59*
夢の君の涙の理由

 とある町の普通の食堂の窓際のテーブルで。
 彼女とゼロスは、向かい合って座っていた。彼女はゼロスと視線を合わせるのが厭と言うように、視線を窓の外に向けて。


「私が泣いたらどうする」


 頬杖をついてぼーっと外を眺めながら、唐突に彼女はゼロスにそんな話題を振った。視線は窓の外に注いだ儘。
 その為、彼女のその唐突な科白に、ゼロスが一瞬目を丸めた事に彼女は気づかなかった。


「抱き締めます」

「判った。泣かない」

「えっ」


 一先ず彼女の真意が知れない為、驚いた感情を隠していつものペースで笑って返せば、気持ちを遮るような速度で了解の返答を食らう。
 柄にもない話を始めたのは彼女だったにも拘らず、いつも通りの返しで逆にゼロスは戸惑ってしまった。


「あの……話はそれだけ、ですか?」

「それだけだ」


 泣いたらどうする――そんな問いかけをするに至った経緯と彼女の思考を知りたいと思いつつ、恐る恐る尋ねてみる。
 だが変わらずいつも通りの端的な言葉が返ってくるだけだった。


「どうしてまた、泣くかも知れないと言うような話を?」


 彼女は強がりで自信家で頼る事をしない。昔から、何かと泣くのを我慢する人物だとゼロスは思っていた。
 実際のところ、十二歳の頃からの付き合いにも拘らず、幼い彼女に対してさえ泣き顔を見た事がなかった。
 そんな中、成長した彼女の泣き顔を見る状況はとても想像出来ない。
 だが問いかけるからには、何かしら泣きたい事でもあったのではないか、泣きたいが我慢しているのではないかと、考えずにはいられない。


「泣く子供を見てふと思っただけだ」

「何処にいるんですか?」

「もう何処かに行った」

「はあ」


 窓を見ていた彼女だったが、話のきっかけを尋ねるとさっと逃げるように窓から視線を逸らした。
 そして代わりにゼロスが窓の外を見た時、外には泣いている子供の姿はなかった。


「……さん、嘘が下手になりましたね」

「今私が、見抜かれないような嘘を頑張って考えているとでも?」


 彼女の態度から、外に泣く子供がいてそれを見て思った――それは嘘なのだろう事が読み取れた。
 話が唐突なのはいつもの事だとしても、彼女が嘘だと判るような嘘を態々吐いて誤魔化そうとする姿が、余計どうしたのかと気になる要因になった。
 だがゼロスの指摘に対し視線をゼロスへ戻した彼女の視線は、いつも通りだった。若干の怒気――指摘された図星による怒りを滲ませつつも、彼女らしい強気さだった。


「ならもう少し、素直になりませんか?」

「君相手に素直になろうとはとても思えないね」


 彼女が嘘を吐いた理由を何となく察しながら、何とはなしに嘘を吐かずに表に出さないかと話を持ちかけてみる。
 しかし案の定、彼女は取り付く島もなくそっぽを向くだけだった。


「僕とさんの仲なのにですか?」

「私と君に仲なんてあったっけ」


 茶化して言えば悲しくなるような言葉が返ってくる始末で、ゼロスはいつもの笑みに苦味を滲ませるしかなかった。
 相変わらず――少し感情に揺れているかと思っても、その心は固い。
 その壁は固く、彼女は頑なに壁を壊す事も境界線を越える事も拒む。


「泣く子供と言えばって訳じゃないけど、子供の頃の私はどうだった?」

「唐突ですねえ」


 一体何を思ってそんな話をしようと思ったのか、彼女の意図を知りたいところだったが、こうなると彼女はどんなに訊いても話してくれないので、大人しくその話の流れに乗る。
 下手をして話を打ち切られる――それだけは、避けなければならない。


