった筈だ。
 そんなやわな繋がりで出来た、者達じゃなかった筈だ。
 共に戦うその姿を、傍で見てきた訳ではない――けれど。


「でも君は、否定され続けたいんだよね……今更、馴れ合いたくない。彼らを受け入れる事は、今までの自分を否定する事になってしまうから」


 受け入れる事は、後悔に繋がる。後悔は、迷いを齎す。
 これが自分の決めた道――自分が信じて進む道なのだと、自信を持てなくなる。そうすれば、あの星を護れなくなる。


「見失う気が、するんだろう? 戦いを忘れた自分が、どうなるのか。必要とされなくなるのは、目に見えている……」


 それは、私が別次元のシモンの傍で見てきた、彼の葛藤。
 引っ張ってきたのは自分だった筈なのに、いつの間にかあとから続く者に追い越されている自分がいた。立ち止まって、道を見失っている自分に気付いた。だが進もうにも、道が見えなくなっていた。
 そんなシモンを――私は、見た。
 そのシモンと今目の前にいる彼は別人だと言えばそうだけれど、根本的には同じなのだと思っている。悩む事も、その心に抱く想いも、同じ。


「そんなんじゃねぇよ。ただ、戦うしかないからだ。戦う事でしか、この力を使えない。誰かの感情を相手にするのも厭だった。迷えば……俺はこの力に呑み込まれる」


 誰かの感情を相手にしたくない――か。
 確かに今の彼の戦いの中に、相手の感情らしいものは全く紛れていない。顔も名前も知らない、敵と言う名目しか与えられていない。
 それ故、迷いもなく倒していける。


「戦う時には、自分を信じるしかないからな。俺個人としては、この状況は救いなんだ」


 だから、迷いがないのか。
 それが世界を――あの星を、そして宇宙を救う事になるから。たとえ何人敵を倒そうとも、知らぬのだから感情移入もしない。
 ただひたすらに、その想いだけで走り抜けられる。


「……俺が死ねば、宇宙は救われるんだろうと思った時もあった。連中が敵を見做しているのは俺だけだ。大グレン団でもなければ、あの星でもない……」


 シモンの持つ螺旋力が宇宙の、そして螺旋族にとっての脅威になるから、彼らはシモンを殺そうと戦いを吹っかけてきている。
 そしてシモンは、生きる為に彼らを倒している。


「それでもこうして、敵を倒してまで生きているのは――兄貴に、殴られたからだ。兄貴だけは……俺に生きろと言ってくれた。俺の分も生きろとは言わねぇ。だがな、死ぬなら笑って死ね。満足して死ね。兄貴はそう言って――笑ったんだ」


 あの、多元宇宙迷宮の中で。シモンの葛藤も、世界を脅かすその力も知りながら。
 もしもカミナが生きていたとしても――彼は、そうしただろう。カミナの螺旋力はシモン以上だったと思うから――生きていたとすれば、カミナも同じ葛藤を前にした筈である。
 自分が、死にさえすれば。
 でも世界はそれを、望むのか。そもそも世界に、意志はあるのか。世界は――生きる者の心が、作り上げていくものじゃないか。


「兄貴は……今でも、こんな俺を信じてくれている。兄貴がそうしたように……俺も、生きる。たとえそれが、間違った道だろうと。俺は俺を、信じて進むだけだ」


 彼は迷いながら――もう、道を見つけた。いや、それは元々だ。彼に迷いなんて、元々なかった。
 今更彼を迷わせているのは――彼が見たと言う、夢だ。彼が見た夢が、迷いを作って後ろを振り返らせている。後悔の種を、植えつけた。
 真っ直ぐな彼を、迷わせる何か。それは――何なのか。


「そう信じようとしても……信じきれない時が、あるんだね」

「ああ……そう、なんだ」


 弱々しい声で、彼は頷いた。それを、私は痛々しく見ているしかない。
 彼は最初、ただ黙って聞く事を私に望んだ。けれど私は耐え切れず、彼の言葉を待つ事も出来ず、その先を急いでいる。
 まるで彼の――傷をえぐるように。


「誰からも慕われたアニキを思うと、やっぱり今の俺は違うんじゃないかと思う。俺は兄貴が信じるにたる男なのか……不安になるんだ」


 いつもいつだって、カミナの言葉が彼の背を押している。そしてそれは時として、歩く先を迷わせる。
 カミナはそれを、知っていただろうか。信じられる事の重みを、知っていただろうか。
 俺が信じるお前を信じろだなんて――何故カミナに信じられているのか、シモンは知らなかったのではないか。明確な理由は、必要だったのではないか。


「……夢の中で……俺は、大グレン団の連中といた。一緒に、アイツらと戦っていた。兄貴はそこにいないのに……兄貴の代わりに皆を引っ張っている俺が、そこにいた」


 やっとの事で、その言葉を搾り出した。長い長い吐露は、この言葉を言う為の糧だった。誤魔化して終わらせようかと悩みながらも、矢張り結局話さねば落ち着かなかったのだろう。
 一際辛そうに目を細めて、その儘腕の中に顔を埋める。足も丸めて座っている彼は、まるで小さな子供のように見えた。
 弱い――誰かの庇護を求めるような、子供に。


「だから君は……皆を思い出したんだね。信じられなくなっても……それは、忘れる事ではないから」


 カミナが、多元宇宙迷宮の中でシモンに言ったように。
 そして信じられないからこそ、忘れられない。そして信じられないからこそ、彼らは未だに自分を信じているのだろうと思って――忘れられない。
 シモンは今も、その葛藤に苛まれている。


