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幼い頃見た夢を、もう一度
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私はまた、無人のブリッジにいた。 この艦内で唯一空を見上げられる場所であり、世界を感じられる場所だから――此処最近は、気付けば此処にいる。勿論、無人なのを確認した上で入る。 いつかシモンには、入らなければ無人かなんて判らないと言ったが、あれは嘘だ。ある程度は気配で知れる。特に此処のクルーは気配を消すような戦術の訓練はされてないから、気配は探り易い。それはシモンにもブータにも言える事だった。 ――だから私は扉が開くと同時に振り返り、入ってきたシモンを即座に視線で捉えた。 シモンはブリッジに私以外いない事を確認した上で、眉間に皺を寄せた。また勝手に入りやがってと言いたいのだろう。しかし私を判っているのなら、言うだけ無駄だとも判っている筈で、案の定シモンは何も言わずに入ってきた。 「何をそんなに懐かしんでいる?」 「……懐かしむ事なんてないよ」 いつになく、シモンの目には怒気が滲んでいる。それに気付きながら、私は彼を見据えた儘嘯く。私の言葉を聞いた彼は、更に不機嫌そうに睨んだ。 ――いい加減、焦れてきているか。 「お前にも、帰る場所はあるんだろう」 「そんなものはない、と言いたい気分だけど……そうだね。いつまでも旅をしている訳にはいかないし、何事にも始まりがあれば――終わりがある」 此処に来る前は――今目の前にいる彼に会い知るまでは、私が生まれ育った世界が私の帰る場所で、きっといつか帰るのだろうと漠然と思っていた。 けれど元々、帰る場所を意識して旅をしていた訳ではない。それは、この世界の旅を始める前から言えた事。 結局私に帰る場所などなく、私が何処に落ち着き、そこを終わりにするかと言う問題なのだ。 「何処で終わりにするのか、それはまだ決めていないから判らない。もしかしたら、許の世界へ帰らない道を、選ぶかも知れない」 此処に残るかも知れないと――断言出来ない自分が恨めしかった。どんなに悩んでも、答は一向に見つからない。私の心の望みが、判らない。 だから彼の想いにすら、応えられない。 「だが――お前を待ってる奴は、いるんだろう」 「……それは」 彼の意思が、たったその一言で見えなくなった。言葉に詰まって彼を見やるも、彼の双眸は容赦なく私を射抜いている。直視出来るものではない。 普段背中越しに話しているものだから、直視されると何も言えなくなる。真っ直ぐ見て欲しいと――思った時も、あったのに。 螺旋の瞳に、身が竦む。 「いい加減お前も、現実と向き合え」 「……シモン」 「現実と……自分と向き合え。気付かないふりをするな。じゃないとその内、後悔するぞ」 いい加減と言う言葉に含まれた――シモン自身が自覚している、己の姿が見えた。今私の前にいるシモンは、この次元で会った時から――変わっている。 言葉がしっかりしているのは、変化があったからか。私の気付かぬ内に、いつの間に。 「逃げるのが厭な癖して逃げて、楽しいか? ……前に進め。上を向いて歩け!」 まるでその言葉は、シモン自身が自分に対して言い聞かせているように聞こえた。けれどそれは飽く迄私が感じた印象であり、シモンは私に対して言っている。カミナがシモンに言った言葉を、私に。 彼は紛れもなく――迷いのないカミナの意志を、継いでいる。 「そう言うけど、君だって……」 「俺は、お前に教えて貰った」 「……え?」 彼も彼なりに前に進んでいるのだとは、此処に来て彼と言葉を交わして判った事だった。どんな絶望を目の当たりにしようとも、彼は彼でシモンなのだと、強く感じた。 既に彼は――自分との決着を、終えている。ニアが現れなかった分、長い間苦しむ事になったようだけれど。 ――それでも矢張り、彼の中にはまた燻っているものがあった。