「昔から泣かない方でしたよね」


 昔の彼女を思い出しながら、そう感想を漏らす。
 思い返してみても、彼女が泣く姿は見た事がなかった。今は勿論、子供の頃でさえ。当てもない旅の中、一人で魔族と言う相手と渡り合わなければならない境遇にいながら、彼女が弱音を吐いて弱い心を曝け出したところを見た事がない。
 寧ろ今になって――漸く、心を開き始めてくれているくらいだ。


「泣いたところでって言うのもあったからね」


 一方彼女は、溜息を吐いてゼロスの記憶を肯定する。彼女自身、旅に出てから泣いた覚えがなかった。
 こうして泣く事に抵抗を覚えたのもいつからか判らないが、少なくとも自分の性格から考えて、泣くような事があったなら忘れていないだろうと思う。
 だが、幾ら魂に悪魔を宿していたとは言え、ただの人間で、ただの子供だった事に変わりはなかった。
 十一歳で旅に出て、誰にも頼れない中、挫けそうになった時がない訳ではなかった。
 悪魔達がいたとしても、彼らは彼女自身でもあるので、泣いて自分以外の誰かが助けてくれる――そんな事がある訳ないのだ。
 泣いて誰かが飛んできて助けてくれる程、世の中は甘く出来ていない。
 失敗や経験で学ぶ前から、彼女は旅立った日から今まで、自分にそう言い聞かせてきた。弱音を吐いたところで――何にもならない。世界は変わらない。現実は変わらない。
 泣いて夢が現実になるのなら、こんな決意もいらなかっただろう。


「私はね、女の涙とか、泣いてどうこうしようって言う考えが好きじゃないんだ」

「何故です? 女性の特権じゃないですか」


 ゼロスには彼女の強がる気持ちが理解出来なかった。
 卑怯な手段が嫌い――そんな正義感を、彼女は持っていない筈だ。計算の為に涙を流す、それを是としていない訳ではない。
 では――何故涙を否定するのか。


「そう言う、女だ男だって言う格差が厭なんだ。女だからって見縊られるのが特にね。そう言いつつ涙は女の武器として利用するって言うのは、矛盾してて結局弱い事を自分で認めているようで厭だ」


 彼女の性格として、何となく理由と言いたい事は判った。
 強がりで意地っ張りな彼女だからこそ、そして力を持っているからこそ、見縊られるのが厭なのだろうとゼロスは考えた。
 実際のところ、彼女のその見縊られたくないと言う気持ちの底には、ただでさえ人間として弱い存在と認識されている中、更に弱いと思われたくない――そうした気持ちが少なくとも含まれていた。
 彼女自身、目の前で笑う男に対して対等でいなければと言う義務感故のものだと自覚していた。


「僕は別に気にしませんけどねえ……さんが泣いていたら、寧ろ好機かと」

「だから厭なんだよ……」

「だからとは?」


 ぼそり、と彼女が厭そうに呟いたのを、ゼロスは聞き逃さなかった。
 彼女は視線を落としてゼロスの視線から逃げたが、一度吐き出した感情は止まらなかった。


「そうやって、自分の弱さを曝け出すなんて……」


 彼女の表情が更に嫌悪で満ちる。
 彼女の負の感情が美味しいと内心思いつつ、ゼロスは何故彼女がそんな表情をするのか判らなかった。
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( 後書き )

好きなキャラ程泣かせたり困らせたりしたい私です。
ツンデレキャラの醍醐味は、強がって泣くのを堪えて、
此処ぞと言う時に泣いて弱みを見せる、それだと思います。
まあこの夢主が、スレイヤーズ世界で泣くシーンなんてとても想像出来ませんが。
ゼロスがいて泣くシーン(ゼロスに泣き顔を見られるシーン)がとても想像出来ない。
子供の頃によしよしって頭撫でるシーンがあってもよかったかも知れないと思いつつ、
何か違う……と言う気もして書けません。
悪魔がまだ目覚めてなくて、夢主が本当にただの子供だった時に、
ゼロスが一度接触を図った事があるとか、そう言うのも考えたんですけど、
この夢主だったらそんな出来事あった場合、忘れないよなあ、
ゼロスも仕事柄忘れないよなあと思って没りました。悲しい。