「あの時振り返っていればと……後悔してるのか」


 あの時、もしも。そうしていたら。そうしていれば。
 過去を振り返れば振り返る程、忘れようと思えば強く思う程、後悔は津波のように大きくなって押し寄せる。そして迷いだけを残して、去っていく。


「でもシモン……悩むのは、君らしくないよ。君は、カミナの言葉を信じればいい」


 悩むなとは、言わない。でもそれは、君がいつまでも悩んでいていい事なのか。シモンなら、そこは吹っ切るところだと思う。
 と言っても――シモンだって、人間だ。私と同じ。
 意志を持つ以上、悩みの種は一生尽きない。だから悩んでいい事だのと悩むべき事だの、そんな区別はありえない。ありえないと――判って、いるけれど。
 シモン自身、そんな事で悩むのは自分じゃないと、判っている筈だ。
 そんな事でいつまでもうじうじ悩んでいたら、また昔の――カミナを兄貴とすら呼べなかったあの頃に、戻ってしまう。 そうならないように、悩んで進もうとしている筈なのに。


「カミナが殴ったのは、今私の目の前にいる君じゃない筈だ。前を向かずに歩こうとした君を、カミナは殴ったんじゃないのか?」


 折角、此処まで来たのに。折角、前を向いて歩いていたのに。
 また昔に戻りたいのかと、その心に問いかけた。
 シモンが心からそう望むのなら、カミナもそれ以上何も言わなかっただろう。けれどカミナはシモンの心を知っていたから、殴ったのだ。
 はっきりと、それがお前の求めるものじゃないだろうと、示した。


「今此処にこうしている、君が君なんだ、シモン」


 いつか聞いた言葉を、彼に言う。彼は私の言葉に僅かに反応した。
 僅かに顔をずらして、腕と髪の毛の隙間から、私を横目で見やった。その目は探るように、私を見つめる。


「……それは、受け売りか」

「うん。私が言われた言葉ではないけれど、君が言った科白だよ、シモン」

「……別次元の、俺か……」


 ニアから、聞いた話。
 シモンには何も言わずに終わったけれど、シモンがどう言う風にカミナの死を乗り越えたのかは、ニアから聞いていた。
 ――今此処にこうしている、ニアがニアなんだ。だからニアは、ニアらしく生きればいい。俺も、俺らしく生きるよ。
 そう言って、彼は照れ臭そうに笑ったのだそうだ。飾り気のないその言葉が、真っ直ぐとニアの心に響いたのだろう。
 己の言った科白でもあり、言った科白でもないシモンにとって、複雑な心境になったと思う。
 別次元の――幸せを知った、自分。でも私は、アンチスパイラルとの戦いのあとの彼の話を、彼にはしていない。だから私の語る別の自分を、彼はただの幸せな己と受け止めている筈だ。
 しかし自分だからこそ、憎みたくても憎めない。どんな道を歩んだとしても、それは矢張り己である事に変わりないのだから。


「そうか……あの時振り返って、アイツらを信じ続けた俺が……いるんだよな」


 この宇宙の、何処かに。幾重にも連なる次元の向こうには。
 自分の掴めなかった未来を、掴んだ自分がいる。


「だがだからこそ……これが俺の選んだ道だと、言える」


 沢山の自分がいるこの多元宇宙の中の、たった一人の自分自身。同じ道を歩まぬ己がいるのだと思えばこそ、複雑な心が答を導き出す。
 顔を上げた彼は、片手で作った拳を見つめた。力を入れて、自分自身を確かめる。


「それに……グレン団の結束は、そんな柔なものなの? 君が言うように、拒絶したのが君だと言うのなら……彼らは、君を待っているよ。君が、彼らを受け入れるのを……」


 君が一番、皆の気持ちを判っているのだろうに。
 ――それでも君は、彼らを求めないのだろう。それが己の選んだ道なのだと、言って。君は何があろうと、再び彼らを求める事はないんだろう。
 彼らを、想っているが故に。たとえ彼らの気持ちを、知ろうとも。
 だから――私は君の傍で、その心を見つめ続けたい。そしてその君の答を、せめて私だけでも知っておきたい。


「君のその心が、彼らに伝わるといいね」


 私が持たない、その仲間との気持ち。人間同士の通じ合う心。
 ただ魂を共有しているだけでは気付けない、気持ち。別々の心を持つ者同士だからこそ、分かり合える事と――分かり合える大切さ。
 どんなになっても、君は私が持てないその絆を、持っている。
 皆の心を知っているから、どんなに迷っても見失っても、前を向いて進む事をやめない強さ。一人ではあるけれど、独りではないその違い。
 想う誰かを持っている君が、そして誰かを想う君が、私は好きだよ、シモン。
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( 後書き )

アバンを喋らせれば喋らせる程、アバンを見失っていく今日この頃。
アバンは……もっと……やさぐれてるべき、ですか……?
どうしても艦長になる。けど艦長は多分、こんな葛藤しないんだろうなあと思う。
葛藤自体はするでしょうけど、根本的な悩みはもうないんだろうなあと。
兎に角……なんか、えと……よく判らない儘終わってすみません。
何話書いても書き慣れません。
妄想を肯定しつつある筈なのに、迷走してしまう。
アバンの信念らしきものも、結構明確にしてきてる筈なのに、
未だ同じ悩みを抱えさせてしまいます。
自分の無秩序な妄想で此処まで頭を悩ませたのは初めてだ……。