グレン団の仲間達との、けじめ。いや、彼らに対する己の態度に関するけじめだ。 彼らとの関係を断ち切ってまでやってきたシモンは、その想いを誰にも告げずにきている。ヨーコ達元グレン団は誰一人として、シモンの宇宙にいる理由を知らない。知ろうとするのを――シモン本人が、拒んだが故に。 そして拒んだのが自身であるシモンにとってそれは今、大きな苦悩の種となり、振り返れない理由になっている。 だが過去はどんなに足掻こうと、なかった事には出来ない。カミナの死が、消えないように。 シモンは今も尚、ヨーコ達といた頃を振り返れずにいる。彼らを拒んだのは自分で、彼らにも地球でやる事はあるのだと認めた今でも――矢張り恐ろしいのか、彼は今も一人で此処にいる。ヨーコ達とのコンタクトを取る様子もない。 だから彼も――まだ逃げているだと、思った。思って、いた。 「俺はお前に希望を貰った。夢を貰った。お前は、俺に教えてくれた。俺が此処にいる理由を。俺も気付かない俺に気付いて、俺に答をくれたのは……お前なんだよ」 小さく笑ったその表情が――その言葉と態度が虚勢ではない事を物語っていた。彼は単に、私を説得し納得させる為に言っているのではないと、否応もなく気付かされる。 ――でも私には、判らない。判らなかった。 寧ろ彼の悩みの種を増やしているんじゃないかと、思っていた。そう思いながら彼と言葉を交わしていた。 しかしそう思いながらも彼に語りかけ続けてきたのは、それが彼の為であり、彼が前に進み上を向いて歩くきっかけになればいいと――思っていたからだ。 でもその想いが叶っているとは、思っていなかった。彼を責めてばかりいるのではと、思っていたから。 「だから今度は、俺が教えてやる」 真っ直ぐと私を見る彼を、見ていられなくなった。責めているのではないと判っていても、そうして視線を逸らす事が逃げる事になるのだと判っていても、反射的に下を向いてしまった。 それでも彼は、私を見つめている。 「何を迷っている。迷う事があるのか? 答はとっくに出てるんだろ」 「出て……ないよ」 搾り出す声は弱々しく私らしくない、と思う自分がいた。世界の旅を始める前の、自分の弱さに気付いていなかった自分が、今も強さばかりを求めて私に訴えかける。 こうして旅をして自分の弱さを知り、認めなければならないと判っていながら、未だに前に歩み出せずにいるのは、その己が今も強さを求めているからだ。完璧な強さなどなく、力のみの強さなど仮初に過ぎないと知った、筈なのに。 ――本当の強さは心に宿るものだと、教えられた筈なのに。 未だ己の心の強さを、見つけられずにいる。 「信じてやれ。お前を信じる、そいつを」 「……シモン?」 「そいつはお前を信じて……待ってるんだろ?」 一瞬で、彼の意図を見失う。顔を上げて彼を凝視してみるも、彼はただ私を鋭い目で射抜いている。螺旋を描くその瞳は、私に感情を語らなかった。 ――シモンは、私にアイツを信じろと、言っている。あの、男を。 世界の旅を続ける限り、私の目の前に現れる事のないあの男。旅を始めた頃は一ヶ月経つ毎に、ああいないのだなと実感し、その度に空を見上げていた。 その向こうの何処かにいるのだと、思って。空は何処かで繋がっているのだと、思っていたから。 空を見上げながら、何処にもいないその姿を、何処にいても感じていた。アイツがいなくて清々したと、戯言を並べながら。 ――でもそんな私の葛藤に、何故シモンは気付いたのか。 今までにもよく、空を見上げて何を見ているのかと指摘されてきた。でもその理由を確かめた人物は、いなかった。それ以上の言及をしてくる者はいなかった。それは、私が何も言わず拒んだから。私を知る人々は、その想いを掬ってそれ以上踏み込んでこなかった。 気付く事を拒む私に、彼らは気付いていたから。 そんな私にいい加減、焦れたんだろうな――シモンは。いい加減現実と、自分と向き合えと言ったのは――そんな意図が、あったからか。 私が彼の、彼自身が気付かない彼に気付いたように――彼もまた、私が気付かぬ私に気付いた。そして私が彼にそれを告げてきたように、彼も今、私に語りかけている。 私の、心に。 「命にも感情にも気持ちにも、永遠なんてない。永遠は虚構だ……それを一番知ってるのは、お前だろう」 いつかを恐れ、歩みだせぬ私を見て彼は言う。永遠なんて下らないものだと、いつか私が誰かに言ったように。 彼は私の心を確かめるようにゆっくりと、言葉を紡いでいる。自分自身とも、向き合いながら。 「だからこそ……一瞬だけ信じてやれよ。その時間が一瞬か永遠か……それを決めるのはお前自身なんだからな」 私が何故あの男を信じられず、悪魔達を未だに選び続け、旅を終わらせずにいるのか――まるで判っているかのように、彼は言う。 私の命は有限であるのに対し、アイツに時間による死はない。だからいつか私はアイツに捨てられるのだろうと、思った。寧ろアイツは、永遠を欲しない私に惚れたのだろうから――永遠はどうしても、受け入れられなかった。認めれば、アイツはそんな私に失望するだろうから。失望してアイツは私を拒み、私はひとりになる。 ――だから、信じられずにいる。 こわいんだ。こわくて、しかたない。 信じられずにいて、それが怖くて、今もまだ旅を続けている。帰れずに、いる。 「俺はお前を信じてる。お前を信じる俺を、俺を信じるお前をな……」 ――もう彼しか、見えなくなった。 強張っていた体から力が抜けていく。そして、彼の意志が――漸く、見えた。 彼が語り出した段階でそれを認めたくなくて、しがみついていたのだけれど、彼の意志は揺るぎないようだ。彼は私に道を、指し示してくれている。 ――これから先、私が後悔せずに歩める道を。私が葛藤して迷って歩めずにいる道に、自信を持てと彼は言っている。 「今なら……判る。あの俺の、あの時の気持ちが」 「あの、俺……?」 「お前が俺に会う前に会った、別次元の俺だ」 いきなり告げられた言葉に、耳を疑い言葉を失くした。 今まで――何度か彼に、その彼の話をした事はあった。彼は少し興味があるようにしつつ、その一方でそんな別の自分を嫌悪しているかのようで、結局そんなもう一人の自分に対しどう思っているのか私には判らなかった。 しかし今彼が言った科白の深い意図を私は汲みかねていた。 何故いきなりそこで、あの彼を持ち出すのか。そしてあの時とはいつの話を指しているのか。そもそも私が話した内容なんて一部でしかない。今目の前にいる彼は彼で、あの彼と同一でありながら違うのだと思うと、私の中で彼と彼は別々の存在になった。 ニアに出会ったシモンと、出会わなかったシモン。 矢張りニアの存在は偉大と言うか大切で、ニアが消えてしまったあとのシモンが何も求めなかったのは、彼女が彼女だったからのだと、今更ながらに気付いた。 そんなニアとシモンだから世界を変えられたのであり、世界を変えなかったのだと。 けれど今私の傍にいるシモンは、ニアに出会わなかった彼だ。 「言っておくが、俺はお前の話した以上に、あの俺を知っている。ずっと夢で……見ていたんだ。ただお前が現れてからは暫く、見なくなっていた」 彼の吐露にはっとする。 いつか彼が弱さを見せたあの時を思い出す。グレン団の皆を、ヨーコを拒んだ彼が見た、グレン団の皆とヨーコと力を合わせて戦う己の姿の、夢。今彼はその夢を、再び語っている。 「本当は、知らないふりを通すつもりだった。俺があの俺を知ってるんだと知ればお前は、余計な悩みを抱えるだろう?」 どうして君には――私が、判るの。私はまだ、君を理解出来ていないのに。私自身すら、理解出来ていないのに。 ( 後書き ) 長くなるので此処で一旦区切り。 下手したら三話とか行きそうな気配です……最終話なだけに。 夢語りシリーズとしても、此処が若干佳境なところもあります。 私個人としては、此処が最後のトリップ世界と言う気持ちで書きました。 なので異世界へけじめをつける為に、かなり長くなりました。 |